19 TST
「……TST ?」
何かの魔法か? それともどこかの工場の製品か? 3人が首をかしげる、皆心当たりのない辺り世間には知られていないものなのだろう。
「時に、昨今様々な工場が転移腕輪や収納腕輪などの小道具から小銃やライフルなどの火器を生み出しているけれど、魔法そのもの自体が廃れることはないわ。その理由は分かるかしら。……オスカー?」
何を言い出すかと思えばそんなことか。わざわざ答える人を指定するあたり先生かよ……先生か。
「結局魔法がいろんな用途に扱えて、それにあれこれ持ち歩かなくて済む。あとは……良くも悪くも魔法は使用者の練度に大きく依存するところか」
魔法を扱う人物を軍として用いている国は少ない。理由は単純で一人一人得意不得意が異なる上、いくら基礎的が魔法は広まっているとはいえど練度によって威力が異なるため作戦立案する側からすれば現代火器を扱う集団の方が計算しやすいのだろう。
軍属として参戦するクエスターもいる。またルナテクスのような工場が生産する道具には魔力さえあれば扱えるものも多い。そのため軍を商売相手にしている工場も多い。
「話が逸れたわね。要は魔法のメリットはあらゆる需要をその身一つで完結できる点にあるの」
そんな分かりきったことを鼻高々に説明されても反応に困る。とにかく、関心するフリでもしておくか。
「……それで、その……TSTがなんなのか答えになっていないんですけど……」
恐れながらも指摘するウルフィン。ばつの悪い顔をしたセレスタが口を開く。
「TST、正しい名称は『恐怖の話し手(Terror・Story・Teller)』なんだけど。早い話が対象に悪夢を見せる魔法ね。かける対象を探すところから始めないといけないけれど」
「何というか、洒落た名前の魔法だな」
「彼の趣味よ。魔法の名前を付けるのは考案者の特権だから文句言えないわね。暗黙の了解としてその機序が分かるべきというのがあるけれど、まぁ無視している人もいるわ。変な名前と言えば私も人のこと言えないし」
「例えば?」
「『見守り君』子供などのマーキングした相手の現在位置を特定して地図にポイントする魔法よ。数年前に精度を上げたversion1.2を出したわ。……世間では想定した使い方されてないようだけど」
魔物や野盗の巣窟探しで重宝する魔法だ。やけに行政サービス臭い名前だと思ったが本来の用途とは大きく異なるらしい。
「お師匠様はそういうのは気にしないんですか?」
「道具や技術に良し悪しはないわ。私も想定していない使い方をされるのは覚悟の上で世に出しているわけだし気にしないことにしているわ、見守り君とは比較にならないレベルで悪用されている私発祥の技術もあるし。そういう意味では拷問で使われているポーションを考案したあいつを非難できないのよね」
どこか遠い目をするセレスタ。この人、ダンジョンではテンションが高いもののそれは現実からの逃避ではないかと思うことがある。あれこれ考えたところで俺には階級もの実力も伴っていない、同情はすれど、理解はできないのだろう。
それから数時間後、2人1組で付近の探索をしていたところセレスタとテスターの組が別の爪紅事業所のクエスターを見つけ、捕縛していた。食べた相手を眠らせる、バクスイの実という木の実を食べさせられており熟睡していた。TSTは悪夢を見せる魔法ということで相手が眠っている必要があるらしい。
この魔法を考案したのも1級クエスターで、多くの属性の魔力が必要なため修得難度は高い。またセレスタはこの魔法の練度が低いため必要以上の魔力を使ってしまうらしい。
いびきを立てるクエスターの頭の横に座るセレスタ。ポーションなどの治療道具を剥いだ後、俺たちに男を縛る縄を解くように指示する。もう必要ないとのことだ。
セレスタは男に頭に手を当てて目を閉じる、集中しているのか全く動きもしない。
「それじゃ、私は少し外すわ。それと……あなた、着いてきなさい」
10数分した後、セレスタはふらつきながらも立ち上がりテスターを連れて森の奥に消えていった。
「俺たちは?」
「そうね、そいつが魔物に食われないように見張っておきなさい。それと、私達2人はあなた達3人を殺す気で襲うからうまく逃げなさいよ」
別に他の魔物などいないのだが、要はついてくるなということか。いや、それ以前になんだ? 俺たちを? 殺す気で襲う?
詳しい説明を求めたかったが男が起きるまで時間がないと足早にその場を立ち去るセレスタ。薄気味悪さと漠然とした不安を胸に男が目を覚ますのを待つしかなかった。
「うあぁぁぁ!!」
突然として飛び起きる爪紅事業所の男。真紅に染まる爪がカタカタと震えている。
「起きたか」
「あの狂った女はどこにいる!!!」
男に話しかける。荒く息をしながら目を覚ました男は付近を見渡しそして胸を撫で下ろした。
「あの2人はいないのか。オスカーとウルフィンも無事でよかった」
……何を言っているコイツ。俺もウルフィンもコイツに名前を教えていない、顔すらも見せていない。ウルフィンと目が合う、俺と同様に戸惑っている様子だ。
あの女、何をした。
「2人ともさすがは5級と6級だ。ここにいたらあいつらに見つかるかもしれないから身を隠せる場所に移動しよう」




