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入道雲に煙を添えて

作者: R a bit

初めましての人は初めまして。

R a bit (ラビット)と言います。

短編は何気に初めてで、自分の中で一万文字を超えないようにした結果ちょっと描写不足が目立ちますが、楽しんで頂ければ幸いです。

警視庁中央警察署、この場所で5年以上勤務している人物ならば、蒸し暑い日本の夏に当てられた頭が、陽炎の中にある男を見つける。

不思議な男だった。

現場を見るだけで犯人の特徴を言い当てるだなんて、

そんな緋色の研究のシャーロック・ホームズのような事をやってのける。何よりも、彼の持つ最も大きな特徴は…


長々と説明口調にそう述べる中年の男に、時折汗を拭きながら話を聞いていた若い男が声を張った。

「都内の殺人事件の検挙率100%!?そんな人が居たんですか?」

「100じゃねぇ、99%だ。」

中年の男は念を押すようにそう答える。

若い男はその言葉に訝しむ様子を見せたが、だからといって反論が有るわけでも無かった。

「それも、ただ検挙しただけじゃねぇ、冤罪は一切無かった。あの男は、毎度毎度確実に犯人を見つけてくる。」

まるで自分の息子の成果のように、中年の男は自慢げにそう話す。

が、やはり若い男の疑問は消えなかった。

「そんな凄い人が、何で刑事を辞めたんですか?それに、99%って言うのも。」

そう問われた中年の男は、無くなりかけた歯磨き粉を絞るように唸り声を出す。

表情からも、彼にとってそこまで快い思い出では無いようだった。

長くなるぞ。と中年の男が言った。

若い男は黙って頷く。

「ある事件があった。四年前だ。」




「ハックションッ!!!」

同刻、とある場所である男がくしゃみをしていた。

「おや燕子花かきつばたくん。さすが元天才刑事だよ。噂が絶えないね。」

その付近に、30代に乗ったか乗っていないかに見える、艶のある長い黒髪の女性が座っていた。

「夏だって花粉が飛んでるの知ってるか?」

鼻をかみながら、燕子花子安(こやす)は目の前にいる高圧的な女性、東風生香織こちょうかおりを睨む。

「酷いじゃないか。折角私が朗報をもってきてやったと言うのに。」

同じ職場に居たため、燕子花は東風生に幾つか借りがある。

そのアドバンテージによるものか、東風生はひたすら一方的に燕子花に語りかける。

「その朗報ってやつも、どうせろくな物じゃないんだろ?」

「君にとっては棚から牡丹餅どころか、棚からみたらし団子が出てくるようなものさ。」

それはお前の好みだろ。というツッコミを堪え、

燕子花は結局その朗報とやらを聞くことにした。

「犯人を見つけたよ。四年前の、君が居なくなる原因と成った事件のね。」


またまた場面は移り、東風生はその犯人に会いに向かっていた。

ガラス越しに、その人物を待ち構える。

ゆっくりと開いた扉から現れたのは

70は優に達していそうな程、老けて見える男性だった。

実年齢は62歳、軽い記憶喪失を患っていてロクな情報は得られていない。

そんな状態の彼に、いやそんな状態だからこそ、東風生はこの目の前に居る白くて白々しい、枯れた木や川の様な男に何かの緒が切れるのを感じていた。

(この男が、ね…)

東風生は既に何度も繰り返しているように、淡々と質問を続けた。

「この男性に見覚えはありますか?」

男は項垂れたままで、燕子花の顔を見ようとしない。

まるで見たくない…いや、自分の顔を見せたくないようだった。

東風生は気にせず次の質問に移る。

「何故被害者を殺害したのか、覚えていますか?」

男は首を振ることはなく、こちらに伝わりそうなほど足を振動させる。

「貴方が殺した女性は、この燕子花子安の母親でした。本当に何か心当たりは無いんですか?」

東風生は執拗に問い詰める。

男はやはりうんともすんとも言わない。

だが、ゆっくりと腕を持ち上げ、震えて青ざめた皮が硬くなった人差し指で、燕子花の顔を指差す。

何か言う訳でもなく、只只指を指していた。

「……つ…の……が…、」

男は目を見開き、しゃがれた聞き取りにくい声を絞り出していた。

「こいつの…母親が…」

ガチガチと歯を鳴らして、顔に血の色が戻り始めた。

「こいつの!!!母親が!!!あの女のせいで!!!」

ガラスに水滴がつく。

憤った男は、その言葉に全てを込めたようにその場に倒れてしまった。

1時間後

東風生は何か文句を言いながら、男の意識が回復するのを待っていた。

あの事件は人の少ない地域の一軒家で、二種類の血液が部屋にこびりついていた。というものだった。扉には上部が少し崩れたバリケードが有り、正面から出入りする事も出来ない。そんな事件だった。

燕子花は、小さな頃出ていった母親と、DNAででしか再開させてくれなかった事を酷く悲しんでいた。

結果として、燕子花が刑事として残していったのは、その事件の真相だった。未だ燕子花と、同行していた阿波木以外は、どうやってその事件が終幕したかを知らない。

東風生は煙草一本取り出し、憂いげに言葉を綴った。

「本当に君は、自分の事に対しては鈍感な男だったよ。」


ー四年前ー


「〜という事です。燕子花さん、何かわかりましたか?」

ミンミンと蝉時雨がしつこく鼓膜を揺する。

さんな暑さの中、燕子花子安は鑑識から報告を受け、考え込んでいた。

「なぁ、何で犯人は明らかに他殺と分かるこの現場を密室にする必要が有ったと思う?」

現場に広がる光景は、ひたすら赤色で

現代の鑑識を持ってしても、血液から2種類のDNAを発見することしか出来なかった。

こんな無惨な形は、自ら行う事は不可能。

誰が見ても、他殺とわかってしまう。

なのに犯人は、微妙に崩れたバリケードで態々密室を作っている。

「確かに…何故でしょうか?バリケードが崩れているということは、焦っていたという事でしょうから、パニックになって咄嗟に行った。ということでしょうか。」

鑑識は惨たらしい現場にも慣れているようで、特に動揺も無く、冷静に分析している。

「そういえば、扉が外されてるって事は開かなかったのか?」

燕子花は何か気持ち悪い違和感を払拭しようと、鑑識に質問をする。

「え?あぁ、はい。誰が試しても、ピッキングをしても開かないので仕方なく。」

「そうか、ありがとう。少し現場を見てくる。」

燕子花は玄関を通り、件のリビングへ向かった。

時間はかなり経っているようで、血は完璧に乾いてカーペットや壁に張り付いていた。

匂いも殆しない。

DNAは2種類発見されたそうだが、それ以外は何も無い。

片方のDNAは量が少ないみたいだったが、それすらも分からない程、やはりそこには赤色が有るだけだった。

もう一人は逃げれたのか、しかし足跡も無い。

死体をどうやって運んだのかも不明だ。

密室の作り方も。

一体犯人はどうやってこれを行ったのか。

数々の事件を現場を見るだけで解決した燕子花子安であっても、これだけでは何もわかり得なかった。

バリケードに使われたためか、生活用品も殆ど見受けられない。

争った形跡すらも見つけられなかった。

そも、本当にこの場所で殺人が行なわれたのかもわからない。

犯人の狙いは、血だけをこの場所に運び、注意が削がれている間に遺体を遺棄するため。

ということも十分にありえてしまう。

29歳。長くはないが、決して短くもない期間刑事であり続けた燕子花にとって、初めて読めない事件との遭遇となった。

(いや、やはり二人の遺体を同時に運び、尚且つ密室の工作を行えるとは思えない。)

燕子花はその後少し現場周辺を見たあと、近隣住民へ聞き込みに向かった。


最初に燕子花が訪ねたのは、遺体の発見場所から対面の家だった。

「向こうの家ですか?確か10年近く前から空き家ですよ。珍しい苗字だったんですが、あんまり交流は無くて…」

平日の昼間だったが、専業主婦らしい50〜60程の女性はそう答えた。

失礼な事を言うなら、まだ認知症になるかは怪しい歳だ。よほど例の家の持ち主は、交流を持とうとはしなかったと思われる。

「あたしの記憶はあんまり当てにならないんですが、確か旦那さんが大工で、自分で家を建ててたと思いますよ。」

その後も燕子花は様々な家を回ったが、殆どの人からは同じ情報しか得られなかった。

父親が大工であること、あの家はその父親が建てた事、父親の不倫で離婚したこと、子供を置いて失踪した事でその子供は母親と共に引っ越した事。

名字に関しては、皆口を揃えて珍しい。としか言わず、表札で見かけたが何と読むかはわからなかったか、思い出せないそうだ。

燕子花が近くの公園で情報をまとめていると、先程の鑑識の女性がコーヒーを持って現れた。

「燕子花さん、お疲れさまです。」

阿波木あわぎさん悪いね。それと、燕子花なんて言いにくいんだから、子安で良いって。」

阿波木、一応鑑識という扱いではあるが、何故か以前から燕子花の捜査の度、手伝いに現れていた。

阿波木は当に手弱女。といった人物で、刑事課の人間が全員『子安』と呼ぶ中、唯一燕子花と呼んでいる。

29歳である燕子花もそこそこ若くはあるが、阿波木はその二個下の27歳だった。

そういう事もあり、燕子花は健気に働く阿波木を気にかけていた。

「良いじゃないですか、燕子花。綺麗な名前だと思いますよ。それより何かわかりましたか?」

いつもならば、既に燕子花は犯人を割り出し容疑者を探し出す頃だったが、生憎今回はそうではなかった。

情報を集めても、現場を見ても、燕子花はそこに犯人のシルエットを見つける事は出来なかった。

どれもあと少し足りない情報ばかりで、犯人に繋がりそうで繋がらない。

DNA検査の結果が出るまでは、被害者と犯人の性別すらもわからないのだ。

「特にかな。少なくともあの家が犯行現場じゃないのは間違いない。バリケードの設置方法は分からないが、女性が簡単に動かせる重さでもない。まぁこれは犯人が一人である場合だから、複数人居るなら…お手上げってやつだよ。」

一つ心残りがあるとすれば、件の家に入ろうとした…いやそれよりも前。阿波木から情報を聞いた時に感じた違和感。燕子花は引っかかりが有るのは分かっていたが、何が引っかかっているのかが分かりかねていた。

「阿波木さん、確か扉が開かなかったから取り外したんだっけ?」

燕子花はもう一度情報を整理しようと、自分が唯一確認できていない事を聞いた。

阿波木は注意されると思ったのか、一瞬怯えるような顔をした後に記憶を辿って答え始めた。

「そうなんですが、少し変なんですよね。」

「変?」

さっきまでの怯えは消え、阿波木の表情は真剣だった。

「既に伝えたと思いますが、ピッキングで解錠はしていたんです。それなのに何かが支えていたみたいに動かなくて…」

それまで静かに話を聞いていた燕子花は、徐ろに立ち上がり、例の家へと駆け出していた。

阿波木は遠のく背中と、半分程残った缶コーヒーを見比べて唖然としていた。


二分後

燕子花が現場に戻ると、そこには貫禄のある一人の刑事が居た。

その男は燕子花の姿をみると、正月で久方ぶりに再会きた親戚のように顔をほころばせていた。

憲智のりとしさん。お疲れ様です。」

「子安!お前も来てたのか。じゃあ俺の仕事はもう終わりだな。」

校倉あぜくら憲智。燕子花の先輩にあたる人物で、燕子花の事を偉く気に入っている。

燕子花もまた校倉の事を尊敬している。

「いえ、実はまだ犯人の大まかな特徴しか分からなくて。憲智さんの意見も聞かせて頂けますか?」

現場到着から1時間で犯人の名前を言い当てたことのある燕子花の意外な弱音に、校倉は驚きつつも頼られた事を少し喜んでいるようだった。

「お前が分からないのを俺が分かるとは思えねぇが、そうだな。強いて言うならちょっと変な家…変な扉のが正しいか?」

校倉は顎髭を弄りながらそう述べる。

燕子花も同じだった。何か違和感を感じてるのだ。

「そもそも、バリケードで密室って聞いた時、俺は最初部屋だと思ったんだが、まさか家全体の密室だとはな。」

「どうしてそう思ったんですか?」

校倉は大の大人に四則演算のやり方を問われたような、鳩が機関銃を向けられたような顔になった。

「なんでって言ったって…普通玄関の扉は外開きだろ?」

なんでそんな事に気付けなかったのか、燕子花は自分を叱咤しつつも校倉に礼を伝えて公園に戻った。


燕子花が公園の輪郭を掴んだ時、阿波木は未だ立ちながら、水滴の滴るスチールの円柱を握りしめていた。

阿波木は燕子花の顔を見つけると、コーヒーを溢さないように控えめに駆け寄ってきた。

「燕子花さん。何が有ったんですか?」

「有ったなんてもんじゃあない。犯人が解った。あの家を建てた大工の男だ。」

徐に駆け出した燕子花への心配に染まっていた阿波木の顔は、新しい玩具を買ってもらった子どものように輝いていた。

燕子花はその流れのまにまに犯人の下へ向かおうとすると、阿波木は焦燥で少し上擦った声で燕子花を制止した。

「待って下さい!さっき鑑識から被害者のDNAの情報から片方、量の少なかった方の血縁者を特定した旨の連絡が来ました。」

重々しく、仰々しく、態々自らの行動を止める必要がある内容である事を重々承知した上で、燕子花はその阿波木の言葉を飲み込めなかった。

「燕子花玉枝(たまえ)、貴方の母親です。」


大凡1時間と少しばかり後、

燕子花と阿波木は、とある建設会社に向かっていた。

燕子花は責任者に今回の事件の現場が、この建設会社の社員が建てた事、その人物が今回の容疑者である事を伝えた。

「あぁ確かに、玄関の扉をあえて外開きにしない人が居ましたね。もう何年も前に辞めていってしまったので、流石に覚えてはいませんが…」

やはりここでも要領の得ない返答が返ってきた。

「ただ…なんか珍しい名字だった気がします。」

これもまた、同じ返答が帰って来る。

どんな人に聞いても、皆が口を揃えて珍しい名字と言う。

燕子花は犯人が誰か分かっていても、その犯人の名前も顔も分からないもどかしさに下唇を噛んだ。

「結局、振り出しに戻りましたね。」

多少進んだにしても、阿波木の言う通り、未だ犯人に近づいた気がしない。

「いや、聞き込みを続ければ分かるはずだ。」

燕子花はいつになく熱くなっており、既に灯ともし頃であるにも関わらず、またあの場所で聞き込みに戻ろうとしていた。

「燕子花さん、父子家庭何でしたっけ?」

燕子花は背後から聞こえるか細い声に耳を澄ます。

「あぁ。母親は小さい頃に居なくなった。家はその時に1回引っ越したらしいが、幼すぎて覚えていない。」

その父親すらも、今の燕子花には居なかった。

「そのっ!」

降りた沈黙に耐えきれずか、阿波木が大きな声を出した。

「今日はもう時間的に聞き込みはあれですし、一旦戻って校倉さんと意見交換にしませんか?」

燕子花としても一理有る提案だった。

いや、恐らく現状の最善の選択肢であろうそれを、スルーする手はなかった。


刑事課の人間を集め、小一時間程会議をしてから、燕子花は再び校倉の下へ訪れた。

校倉は燕子花を見つけると、何処か気まずそうにしている。

「被害者の一人、お前の母親らしいな。」

「ええ。まぁそうですね。」

これが例え父親であったとしても、燕子花はこの事実によって取り乱す事はないだろう。

そのくらい、彼にとって生みの親という存在は、何処か御伽話のようなものだった。

「どうやって犯人が、あの家の家主だった大工の男だって分かったんだ?」

燕子花の少し冷めた返答に戸惑い、校倉は話題を変えた。

「憲智さんのお陰で気づけたあの扉、俺も鑑識の人間も当たり前過ぎで逆に気づけませんでした。

内開きの扉を知っていたなら、バリケードによって密室を作る事もできます。でも、一つおかしな点があります。」

「それが、あからさまな他殺って事か?」

校倉は先回りしてそう答える。

燕子花は黙って頷いて続けた。

「つまり犯人は、密室を作る事が目的ではない。あの扉が、内開きという特殊な物である事を犯人は知っていたという事を伝えるためでしょう。劇場型にしてはこちらへの干渉も少ないですし、特定の誰かへのメッセージと考えるべきでしょう。それこそ…」

それまで饒舌に語っていた燕子花が、突然口ごもった。

八の字に目線を泳がせた後、燕子花は可能な限り小さく、尚且つ一度で校倉に届くように声を絞り出した。

「刑事課や警察内部に、内通者や協力関係に在る者が居ると考えるべきかもしれません。」

校倉は少し考えてから、「無理すんなよ。」とだけ伝え、一人で帰宅していった。


事件が動いたのは、2日後だった。

具体的には、燕子花がある程度現場付近の人々に聞き込みを終えた時。

最初の現場から2キロ先である女性の遺体が見つかったという旨の通報が届いた。

後に鑑識からも、その遺体のDNAと阿波木のDNAが一致したという事実を付随して。


「燕子花さん…」

現場で鑑識の仕事をしていた阿波木は、明らかにいつもより顔色が悪く、生気がなかった。

「私、ここ3年くらい帰省できてなかったんです。何時でも会えた筈なのに、どうしてこんな…」

三分間泣き続け、阿波木はようやく落ち着いたようだった。

無理もない、原型のまま蝿の集る自分の親なんて物をみたら、誰でもそうなるだろう。

「すみません。御心配おかけしました。」

「いい。気持ちは十二分に分かる。」

当然最初の現場にあったもう一つ、量の多かった血液とは一致していない。

一つ、あの現場で気がかりなのは、阿波木の母親が着ていた服が濡れていた事だった。

しかし、これで被害者は最低でも3人になった。

その内二人が警察側の家族。

燕子花は、到底それが偶然だとは思えなかった。

誰かが悪意と憎悪を持って行ったに違いない。

己の不甲斐なさを強くすり潰し、燕子花はある場所へ向かった。


「良いんですか、燕子花さん。さっきの現場殆ど見れていませんでしたが。」

その道中で阿波木がそう声をかける。

運転中のため燕子花は横を向くことができなかったが、阿波木は既にいつも通りに戻っていた。

「良いんだよ。多分あそこには何も無い。犯人は間違いなくその証拠を残した。」

燕子花は一人納得したようだったが、阿波木はそうではない。

「でも、まだ一瞬しか見れてませんよね?」

そこまで言って阿波木は、この燕子花子安という男が、ひと目見ただけで事件を解決することができると言う事を思い出した。

「あの遺体には、蝿が集っていた。」

「ハエ…ですか。」

「それだけじゃないよ。遺体が原型を留めていた。」

思い出すのは苦だと分かっていて尚、燕子花は淡々と阿波木に自身が紐解いた真実を述べる。

「つまり、今回と前回は別の事件という事ですか?」

無いと断言できるわけではないが、同じ地域で全く別の殺人が起こる程、日本は無方地帯ではない。

「そうじゃない同一犯だ。問題は、そうすると犯人が殺害したのは三人になるってことだよ。」

「待ってください。」

阿波木は自分の中の違和感を紡いで燕子花に問う。

「まさか、今日の聞き込みで犯人がわかったんですか?」

核心に迫られそうになって尚、燕子花の表情は変わらなかった。

「それを君に話す必要はない。今の問題はあと一人をどうやって探すかだ。既に特長は抑えてるけどね。」

狭い車内にこれ以上圧力を増やさないため、阿波木は燕子花の誤魔化しを受け入れ、再び前を向いた。

思っていた以上に時間が経っていたようで、あの最初の現場の家の屋根が見えていた。

そうして阿波木は、また一つ違和感を感じた。


件の血に塗れた部屋で、燕子花はべったりとこびりついた赤茶色の血痕を指さす。

「検査が進んで、この量の多い方の血液から薬物反応が出た。」

薬物反応。これは只被害者が犯罪者だった。

というだけではない。

不明だった死亡推定の日時が、大凡2〜4日前だと判明した。

担当しているのが燕子花と校倉だけというのも有り、捜査は殆ど進展が無かった。

あとは犯行方法を特定するだけだ。と当時の阿波木は思っていたが、

「後、犯人がどうやってバリケードを作ったかも判明した。」

「ほ、本当ですか!?」

いい意味で阿波木は予想を裏切られた。

「バリケードを急いで解体したから分かり難かったが、積み重ねられた荷物の下にダンボールを引き、テープでロープをつけていた。そのロープをカッターか何かで解れさせ、その細い糸でドアの下を通し、外側から強く引っ張る。」

証拠をあまりにも残しすぎる密室の作り方。

それでも、確かに現場はそう語っていた。

阿波木は、突然伝えられた情報を整理しようと目を瞑っている。

「そうなると、本格的に何故密室にする必要が有るのか分かりませんね。」

その通りで。確かに密室の謎を解き、血液からこの犯行が最近のものであると判明した。

しかし未だ、『何故そうしたのか。』が解決しない。

燕子花が語らない事から、阿波木は当然それをこれから突き止めて行くのだと思っていた。

そこで阿波木は、ある違和感を思い出した。

『内開きの扉』だなんて珍しい物を燕子花が見逃していたという違和感を。

「待ってください。燕子花さん、貴方は…

もう犯人が誰か、解っているんですよね?」

重く冷たい沈黙が降りて、血に濡れたおどろおどろしい空間で二人の視線が固定された。

それは、互いの目では無く。床にこびりついた血痕だった。

何も答えようとしない燕子花に、言葉にすればそれを認めると知って、阿波木は言葉を紡ぐ。

「それが、燕子花子安の父親であり、私の父親なんですよね?」

阿波木は思い出していた。

自分の家は、父親が建てたこと。何故かそのドアが内開きで、友達が遊びに来たとき戸惑っていたこと。

父親が不倫をしていた事。

先に子供ができていた不倫相手の家に婿入りして逃げたこと。

何故近所の人に聞いても珍しい名字と言っていたのか、今なら分かる。

きっと彼は、燕子花になった後も阿波木という名字を捨てれなかった。

燕子花も、阿波木もどちらも名乗っていたに違いない。

「だから私たちは、あの内開きの扉に気付けなかった。」

それ以上は言葉にしなくとも、燕子花へひしひしと伝わっていた。

風が間取りを駆け抜ける音が二人を覆い、

燕子花も阿波木も何も言えずにいた。

「母さんは生きてる。」

二分ほど経って、重く垂れ込めた沈黙を破るように、突然黙りこくっていた燕子花は声を発した。

「俺と母さんは血は繋がってないと聞かされていた。だからきっと、量の少ない俺と一致した血液は親父のだ。」


3日後。

何時もならば燕子花が座るデスクに彼の姿は無かった。

現場に残された血液と同じDNAの情報を持った毛髪が発見され、それをもとに燕子花は捜査へ向かっていた。

捜査開始から既に丸一日経っている。

阿波木は、その周りよりも潰れが少ないメッシュのような生地のチェアーを、眺めることしか出来なかった。


一週間後。

また、とある遺体が発見された。

若い男で、誰の目にも他殺だと分かる物だった。

そしてその近くに、血液が抜かれ枯れた枝のような、腹部に穴が空いた女性の遺体が発見された。




目を開けると既に灯ともし頃で。

東風生香織は、自分がかなりの時間この場にいた事に気づいた。

「燕子花君。君の母親はキメラだったよ。後に分かった事だ。子宮内とそれ以外の細胞で、二種類のDNAを持っていたそうだ。あのときそれが分かっていれば、君はあの血液が、父親である燕子花建太郎(けんたろう)のでは無く、燕子花玉枝の物だと気づいて、踏みとどまれたのかもしれないね。」

あり得ないと分かっていても、東風生は言葉にせざるを得なかった。

「一応年上になったから、こんな話し方をしているが。

やはりどこか…むず痒いですね。燕子花さん。」

そうして東風生は、光る左手に握られた

『警察家族連続殺人事件犯人確保』の速報を移すスマホをバッグに収め、燕子花建太郎の下へ歩みだした。

宣伝するようであれなんですが、私今2つの連載作品を並行して書いていて、そのうちの一つ「君のソナタ」の原型であった「向日葵を夢に見る」を書こうとしたんですが、

活動日数が少ないという理由で入った文芸部で小説を書くことになって、折角ならこっちにも投稿しよう。ってなって初めての短編の掲載となりました。

もし、自分の学校の文芸部の部誌にこの作品が掲載してた。なんて人がもし居るのであれば「ふーん。」と思っておいてください。まぁ読者に学生がいるかは知らないんですが。


※以下はこの作品への私なりの解釈です。

もし私と同じく、作品は自分なりの納得で完成すると考える人がいるならば、これから下は読まないことを推奨します。


本作の主人公燕子花子安は、現場が自分が幼い頃に住んでいた家だとなんとなく気づいていました。

正確には扉に気づいて完全に思い出した。

その既視感を伝えなかったのは、初めは被害者は自分のと阿波木の母親だと思っていたからで、

阿波木の母親が血液が大量に体内に残った状態で見つかったことと、母親と血は繋がってないという事から、母親と思われていた血液は父親のだと思い、それを辿って操作していたが、現場の血液は全て母親ので、誘い出された子安は建太郎によって殺害される。

4年後30歳になって結婚し姓を東風生に変えた阿波木が、

建太郎を捕まえたという報告を子安の墓へ伝えに行く。

つまり時系列を正すと

燕子花子安と阿波木の捜査

子安の死亡

東風生(阿波木)が燕子花建太郎を逮捕

建太郎が倒れる

回復をまつ為の時間つぶしに子安の墓に向かって東風生が語りかける。

また建太郎の下へ。


となります。

本文では東風生が子安の墓に行くのと、建太郎に会うという時系列を入れ替えている。

墓参りだから当然燕子花の声は阿波木に届いておらず、

(実は阿波木の独り言としても成立するようになっている。)

噂が絶えない。はくしゃみが聞こえたからではなく

東風生が犯人を捕まえたことで再び事件の知名度が上昇し、ネットに書き込まれた素人の推測等を見ながら

噂が絶えない。と言っていたりしています。


叙述トリック…とまではいかなくとも、

小説だからこそできるミスリードだったんじゃ無いかと自負しています。

それではまた何処か別の世界さくひんで。

R a bitでした。

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