20 茶番劇
「あんたらはあの2人を見ていないのか?」
この男、レンドンと言うらしいのだが。この男が言うには俺達は「連理ギルド」というギルドに所属しており、依頼としてこの森に来て偶然ルナカイコガの生息域に足を踏み込んだことになっている。
そこで俺たち2人はレンドンと出会った。しかし工場の私有地であるこの森とカイコガの育成地を見てしまったことにより、口封じとして襲われているという状況らしい。
TSTという魔法。悪夢を見せる魔法と言っていたが、うなされるわけではなく。その本質は限りなく現実に近い夢を見せることで認識を曖昧なものにすることなのだろう。俺たちが爪紅のものではなく架空の組織の人物という設定は現実との乖離には限界があるのだと見える。
他人の記憶に干渉する魔法など滅多に聞かない……確か記憶の保管をするクエスターがいると言う噂を昔聞いたぐらいか。多分その人が作ったものだろう。
ところでこの男の話、俺たちの名前を除いて正しい情報が何一つない。ただ敵から警戒されていないというのも事実。上手く立ち回れば情報を聞き出すこともできるだろう。
疑念を感じていたウルフィンと視線が合う。どうやらコイツも同じ考えらしい。
「いや、見ていない。上手く逃げれたようだ」
「僕の探知魔法にもあの2人は引っ掛かっていませんね。魔力を抑えて隠れているかもしれません。僕たち3人が集まった時が処理するには適していますから」
息をするように嘘をつく。クエスターにとって依頼の情報を守るというのは重大なことだ信頼を失うことになれば依頼が入ってこなくなる、1日2日で仲良くなった程度では教えてもらえるものではない。今尋ねたところで教えてもらえるものではないだろう。
月並みな表現だが、絆というものを築かない限り聞き出せるものではない。セレスタが俺たちを殺す気で襲うと言っていたがあながち嘘ではないだろう。
気が重くなる。こんな茶番染みた行為を強制されるだけでなく、命の危険にも晒されるとは俺はついていく人を間違えたのかもしれない。
「あいつら、俺達を探知できていないあたりダミービーコンが上手く作用しているらしいな」
男が笑みを浮かべる。いや、俺たちが監視しているのだが……ウルフィンが眉間に皺を寄せて応える。
「確かに、僕の探知にたまに引っ掛かっていますね。やたらと単純な動きをしていると思っていたんですが、ダミーですか」
「レンドン。お前仲間が数人いるのか」
「おうよ。人数は言えないがな。それにしてもあんたら、ここがルナテクスの材料の採取場とは知らなかったのか?」
「全くだ。工場が己の生命線とも言える場所を公表するわけがないだろ」
爪紅の連中がこの森に火をつけないあたり、依頼主の目的は工場の没落そのものが原因ではないらしい。テスターを手にかけているためそれなりの期間ここに滞在しているようだが……。
「しかしあんた達、ここから離れないのか?」
「工場の心臓のような場所に立ち入ったんだ。知らずに迷い込んだとしても素直に逃げさせてくれるわけがない。それなら爪紅と共に打開策を考えるのが最善だろ」
「あぁ、こんなところにいたのあなた達。探したわよ」
「探すも何も、リータの姉御が他の雑魚どもに構っていたからだろ」
数分後、テスターとセレスタが木の陰から現れる。テスターがリータと呼ばれている辺り、向こうもそういう設定なのだろう。
「テスターの人。あなたはどれをやる?」
スーツに覆われた指が俺の方を向く。セレスタは俺に手のひらを向けて、魔力を込めた。
直後、俺は見えない壁に押し出されるように2人から無理やり離される。そんな俺に向かってくるテスター。
「オスカーさん!」
ウルフィンが俺の名を叫ぶ。だんだんと小さくなるその声に絞り出すようにして応える。
「気にするな! お前ら、そいつからどうにかして逃げてこい。このスーツの奴は俺がなんとかする!」
3人から離れた場所でテスターと相対する俺達。
「……待てよ。俺たちがやりあう必要はないだろ」
至極当然な疑問をテスターに投げかける。俺達はレンドンに見せている夢の続きを演じているだけであり、彼の目が及ばないところでまで茶番を繰り広げる必要はないはずだ。
「セレスタ1級から殺さないなら好きにしていいと言われているからな、適度に痛めつける芝居ついでに手合わせしてもらう。1級に声をかけられるほどの奴の実力が気になってるんでな」
「あまり乗り気じゃないんだが……」
「ハンデとは言わんが、工場支給の道具は使わない。お前も見たところ身の丈以上の装備は受け取っていないらしいからな」
「そのスーツも自前の物か?」
「これは脱ぐのに手間がかかるんで、多めに見てくれ」
テスターは腰から一本のコンバットナイフと拳銃を取り出し構える。話聞けよ。
俺は剣を構えて相対すると同時に身体強化の魔法を自身にかける。あのナイフも拳銃もどこかの工房のものだろう、ネタが分からない以上不用意に攻撃をもらうわけにはいかない。
拳銃で牽制しつつ肉薄してくるテスター。身体能力の恩恵で慌てることもなく見切り、銃弾を剣を盾にして防ぐ。
最初に出会った時のライフルだと守りごと一発で粉々になるだろうがこれぐらいの威力であれば難なく防げる。
続けて逆手で握ったナイフの一撃を剣で受ける。パワードスーツで筋力を底上げしているのだろうが力では俺の方が上のようだ。鍔迫り合いの最中見える銃口。腕に力を入れて、一気に振り抜きテスターを軽いナイフごと弾き飛ばす。
数メートル宙を飛び着地と同時に体勢を崩すテスター。立て直す暇を与えない、数歩踏み込んで、剣を鉄槌に変えて振り被る。
振り下ろそうとした時、テスターがその場で円を描くような足払いを繰り出す。頑丈なスーツに覆われた踵は俺のくるぶしを砕かんばかりの威力で捉えた。
「……っぐ!!」
槌を振りかざしていたこともあり、重心が高くなっていた俺は容易くバランスを崩し仰向けに倒れる。いち早く立ちあがろうとしていたものの、喉元に迫っていたナイフの刃がそれを防いだ。
「私の勝ちだな」
「はいはい、俺の負けですよ。これで満足か?」
「お前本気出してないだろ」
「それなりに全力は尽くしたさ。ただこの後セレスタが来るかもしれないと思うと魔力は温存しておきたくてな。それに爪紅の者がいつ襲ってくるか分からんこの状況ならなおさらな」
「気に入らんな……これ、セレスタ1級からの指示だ」
テスターは俺の胸に一枚の紙を置く。
痛む足首を我慢しながらゆっくりと立ち上がる。テスターはそろそろ頃合いだろと言い残し、背中越しで手を振りながら森の奥に姿を消した。
俺はセレスタからの指示に目を通して、足に回復魔法をかけた頃。満身創痍の2人が姿を現したのだった。額から血を流すウルフィン。彼が担いでいたのは脇腹から血を出血し意識がないレンドンだった。2人とセレスタの戦闘があったのが容易に察せられた。
「オスカーさん。この人の治療をお願いします!! 僕が2人の足止めをしますので」
ウルフィンは大量の包帯を自身の魔法で生み出す。俺はそれとレンドンを受け取り、その場を離れたのだった。
「……ここはどこだ」
回復魔法をかけて数時間。包帯を胴体に厚く巻いたレンドンが目を覚ます。
「さぁな、とにかくあの2人はこのあたりにはいない。ウルフィンが時間を稼いでくれているがそれもいつまで待つか分からない。お前も止血はできたが、傷の治りが遅い。ポーションは持ってないのか」
「あいつらに襲われているうちに全て使い切ってしまった」
セレスタが魔法をかける前、全て奪っていたな。ここまで考えていたのかは知らない。……が、都合がいいな。
「お前、十中八九助からない。ただここまで行動を共にした縁だ、お前が引き受けた依頼、できるところまで引き継いでなんとか生き残って報告する。完遂できるか分からんがこのままお前らのギルドの信頼が落ちるよりましだろ」
レンドンは迷っていたが、自分が助からないと判断したのか。口を開く。
「依頼は、ルナカイコガの生態調査だ。依頼主はミラザール・アトリエ、依頼が入ってきたのは数ヶ月前のことだ」
肩で息をしながら、話すレンドン。知りたい情報はこれで十分か。俺は小瓶に入った液体を痛み止めと称して飲ませる。
レンドンは眉間に皺を寄せながら喉に流し込み、安堵した様子で眠りについた。ポーションにバクスイの実をすりつぶしたものだ。起きた時には傷が完治しているだろう。
「立派な演技だったわよ。御苦労さま」
全ての茶番が終わったところで再び3人が姿を現したのだった。




