13 貴族の血
「それじゃ、始めますね。ダメだったらセレスタさんに任せます」
「心配すんな。あの人が出てくる幕はない」
重要な道具をセレスタに預けてダンジョン内に入った俺とウルフィン。ウルフィンは俺の目の前で自ら腕を切った、止めどなく血が流れており、自己回復魔法を使うものの血が止まることはない。彼が次第に意識を失っていくと同時に変化が始まった。
髪が赤黒く変色し、体がオオカミのように骨格が変わる。筋肉質になり体中に青い体毛が生え、目は鋭く、鼻は高く、耳は頭の上に移動した。遺跡最深部で出会った魔人を彷彿とさせる外見だが、衣服を身に着けているからか気品と威圧感を感じる。
ゆっくりと目を開き、俺の存在に気がつくと両手を叩いて開くと同時に鉄の槌を出現させた。大型の肉叩きを彷彿とさせる両手持ちの戦槌。まともに喰らったらひとたまりもないだろう。
こいつを人間に戻すなら同様の魔法を使わせて魔人の魔力だけを消費させればよい。が、ここはダンジョンだ。もっと単純な方法がある。致命傷を与えることだ。ダンジョン内で力尽きても死亡するわけではなく全ての魔力がゼロになって入口に戻される。人の魔力も魔人の魔力もゼロとなるため暴走も元に戻るはずだ。
ウルフィンは大槌を片手で軽々と扱い、俺の顔を目掛けて振り下ろす。大ぶりの攻撃を難無く躱し、その隙に左腕を両断する。
「……ッグ!!」
短い悲鳴を上げたもののウルフィンはトカゲのように左腕を再生した。致命傷以外は避けるつもりはないらしい。この再生速度、貴族の血と言われていたが今まで出会ってきたどの個体よりも秀でている。四肢を切り落としたところで有効打にはならないようだ。
首か心臓を切らないといけない。
攻撃を回避し、心臓を狙う。四肢はともかく、首や心臓への攻撃は適切に防御、回避を行っている。時折鳴き声をあげているが何の意味を持っているのか分からない俺は考えることなく剣を振り続ける。
ここがダンジョンである以上、魔力が減り続ける。常に強化魔法をかけているため限界が来るのは俺だ。
ウルフィンも決着がつかないことに苛立ったのか、唸り声をあげながら鎚の持ち手をへし折り、新たに生み出した手斧の変則的な二刀流を見せつける。それぞれかなりの重量があるはずだが軽々と振り回す辺り腕力はかなりのものだ。
それを見て俺は刀を槍に変化させる。魔力を消費し続ける必要があるため滅多にやらないが、あの相手の間合いに入るのは避けるべきだ。
ウルフィンは手斧と槌を踊るように振り回しながら距離を詰めてくる。動きが早く、逃げ続けるのは難しい。俺はカバンから束になっている鉄のトゲを取り出し、盾に変化させて右手の斧を受け止める。
衝撃で痺れるような感覚に陥ったが、ウルフィンは止まらない。左手の槌を振りかぶっているのが見えた俺は盾から手を離し、後ろに飛び退く。
「ガァァ!!」
直後、槌が叩いたのは斧の頭だった。後押しを受けた斧の刃は急拵えで作った盾を容易く粉砕する。回避していなければあれごと両断されていただろう。
無茶な使い方をして刃先がボロボロになった斧を捨て、再び創造するウルフィン。魔力が許す限り同じことをするのであれば逃げ切れなくなるだろう。こちらから仕掛けなければならない。
俺はより自己強化魔法を重ねがけして、槍を持ち突進する。ウルフィンも迎え撃つように斧を振りかぶる。
首筋を狙った突きは寸前のところで回避された。再生できない急所だと分かっているのだから狙いも絞られたのだろう。
初めてウルフィンが笑い、斧を振る。まだ鉄のトゲは盾として残っている。コイツは油断している、この一瞬で決める!
「操鉄。グランデ・エスピナ」
俺は足元に転がっていた盾を槍のように変化させて彼の心臓に伸ばした。不意の一撃に動体視力が優れている魔人と言えども対処はできないようで、槍は彼の胸を貫いたのだった。
「……ッ! ……ゴルガァァ」
彼は吐血しながら斧を振り抜く。魔力操作に神経を集中していた俺は無力にも吹き飛ばされたのだった。
「ぐっ!……ごほッ!」
肉体強化魔法をものともしない破壊力。致命傷だ。吐いて流れ出る血が足元に溜まっている。
アイツはどうなっている。
ウルフィンに目を向けるとすでに姿はなかった。どうやら力尽きて、ダンジョンの外に放り出されたらしい。
「……っは、やってやったぜ」
打ち勝った事実を理解すると俺も意識を失うのだった。
気がつくと青い空が目の前にあった。ニヤニヤと笑みを浮かべたセレスタと不安そうな表情のウルフィンが覗き込んでいる。どうやら戻ってきたらしい、ウルフィンも元に戻っているあたり魔力がゼロになっているようだ。そしてカバンの中の道具は……空になっていた。
目的がどうであれダンジョン探索には失敗したのだ。普段扱っている剣を持ち込まなくて良かった。
「俺の勝ちだな」
勝ち誇った表情で報告する。
「残念、引き分け。……まぁハインリヒが苦戦する相手を相打ちに持っていたのは素直に評価すべきね」
セレスタはニ枚の石板を差し出す。……あぁそれも出ているのか。
『侵入者、オスカーはウルフィン・ゲイルハートの斧の一撃で力尽きた。 魔力指数 48』
『侵入者、ウルフィン・ゲイルハートはオスカーのグランデ・エスピナの威力で力尽きた 魔力指数 63』
ダンジョン敗北の際に侵入者と一緒に出されるものだ。いわゆる死に様というやつできっちり記されている。魔力指数というのはその人の魔力の最大量を示す値らしい。魔力量の数値化というのは現在、人類では実用化されていない。たしかセレスタの数値は98だったか。彼女の魔力量が俺の2倍程度のはずがないので……魔力指数というのは魔力量を何らかの対数でとったものだろう。セレスタの肌感覚では指数が1上がるごとに5~7%上がるらしい。
「それでどうなの? あなたにとってオスカーは信頼できる相手なの?」
セレスタがウルフィンに尋ねる。
「4級以下の人と一対一で相打ちになったのは初めてです。確かにあなた方は僕が暴走してもなんとかしてくれると思いました」
「それじゃあ……」
セレスタが結論を出そうとした時にウルフィンが割り込む。
「あなた方に同行します。しかしフェイスレス・トレード、確かにあの組織は壊滅しましたがその頭目はまだ死亡していません。僕を……いや、僕よりも小さい子供たちをモルモットにして捨てたあのクソ野郎が見つかったら、離脱してそっちを優先させてください」
眉間に皺を寄せるウルフィン。フェイスレス・トレードに対する復讐心は凄まじいものがあるようだ。
「いいわよ。協会指定の凶悪犯は見つけ次第、処理しないといけないから。どちらにせよ私たちも動くことになると思うし」
「そうですか、ありがとうございます」
話がひと段落した後、セレスタは魔力が空っぽの俺達を引きずってダンジョンに潜入しようとする。力の出ない俺達に抗う術はなく、魔力回復薬を口に突っ込まれて地獄のようなダンジョン探索を行う羽目になるのだった。




