18 ルナカイコガの生息地
モンスターハウス
ダンジョンに仕掛けられている罠の一種だ。部屋に侵入者が立ち入ると瞬く間に大量の魔物が出現し、数の暴力で排除しようとしてくる。
広範囲攻撃の魔法や消費アイテムで打開するのがセオリーだ。俺は鞄から魔水晶を取り出し、床に叩きつける。
こちらに向かって走っていた魔物達の足が止まり、時間が止まったかのように硬直する。ひとまず脅威には対処できたようだ。
魔水晶、魔法が込められたガラス製の球体で破壊することで効果を発揮する消費アイテムだ。いくつか種類があるが今のは周囲の敵を硬直させるものだ、魔力消費なしで扱えるため重宝する。
そこそこ貴重な道具なので使い所を選ぶ道具なのだが、今後のことを考えると強力な魔法を使うのは避けるべきだろう。
「私に任せてくれても良かったのよ」
「師匠の高尚な魔法を使うまでもないだろ。道具は使ってこそだし、魔力は温存するに越したことはない」
数時間進んだところでダンジョンを抜けたようだ。木の数が減って日差しの通りが良くなっている。
「この先に人がいるわね。あなた達、そのだだ漏れの魔力を抑えなさい」
魔力探知に他の人が引っかかったらしい。俺達2人は指示通りに魔力を抑えて相手の探知に引っかからないようにする。
「それにしても、このダンジョンの最奥部ってこんなに広いんですね」
ルナカイコガの生育地と言われている黒樹の森最奥部だが、確かに普通のそれよりも明らかに広い。ある程度の広さは予想していたが、一通り探索するには十数時間かかるだろう。
ここで侵入者から見つかることなくテスターの人を探すのも骨の折れる作業だ。そんな愚痴を吐いたところで物事が好転するわけでもないため動くしかないのだろうが。
「そのテスターの特徴はないのか」
セレスタはベールが別れ際に残した紙を見る。
「あぁ、どうも他所の工房のスーツを着ているようね。見た目が派手だからすぐに見つかると書いてあるけど」
「スーツ? それって布地のオフィススーツですか?」
「わざわざ工房の書いてあるから、動作の強化、拡張を目的としたパワードスーツのことでしょうね。鎧を着込んでいるような外見をしていると思うわよ」
装着するタイプの武器か。強固で様々な機能が備わっている反面扱いが難しいと聞く。他の工房からの試供品なあたり相当腕がいいテスターらしい。
セレスタが探知した場所に向かう。辿り着くまで数分というところで銃撃音が鳴り響いたのだった。
足早に戦闘が行われている場所に向かう。1人の男が半狂乱になって叫びながら小銃を撃つ中、頑強な戦闘スーツに身を包む人物が鉛の雨の中突進する。銃弾を弾き突き進む人物は手にしている自身の身長ほどの大きさの銃で男を押し上げる。
宙に浮く男の胸にそのまま銃口を向けて引き金が引かれる。
雷のような轟音が鳴り響き、男は悲鳴をあげる間も無くいくつかの肉の塊になった。
「……」
顔を覆うマスク越しに目が合うのが分かり、直後巨大な銃口がこちらに向く。
「……っ!!」
俺とウルフィンの間にセレスタが割って入り、杖を構える。それと同時に再び銃声が響く。
「あまり、無駄撃ちはするものではないわ、この弾、それなりに高価な筈よ。そもそも私たちはベールさんからあなたの手助けをするよう依頼を受けたのだけど、派手な出迎えね」
セレスタが防御したらしい。目の前に明らかに人に撃つサイズを超えた弾頭が転がっている。
「これクロンスタット社のライフルなんだが……難なく対応するあたり並のクエスターじゃないな。敵じゃないのが幸いだ」
マスクで籠った声だ。ライフルを手放して両手を上げるテスター。酷い挨拶だがとにかく合流に成功できてよかった。
「それであの婆さんがあんたたちを寄越してきたわけか。侵入者もとめどなく来ているから正直助かる」
「依頼として引き受けたのは背後の指示役の特定なんだが……容赦なく殺すんだな」
肉の破片になっている侵入者を一瞥して尋ねる。情報を聞き出す以前の問題になっていると思うんだが。
「私が指示されたのはルナテクス紡績工場の関係者以外の排除だ。残っている連中を追い出すつもりで派手にやっていたが次々来るし情報を持つほどの人物は逃げられている可能性が高い」
「……それにしてもこのネイル。爪紅事業所に所属のクエスターね。実力はピンからキリまでいるけど、人数自体は百を優に超えるギルドよ。ここに来ている総数はわからないけれど、しらみつぶしに相手するのは骨が折れるわ」
セレスタが死体の腕を拾い上げ、赤い爪先を見て呟く。細かい花の意匠の入ったネイル、微量だが魔力が刻まれており、これもギルドのトレードマークだろう。
依頼の都合上、異なるギルドやクエスターが敵対することは珍しくない。クエスターが依頼遂行人である以上、最も優先されるべきことは依頼の達成だ。
「どうするんですか? その爪紅事業所に乗り込むんですか?」
「そこまではしないわよ、街中にあるギルドだし周りを戦闘に巻き込むわけにはいかないわ。それに私の立場としても有望なクエスターが死んでしまうのは本意ではないのよ」
「俺たちが引き受けたのはその依頼主の特定だろ、それができない限り依頼の達成にはならないぞ。まだいる奴を探して拷問するか?」
「ぼ、僕は嫌ですからね! 人を痛めつけるのはダメです。ほらお師匠様もクエスターが死ぬのはダメって言っていたじゃないですか!」
「……別に死にさえしなければ私としてはいいのよ。そもそも外傷を加える発想が2人とも5級と6級ね」
傷をつけて、ポーションで治す。それを相手の心が折れるまで繰り返す。ポーションが発達してから確立された拷問方法だ、加減を間違えて殺してしまったり……恨みを買ったり問題はあるが。
「時間がかかるし、何より道具が勿体無いわ」
「もっと楽な方法があると」
1級様にはもっと画期的な方法があるらしい。テスターに尋ねられたセレスタは得意げな笑みを浮かべて口を開いた。
「『TST』を使うわ」




