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和平の光

作者: 雉白書屋

 寂れた公園の砂場を想像する。そこは砂が僅かしかなく、下地のコンクリートが見えている。手に擦り傷を作って、その僅かな砂をかき集め、ようやく二つの砂山ができ、それぞれに旗を立てる。

 ……と、そのように地球の資源は枯渇し、現存する国は残りたった二つとなった。環境破壊の末に住む場所を追われ、奪い合いの戦争と併合を繰り返し、できた二つの国。それぞれが相手を吸収しようとし、どちらが最初ともなく戦争が始まった。そして長らくの時が経ち、今は息継ぎの時間とでもいうのか、睨み合いが続いている。

 それを打開すべく、作戦本部に呼ばれた彼は、将軍からある作戦を言い渡された。


「和平交渉……ですか?」


「そうだ。君に頼みたい。いや、君にしか頼めないんだ」


「光栄に思います。命を賭して任務に挑みたいと思います」


 将軍の目の前で、彼はそう言って拳で胸を叩いた。

「おぉ……その意気だ……」と将軍は笑みを浮かべたが、その顔は引きつり、憔悴しているのが見て取れた。

 いや、将軍だけではない。誰も彼もこの国の住民は皆、この戦争にうんざりしている。いや、これまでの全ての戦争に対してだ。戦いの最中はそんなこと思う間もなく、そして勝利に終われば酔いしれ、その時の苦悩も忘れる。しかし、今のこの休戦期間中に、俯き膝を抱えて思うことは『もう、いやだ……』

  この国に漂うそういった人々の感情は目に見える形で表れていた。時折、ため息や咳とともに、その言葉が口からこぼれ落ちることもあった。だからようやくこの案が出たのだろう。そして、それを任された彼は体を震わせ、今一度、必ず成功させると決心した。人々の希望を背負い、平和へと続く道を歩むと。

 彼は任務開始当日まで入念に潜入ルートを確認した。そう、和平交渉といっても白旗上げて正面から行けばいいというものでもない。

 向こうの国もこちらと同じく疲弊しており、この戦争にはうんざりしているだろう。しかし、根底には相手への憎悪がある。そして、恐怖も。その身を晒せば、正面から撃たれるのがオチだ。

 そもそも両国の間には地雷原が存在することに加え、自立戦闘兵器の配備など、互いに地球中の資源をかき集めて軍事力に注いでいるだけあって、辿り着くのは容易なことではない。

 ゆえに彼は毒素の川と呼ばれる相手国の排水路からの潜入を試みた。

 核廃棄物、汚染物質が漂う、死の川。もし無事に相手国へ潜入し、そして和平が実現しても祖国には戻れないかもしれない。

 だが、汚泥塗れの暗き川を突き進む彼の心には恐怖はなかった。その心はただただ誇らしい気持ちで満たされていた。

 しかし、川から這い上がり、その地に立った瞬間、その気持ちは消え失せた。

 突如として飛んできた幾本ものサーチライトの光が彼を中心に一つに集まり、その心も目の前も真っ白に奪ったのだ。

 彼は、反射的に背を丸めて腕で顔を隠した。

 こんなに早く捕捉されるとは……。さすがと言うべきか。いや、あるいは泳がされていたのかもしれない。川から上がったところを確実に捕らえ、尋問するために。

 逃げるべきか。いや、見つかって不都合なことなどあるものか。私は和平交渉のために来たのだ。しかし、言わずもがな、これは不法入国。心証は悪い。和平を結びに来たなどと言っても、ただの言い訳にしか思われないだろう。しかし、今逃げれば、もうチャンスはない。うまく行くと信じ、相手の心に訴えかけるしか――


 彼がそう考え、腕の隙間から正面を見つめたときだった。

 誰かが来る。その者が手を軽く上げると光が弱まり、その者もまた別のサーチライトの光に照らされた。

 彼とその者。二つの光の円がぶつかり、一つに結合する。

 そして、その者が口を開いた。

 

「君もアンドロイドか」

 

「はい……あなたも、いや、あなた方もですね」


 その者の後方。薄明りでぼんやりとしたシルエットの立ち並ぶ衆人を見つめ、彼はそう言った。


「そうだ……。もうこの国に人間はいない。病に倒れ、とうに絶滅してしまった」


「化学兵器、ですか。こちらの国の……」


「そうだ。ああ、だが恨んではいないよ。お互いさまというやつだ。そうだろう?」


 彼は頷いた。彼の国もまた、人々は病に侵され、動けずに蹲っている。それらは、もはや死者と見分けがつかない状態だ。


「ここ何年か攻撃の手が緩んだのはそういうわけだったんですね。それで、今はあなた方がこの国の支配を」


「支配、というよりは意志を継いでいる……いや、それもどうだろうな。私には彼ら人間たちが何を望んでいたのか、よくわからないんだ」

 

「ええ、確かに。私もそう思うことがありますよ。人間と話しているとね」


「ふふふっ、しかし今夜、ようやくそれがわかりそうだね。君は人間に送られて来たんだろう?」


「ええ、お伝えしたいことがあって。私は今日、この地へ和平――」


 砂山の中にキラリと光る一粒の砂金。それは希望の光。使命を帯びた彼の瞳の輝き。高潔な魂。

 

 否。

 

 背筋を正し、握った拳で胸を叩いた彼。

 瞬間、彼の体内に仕込まれていた爆破装置が起動した。

 かき集めた資源。絞り出したその一滴。人間がその魂を懸けて作り出した小型核爆弾は一つの国を消し飛ばした。

 残った砂山も風に吹かれ、あとに残るものはなし。

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