17 工場の依頼
数日の休息の後、ルブライトを発って山岳地帯の麓に立地するルナテクス紡績工場に向かう。大きな工場だが街道に沿った場所にはない、多少険しい山道を歩く必要がある。
多次元倉庫を介すれば流通のコストなど必要ない。むしろ天然の防壁が侵入者を防いでいる。
「……テレポートは出来ないんですか? 大体の依頼には転移腕輪の座標コードが記されていますよね」
転移腕輪によるテレポートは制限がかけられており、特定の座標にしか移動できない。腕輪を介さない魔法では任意の地点へ転移可能だが一人しか移動できない上、魔法自体の修得難易度も高い。そもそもこのギルドの方針としてその類の道具は利用できないんだが。
「ルナテクスに限らず工場は防犯目的で腕輪の登録はさせてくれないわ。今回の依頼でも内部までは入らないでしょうね」
どこを見ても同じような風景しか見えないがセレスタは悩むことなく進んでいた。空は曇り太陽の位置も分からない。方角すら怪しい俺とウルフィンは彼女の背を追うことしかできない。
「目的地の場所分かっているんですか? 所在地は地図にも書かれてないんですよね?」
「あの工場の近くのダンジョンに興味があった時に、自力で探し出したことがあるのよ。アホみたいに怒られたけど」
「ダンジョンがあるのか?」
「『黒樹の森』というダンジョンよ。その奥地がルナカイコガの幼虫の生息地なの。ダンジョン最深部という天敵の少ない環境で安全に生育するという生存戦略よ、成虫は鋭い牙と幻覚作用のある鱗粉をばらまきながら森を攻略するみたいね」
「ダンジョンを攻略できるほどの個体が子孫を残せるというわけか、魚の遡上みたいな話だな」
より強い個体ほど生み出す糸も良質なものになる。子孫を残すためにダンジョンを制覇する生態であるルナカイコガを用いることで一定の品質を保証できるのが強みのようだ。
「お待ちしておりました。白紙事業所の皆様、この度は我々の依頼を受けてくださりありがとうございます」
工場があるらしき方角に向かって歩くこと数時間、目の前に初老の女性が現れた。茶色のコートに身を包み、メガネをかけた人物だが、何よりも目を引くのは背に背負った巨大な刀だった。話しぶりからして間違いなくルナテクス紡績工場の関係者だろう。
「申し遅れました。私はミシェル・ベールです。ルナテクス紡績工場のテスター長をしております」
テスター長、名の通り工場のテスター達のトップで並外れた実力はあるだろう。
「ベールさん。依頼書の通りであれば騒動は黒樹の森で起きていると見てよろしいでしょうか」
「概ねその認識で間違いありません。カイコの様子を見に行ったテスターが行方不明になりました。恐らく死亡していると思われます。私たちは皆、1人であのダンジョンを踏破できる程度には実力はあるため、探索に失敗したとは考えにくく、外的要因によってのことだと思われます」
「それにしては少し悠長ではありませんか? ルナカイコはあなた方の重要な素材でしょう。それを脅かす者の存在は一刻も早く排除すべきでは?」
「素材の横取りも問題ですが、一番の問題はこの場所がバレていることです。誰かさんのようにしらみつぶしに探索した結果工場が見つかるのはともかく、ダンジョン最奥の生育地が見つかるのは、情報を流した誰かがいると踏んでいます」
ベールがセレスタに鋭い視線を向ける。
「私が目先の金欲しさに情報を漏らすとお思いですか? そもそもあなた方は私たちが来るまで何か行動していたのでしょうか」
「えぇ、うちのテスターの中で私の次に腕の立つ者を3日前に向かわせています。それで不審な人物を複数人のカイコの育成地で見かけたようです」
戦闘も起きているらしい。依頼の目的はカイコの育成地の侵入者とその背後にいる人物の特定か。とにかくその人物と合流するのが最優先だろう。
「分かりました。直ちに向かいましょう」
「それでは良き報告を期待しております」
ベールは俺たちをダンジョンの入り口に案内した後、紙を一枚渡し、一言残してどこかに消えてしまった。
黒樹の森
黒い木の森と言われているものの、ここに生えている木そのものが黒いわけではない。深い緑色の葉が名前の由来らしい。季節を問わずに葉を広げる種類の木で陽の光がほとんど通っていない。そのため視界不良のダンジョンでは敵の接近に気が付かず戦闘回数が増えたり、パーティがバラバラになる傾向にある。
そのためルナテクスのテスターが1人でここを探索するのも理にかなっている話ではある。
「私たちは揃って潜入するわよ。多少時間がかかっても一緒に行動するのに越したことはないわ」
テスターを手にかける者が潜んでいる可能性が高い場所だ。複数人で警戒しながら進むべきだろう。
準備をした後ダンジョンに潜入する。先頭からセレスタ、ウルフィン、最後尾に俺だ。背後から追ってくる魔物の処理を任された。
頻繁に接敵する立ち位置ではないのだがそれでも視界が悪いためか魔物との戦闘回数が嵩む。それ自体はある程度覚悟していたことだがここの魔物、思っていた以上に強い。
単純に武器を振り回すだけでは致命打にはなっていない。魔力を重ねた攻撃で倒せはするが残量を意識させられるのは癪だ。
森ということもあって出現する魔物は木属性のものが多い。俺と得意な魔法の属性は金なので相性はいいのが幸いといったところだ。
「オスカー、少し先頭を変わりなさい。魔力探知に集中するわ。行き先は指示するからそれに従って」
ウルフィンが最後尾に移動し、俺が先頭になる。背後でセレスタが探知魔法を発動する。普段からその手の魔法は使っているそうだが、効果範囲を広げて接敵を防ぐ。デメリットとして他の魔法の使用が制限されるらしい。
「師匠、俺にもその探知魔法を教えてくれよ。ダンジョン内に限らず使い勝手は良さそうだし」
「少しコツがいるのだけど、魔力量の絶対量が多くないあなたには向いていないから時間がかかるわ。それに分業をする上では1人が使えて他の奴はそれを守ればいいのよ」
「俺達もいつまでもお前の元にいるわけではないだろ」
「僕たちもお師匠様と一緒にいるうちに学べるものは学んでおきたいですよ」
ダンジョンを進みながらそんなことを尋ねる。未開の地の探索とは言っても終わりはあるもので、その後セレスタと一緒にいる保証はない。
「寂しいことを言うのねぇ……この手の魔法はエルミナスに行く途中で教えてあげるわよ。オスカーはともかく、ウルフィンはすぐにできそうだし。……あ、次の道右ね」
そんなことを話しながらダンジョンを進む俺達。セレスタの指示通りに道を選ぶと明らかに接敵が減った、最初から使わなかったあたりメリットよりもデメリットの方が大きいのだろうか。
しかし、いくら感知魔法と言っても把握できるのは敵の位置だけで、ダンジョン内で警戒すべきことは他にもいくつかある。
まず最初に出てくるのは罠だろう。ダンジョン内の罠というのは、床に仕組まれた魔法術式を指すのだが、知らずに踏み抜いて別の場所にワープしてパーティが分断されたり、毒針が飛び出してきたり、シンプルに爆発が起きるものもある。
踏むまで普通の床と変化はないため事前にその存在を知ることはできない。一発アウトの罠はそれほど多くないので作動してからでも対処できるのだが、敵に囲まれている状況だと脅威になりうる。
問題は別にある。そしてそれは突然やってくる。
「……っあ」
俺が少し広い部屋にたどり着くと、床に巨大な魔法陣が展開された。次々と魔物が魔法陣から生成される。合計12体の魔物が出現し、俺の方を見る。
モンスターハウスだ!




