14 血筋
「ウルフィン、お前の階級はいくつなんだ?」
ダンジョンからルブライトに戻る途中でウルフィンに尋ねる。
「言っていませんでしたね。僕は6級クエスターですがどうかしましたか」
ルブライトは大きい都市で様々な依頼が舞い込んでくる。縦縞営業所も名の通ったギルドで難易度の高い依頼を引き受けると聞いたが俺より下なのか。前を歩くセレスタに呼びかけて尋ねる。
「確か未開の地の探索を行うには5級であることが最低限の条件だったよな?」
人が住んでいないとされる場所は魔人の貴族の縄張りが広がっており危険性が高く、探索するにもそれなりの階級が必要となる。
また持ち物が制限される。収納腕輪や転移腕輪も持ち込めなかったはずだ。貴族に殺されて技術が流出するだけでなく、利用されて彼らが街の真ん中に突然現れるのを防ぐのが第一だ。
人類の領土の外縁部を監視しているわけでもなく、勝手に出ていくクエスターや一般人も多い。生死はともかく、魔道具の意図しない流出は開発者も想定しているようだが。
「そうだけど、私はあなた達が4級になるまでは外には出ないわよ? それにもう少し、そうねあと1人2人仲間に引き入れたいし」
「簡単に死なないのが条件と言っていたが他はあるのか?」
「特にないわ。強いて言うならダンジョンが好きなことぐらいかしら。未開の地……というか貴族の縄張りには彼らが根城にするダンジョンがあるからそういうのに抵抗がない人だったらいいわね」
クエスターの多くが損得勘定で動くため、正直そんな変わり者はなかなか見つからないと思う。ただ俺はダンジョン探索は好きだし、ウルフィンも抵抗はないと言っていた。幾度のダンジョン探索に文句一つでないあたり嘘ではないのだろう。人が順調に集まっていると言えばそうなのだが。
「えぇ! 貴族の魔人と戦うんですか!? 未開の地の地図作りって聞いていたんですけど」
声を張り上げるウルフィン。貴族というのは強大な魔法を扱うとされており人類の領土の外縁部で貴族の襲撃があった際には大きな被害が出ている。そう思うのも無理はない。
「過去、協会から依頼されて探索に行った人の殉職理由は貴族との交戦よ。貴族の縄張りというのは常に変化するものだから過去に安全だったルートも危険になっている可能性は高いわ。貴族との会敵を防ぐのは不可能だと言ってもいいわね」
「縄張りって、それを示すものはないんですか? 匂いを擦り付けたり糞尿を撒き散らしたり、野生生物がやるようなことはないんですか?」
「あるにはあるわ。魔人は感知のため縄張りに微量な魔力を漂わせている。それに気がつかない奴は縄張りの主にとって取るに足らない奴だし、知った上で踏み込んだ奴は明確な敵意を持って立ち入った奴だと認識しているようね」
「では、交戦を避けることは可能ってことですか?」
「理論上はね、でも私は完璧にできないわ。そのせいで3回死にかけているし」
意外だ。無敵だと思っていたセレスタでも死を覚悟することはあったのか。
「昔の話よ。私はその時より強いし、あなた達にも期待している。負けないわ」
自信に満ちた声で応えるセレスタ。期待されているなら堂々としよう。
それから数時間後、縦縞営業所に戻った。俺と暴走したウルフィンが模擬戦し、相打ちになったことを知ったハインリヒは感心したようだった。
「オスカー君がそこまで力のある人だとは、階級以上の力を持っているようだ。しかしその立ち姿からしてかつての彼を思い出すね」
「彼?」
「ベルンハルト・ディール、今では消息不明の2級クエスターだ。かつて西部地方を襲撃した没落貴族の魔人を迎え撃った人物だ」
前いたギルドのマスターにも言われた覚えがある。自己強化魔法に関しては他を寄せ付けない程の才能を持つ人物らしい、その面影を幼児期の俺に見たため優先的に自己強化魔法を教えたらしい。そのため俺の得意魔法になった訳だ。
ただその人に息子がいたという話はない、他人の空似なだけだと思っていた。というか俺が生まれる前にその人は消息不明になっているはずだ、噛み合わない。
「君は、ベルンハルトには興味ないのかい?」
「興味……あるにはあるけど、消息の分かっていない人物を広大な魔人の縄張りから探すのは無理ですよ」
それもそうだがと納得するも引き下がらないハインリヒ。近くの椅子に座ってくつろいでいたセレスタに尋ねる。
「セレスタ、ベルンハルトが最後に受けた依頼が何か覚えているか?」
「確か、魔人襲撃の際に行方不明になった被害者の捜索だったかしら。魔人の転移魔法で縄張りに誘拐されたと推測して向かったはずよ。人類の生活圏に近く、目撃例も多い個体だったから縄張りも特定されていたのよね。そしてそれ以来帰ってくることはなかったわ、40年近く前の話だしその時の私は1級昇格試験の途中だったから詳しくは知らないわ。同じ2級として名前は知っていたけど本人が1級に興味がないという点でそこまで意識はしていなかったわね」
「そうか、時期的に出会っているのではないかと思ったが」
「北の方にいたけどそんな話はなかったわね。彼が行方不明になったことも帰ってきてから知ったわけだし、しかしベルンハルトにやたらと拘るわね」
ため息を交えるセレスタ。ハインリヒは当たり前だろと応える。
「あいつはいくつもの死線を潜り抜けた親友だからな。息子ならそれなりに可愛がらないといけない」
ギルドのマスターもそうだが俺の知らない他人のことでそこまで粘着されるといつもながら気分は良くないな。
「俺はその人の魔力による血縁関係の照合をしたことがありますけど血縁の可能性は一切ありませんでしたよ。血液型も違いましたし、あまり期待されるのは困ります」
「それは残念だね。間違いなく彼の面影は感じるんだけど……まぁ本人がいうならそうなのだろう。悪かったね忘れてくれ」
行く先々のクエスターにベルンハルトの名前を出され、関係性を尋ねられるのに辟易としている。身に覚えのない噂は成長する前に否定するべきだとは理解しているのだがどうも億劫だ。だからこそ田舎町でゆっくり生活していたのだが、旅をしている以上覚悟しなければならないのだろう。




