第5話 王女
「で?」
「いえ、あの、そのぅ…」
鋭い眼差しを向けられ、リュシエンヌの語尾はどんどんしぼんでいく。
「リュファス団長に頭痛を治してもらって、私の頼んだ用事を忘れてのこのこと帰ってきたわけね」
あ、アレクシア様ぁ…ううう後ろに大量の蛇が見えます………あれっ髪の毛ですか?!それは!
「ふふ、おかげで焼きたてだったケーキが冷めてしまったわ」
はたから見れば優美な笑みだが、その笑みを向けられているリュシエンヌにはたまったものではない。凍えてしまいそうな冷たい笑みだった。
「この役立たず」
「すみませんでした」
リュシエンヌにしては素晴らしく俊敏な動きで土下座をする。土下座するリュシエンヌを見下ろすアレクシアの青い瞳は、冷たい。
しかし、ふぅとため息をつき苦笑した。
「まあ、いいわ。大したことじゃなかったし」
「アレクシア様」
がばっと顔を上げ感動にうるうると瞳を潤ませるリュシエンヌにアレクシアは笑顔で断罪の言葉を吐いた。
「罰としてお尻叩き100回ね」
「どええええええええええええっ」
後ろに控えていたベレニスはいつの間にか大きな扇のような物を持っている。その顔は心なしか笑いをこらえているようにも見える。
「もう少し他の罰があったんじゃないですか?!」
「あなたにはこれが最適だと気付いたのよ」
アレクシアはにっこりと笑う。
「掃除を任せても周りの物が壊れるのがおちだし。5時間耐久で正座させてもそんなに面白くないのよ」
面白くないって、この鬼畜!
そんなことは思っていても言葉には出せない。
「この特製のお尻叩きであなたのお尻を叩いてあげるわ。…とてもいい顔をするのでしょうね」
うっとりとした表情でアレクシアはリュシエンヌを見る。
「あわ、あわわわわわわわわわっ」
リュシエンヌはお尻を擦らせながら後ろに後ずさる。はたから見ると実に無様な動作である。
「さ、覚悟なさい。ベレニス」
ベレニスが巨大な扇を構えながら、リュシエンヌの前に歩み寄る。アレクシア同様ベレニスも良い顔をしている。
「ベレニス!助けてぇ」
「情けないわよ。覚悟を決めなさい。基はと言えば、あんたがアレクシア様のお菓子を取りに行かなかったのが悪い」
「でも!痛いじゃない!そんなのでお尻を叩かれたら」
リュシエンヌが言うとベレニスが何を言っているのかという顔をした。
「それが罰じゃないの」
それはそうですけどね!
リュシエンヌはちらりと扇を見る。
巨大扇は柔らかそうな羽根などついておらず、堅い板で出来ており、ちょっとやそっとのことでは折れそうにない。持ち運びが出来るように従来の扇の様に折りたためる。まるでそれ用にしつらえたかの様な造りである。
「扇を広げたときに出来る隙間と板に空いている小さな丸い穴によって風圧を緩和させ、いい音をさせることができるのよ。いいでしょう?」
アレクシアが喜々として説明しているのをリュシエンヌはただ震えながら聞いている。
「ねえ、リュシエンヌ」
恐ろしく妖艶な表情でリュシエンヌに問いかける。
「痛そうでしょう」
その表情を見たベレニスは少し頬をひきつらせる。リュシエンヌにいたっては恐怖で声も出ない。
アレクシアの自室は異様な雰囲気に包まれていた。
リュシエンヌは壁際に座り込みべそべそとしており、ベレニスもアレクシアの発する空気に呑まれていた。
しばらくリュシエンヌを見つめていたアレクシアだが、ふっと短いため息をついて微笑んだ。
「しょうがない子ね」
とたんにその場の雰囲気は、一瞬で軽くなった。
リュシエンヌは恐る恐るアレクシアを見る。アレクシアはうなずいて見せた。
「今日はしないでいてあげるわ」
今日は?
リュシエンヌとベレニスの疑問が重なる。
「その代わりに、聞きたいことがあるのよ」
アレクシアがリュシエンヌの前に立つ。座ったままのリュシエンヌからは、アレクシアの着るシルクのドレスの裾が目に入った。
「あの男とのことよ」
王女アレクシア登場です。少しベレニスと性格が似ていますね。でもアレクシアの方がベレニスの数倍ドSです。