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編纂者と行くダンジョン巡り  作者: 鳥バード鶏チキン
新しい仲間 その1
16/41

16 白紙事業所

「これはこれは、オスカーさん。噂で聞きましたよぉ? あのセレスタ1級のキャラバンに同行しているようですねぇ?」


「まぁな」


 不足している道具を購入しに向かったところ店の主人である胡散臭い男が騒がしい程の声で話しかけてくる。


 ジェニオ・マーデン


 至る所でまったく同じ顔で店を開いている化け物クエスターだ。得意とする魔法は分身・増殖。土地の開拓を行う毎に気がついたら店を構えており、今のジェニオの数は数千とまで言われている。実際に戦っているのを見たことはないがセレスタが言うには『本気を出さないと負ける』相手だという。


 彼が取り扱うのはクエスター向けの道具で、携帯食料や魔導書から武器防具まで幅広い。幾つもの武器工房や防具の仕立て屋にコネがあり、独自の流通ルートを持っている。


「しっかし、オスカーさん。あなたを見るのも数ヶ月ぶりになりますが、またまた腕を上げたようですねぇ?」


「あまり実感はないが」


「いえいえ、私の審美眼は誤魔化せませんよ? セレスタ様の指南の成果ですかな? ……おおっと久しぶりの顔合わせで少々話し過ぎましたな、商売を始めましょう」


 それから必要なものを購入して商店を後にする。次の目的は荷物の整理だった。


「……ようこそ多次元倉庫ルブライト支店へ、オスカー様、お久しぶりですね。セレスタ様と共にすると他のクエスターの方々が話していましたよ」


 気さくな話し方のジェニオとは対照的に物静かな少女。この人、もといこれは自立して動く人形オートマタだ、ハインリヒのつけていた義手と同じメーカー、『夢雛堂ゆめひなどう』が出しているもので、労働力として様々な企業や個人にリースされている。


 眼や口の動かし方など多少のぎこちなさがあり、球体関節による人よりも遥かに広い関節の可動域が人でないことを証明している。


 見かけは人並み、機能は人以上に


 あのメーカーの謳い文句だ。昔国家間の戦争にも貸し出していたようだが、それで四肢を失った人々に自在に動かせる義肢を売るという、ゴミみたいな二毛作をしていたため個人的な印象は良くない。


 このような人に限りなく近い見た目も、戦闘になった際に人形を破壊する人物に罪悪感を与えるためらしい。その完成度は血のようなどす黒い色の循環液を流したり悲鳴を上げるなど薄気味悪い域にまで達している。


「倉庫に預かって欲しいものがあるんだが」

 

「了解しました。名義はなんでしょうか」


 名義ーーキャラバンの名前、セレスタが言っていたな。確か……。


「『白紙事業所』とかいう奴だったか」


「頭白紙事業所ですね」


「あの人怒るからやめてくれよ……確かあんたの知識って雇用主のものが反映されるんだったか」

 

「そうです。オートマタ、No.1369 の知識は契約者である1級クエスター様のものが反映されております。これ以上の詮索は契約により返答できません。……白紙事業所ですね、倉庫が見つかりました。預けるものをオートマタ、No.1369に渡してください」


 両腕を差し出してくるオートマタ。その腕に一纏めにした荷物を渡す。それなりの重量だったが、オートマタはバランスを崩すことなく受け取った。


「以上でしょうか、では責任を持ってお預かりします」


 首、胴体、下半身をそれぞれ180度回転させて後ろを向き店の奥に姿を消すオートマタ、何度見ても慣れない、見る人によっては夜眠れなくなりそうだ。


「ご利用ありがとうございました。今後もご利用の機会がありますよう、願っております」


 遠回しに「死ぬな」と、無機質な言葉を背後に俺は滞在の宿に向かったのだった。




「お帰りなさい。早かったわね」


 宿の受付に案内された部屋にはセレスタとウルフィンの二人がいた。


「そんな悩むような事じゃなかったしな。それにあの二人、ジェニオは胡散臭いし、倉庫番の人形は薄気味悪いしあまり関わりたくない」


「それ分かります。ジェニオさんはダンジョン内でも商売していますし、分身体なんでしょうけど……あれどうやっているんですか?」


 彼の言う通り、ジェニオはダンジョン内でもカーペットを敷いて店を開いている。ダンジョン内に法律など存在しないためやろうと思えば商品を拾って金を払わない行為、所謂泥棒が可能だ。


 しかし普段は恭しい商人としてのジェニオは泥棒には容赦せず、その力の限り襲い掛かってくる。ダンジョンの外までは追いかけてこないものの、多くのクエスターは手も足も出ずボコボコにされて有り金持ち物全て持っていかれる。


 ダンジョン内での泥棒行為で失った装備はジェニオの物となっており、知らぬ間に売りさばかれている。俺もこの前知り合いの武器が二束三文の値段で投げ売りされているのを見た。そのことを追及しても知らぬ存ぜぬ、泥棒行為を自白するようなものなのでやる人物はいない。


 ジェニオをダンジョン内で倒したらどうなるか? 本人はクエスターの本質は強さにあると考えているため、仮にそうなっても文句は言わない。その域など、それこそ1級にならないとたどり着けないのだろうが。


「あいつのことは私もよく分からないわ。こちらが何もしなければ危害を加えてこないのだから気にすることでもないわ。凄まじい実力者と力試しができると思えば一番身近な存在よ……私もうっぷん晴らしにちょっかいかけてるし」


 気まずそうに泥棒しているのを自白するセレスタ。そんなことできるのはお前だけだろ。と言いたくなる。


「それジェニオ本人に何も言われないのか?」


「……あまり度が過ぎると協会にチクると言われたわ。それ以来はやってないわね。普通に嫌われていると思うわ」


 気まずい時間が流れる。耐えかねたウルフィンが別の話題を切り出す。


「そういえば、町から離れた遠いダンジョンの近くにはオートマタさんがいますよね」


「倉庫の出張サービスね。利用に金が別途必要だけどクエスターの探索を手助けしてくれるわね。倉庫管理者も、お人形遊びが趣味のあいつもしっかりと人類の役に立っているようね」


「知り合いなのか?」


「そうよ、名前は言えないけど2人とも1級……運が良ければ出会うんじゃないかしら。私は嫌だけど」


 遠い目で答えるセレスタ。そんなに仲が悪いのか。


「というか、師匠は何をしていたんだ?」


 物資の調達は俺に一任して、金のあれこれはウルフィンに任せていたようだ。


「私? あぁ、私たちキャラバンとは言っても形態は移動するクエスターギルドなの。それで、この宿に来るまでの間にいくつか依頼が来ていたのよね」


「まだ設立から数日ですよ?」


「私の階級とネームバリューが大きいでしょうね。それの仕分けをしていたの、依頼のランク的にあなた達には詳細を見せられない物もあってこの仕分けも私にしかできないのよ」


「1級に来る依頼ってどんなのなんだ?」


「事務的なものは魔法研究の査読とか、講演会の参加とか……体を動かすものについては反社会的な組織の処理や、魔物討伐もあるわね。それと……あぁ、2級クエスター昇格試験の試験監督もね」


 クエスターの階級昇格の試験には該当の階級より上の人材が試験監督を務めることになっている。6級だったら試験監督は5級以上、5級だったら4級以上。3級以下のクエスターが受ける2級昇格試験は1級の人材しか試験監督を行うことができない。


 俺も7級や、8級の昇格試験の試験監督を引き受けたことはある。内容のわりに支払いの高い仕事程度にしか思っていない。


「1級は人数が少ないから、試験監督も持ち回りで行うのよ、私はこの前やったと思っていたんだけど……もう出番が回って来ているのよね」


 正直、1級の昇格試験なんて噂でしか聞いたことない、そもそも誰が試験監督を行うんだ。待てよ……この前? 


「この前って何年前だ?」


「確か27年ほど前ね」


「確か、2級クエスターの試験って4年周期でしたよね。来年開かれることになってますけど」


「それの担当が回ってきてるわ、流石に断れない。最初は1級も数が多いとは思っていたけど……こう考えたら数がもう少し増えてほしいわね。私も楽になるからあなた達にも将来期待しているわよ」


「努力するさ……それで場所は?」


「エルミナスね」 


 エルミナス。数えきれないほどの本を所蔵するエルミナス大図書館を中心とする都市だ。数人の1級クエスターが常在しているため試験は毎回ここで行われているのだという。


 一応知っている都市ではあるのだが地図を卓上に広げて場所を確認する。


「今いるルブライトがここで……エルミナスはここか」


 二つの都市を地図上で結ぶ。それなりに距離はある上、直線距離では途中の山岳地帯にぶつかりそうだ。街道もあるにはあるが、全て山を避ける形となっており時間がかかる。


 魔法で一つ飛びで辿り着くが……。


「師匠、テレポートで行くのか?」


「いいえ。陸路で向かうわ。道中寄りたい場所があるのよ『ルナテクス紡績工場』って言うんだけど」


 そう言って地図を指さすセレスタ。山岳地帯の麓に広がる森だ。ルナカイコガという魔物から取れる絹を用いた衣類を強みとしている工房で、製品の評判は高い。


「なんの用事だ」


「私たち白紙事業所の制服を作ってくれるそうなのよ」


 縦縞営業所が縞模様のあるアイテムを身につけていたように、ギルド毎に外見をある程度揃えなければならない。帽子を身につけていたり、決まった外套を羽織っていたり、見た目でわかるギルドの特徴と言っていいだろう。


 前いた俺のギルド、名前は「襟巻きギルド」というのだが、制服は派手な色や模様のスカーフだった。脱退する時に外してしまったのだが、それから数日は首元が寂しかったのは覚えている。


 とにかく制服というのは大切だ。この先服装で自分の所属を示す必要は出てくる。


「昨日、来た依頼だったんだけど。その依頼をこなせば報酬として私達の制服を作ってくれるらしいのよ。私達もそのうち未開の地に行くから工場の宣伝はできないとは伝えたんだけどそれでもしてくれるらしいのよね」


「それはともかく条件……依頼をこなさないといけないんだろ? 工場にはテスターがいるはずだ、その人たちで解決できないのか」


 クエスター向けの武器防具を作成する工場はギルドとしての側面も持っている。作成した道具の性能テストを担う人材テスターがクエスターの役割を果たしているのだ。


 そのため工場が依頼を引き受けることはあっても依頼を出すことはあまりない。強いていうなら素材の納品ぐらいか、ほとんどの工場で素材の調達からテストまでの工程を行なっているためそれ自体も少ないのだが。


「資材の様子を見に向かったテスターが数人行方不明になっているらしいのよ、追加人員を出そうにも貴重な人員を無闇に派遣するわけにもいかず外部のクエスターに依頼しているようね」


「材料が手に入らず、生産が止まっているということですか?」


「今はルナカイコガはまだ幼虫の時期だから喫緊の課題ではないそうだけど将来的な生産には影響するのが予想されるらしいわよ。だからといって依頼に長々と時間を割かないけど」


 どちらにせよ手の届く範囲にいる助けが必要な人の元には向かうのがキャラバンとしてのモットーだ。セレスタ自体、行動理念は金ではないのだろう。ギルドの引き受ける依頼の傾向や方針はマスターが決め、ギルドの特色として出てくる。それに迎合できないのであれば抜けて次のギルトを探すこととなる。


「それにしても、制服のデザインは考えているんですか?」


「女物のデザインは着ないからな」


「既存の価値観に縛られてはダメ、発想を変えるのよオスカー。女物が受け入れられないのであれば、私があなた達の性別を変えるだけよ、二人とも可愛くなれると思うわよ」


 頭白紙マスターめ。こいつの能力を踏まえるとマジでやりかねないのが恐ろしいところだ。


「マジでやったらこのキャラバン抜けるからな」


「なんで僕まで巻き込まれるんですか」


 









 

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