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闇に惑う  作者: 湯川翔子
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第37話 美しい夢 4

 リュファスが帰った後しばらくしないうちに鷲がレイナルドの訪問を伝えてきた。

 ワクワクしていたリュシエンヌだったが、着替えて床に就こうとしたとき、あるはずのものがないことに気付き、身体から音を立てて血の気が下がった。

 「ない……」

 いつも肌身離さず付けていた母からもらった青いペンダントがなかったのだ。


 落としてしまったと諦めるにはペンダントは大切すぎて、ないことに気付いてからリュシエンヌはずっと落ち込んでおり、レイナルドが来てもなかなか会話に集中することができなかった。

 それでもレイナルドが語る「4代目聖なる騎士の嫁取り珍道中」は面白く一瞬でもリュシエンヌの頭からペンダントのことを忘れさせた。

 物語を語り終えるとレイナルドは一息つく。

 「リュファスは昨日来たのか」

 「うん、リュー様って来るときは兄さまにも言わないの?」

 「ああ」

 「あいつはそういうことは言わない奴だからな」とレイナルドはぶっきらぼうに言った。


 心に灯る不安を消し去るように今日は珍しくリュシエンヌからたくさん話しかけるがレイナルドはどこか上の空だった。昨日のリュファスといい、今日のレイナルドといい、二人ともどこか様子がおかしい。

 リュシエンヌの方もレイナルドの様子に比例して気持ちが不安定になっていく。

 レイナルドには常々ペンダントを手放してはいけないと言われていた。なくしてしまったと言ったときのレイナルドの反応が分からず、伝えていいのか思いあぐねていた。

 ペンダントを失くしたことを言おうか言うまいか葛藤しているリュシエンヌにも気付かないレイナルドが机に肘をついたままぽつりと呟いた。

 「リュファスはしばらく来れないと思う」

 「へぃ?」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。言われたことを理解できず考え込んでしまった。

 そういうことは昨日リュファスは言っていなかった。リュシエンヌはそう思ったがリュファスのことだからリュシエンヌにわざわざ言う必要もないと判断したのかもしれない。それをわざわざレイナルドが伝えてくるのか分からなかった。リュファスのことも毎日待っていると知って気を使ったくれたのだろうか。

 不思議そうな顔をしたリュシエンヌに気付いているのかいないのかレイナルドは疑問に答える形で話し始めていく。

 「あいつのことだからリュシエンヌには言ってないと思ってな」

 レイナルドは苦笑する。

 「これから日が近づいてきたから式の準備で忙しくなるだろうし」

 一体何の式だろうと、首を傾げるリュシエンヌにレイナルドは意味深な笑みを浮かべる。

 「何の式だと思う?」

 「えー私に分かるわけないよ。何かお祝いごと? 結婚式?」

 自分で言っておいてリュファスが結婚するということを想像すると少しへこんだ自分を不思議に思った。レイナルドなら寂しいけれど嬉しい気持ちの方が強いのだが、リュファス相手だと悲しい気持ちが勝ってしまう。

 頭の中でぐるぐると考え落ち込んでいるリュシエンヌに気付かずレイナルドは衝撃的な一言を発する。


 「リュファスの聖騎士の任命式だ」


 その言葉にリュシエンヌの動きが止まる。頭も真っ白になり動きだけでなく息が止まりそのまま心臓も止まるかと思った。

 「リュファス様が……聖なる騎士様?」

 しばらくしてやっと出すことができた声は震えていた。

 「そう、第9代……82年ぶりの聖騎士の誕生だ」

 心臓が高鳴る。聖騎士という言葉を多く聞いてきたがこれほど感情を動かすその言葉は初めてだった。

 幼いときから聖なる騎士の武勇伝を聞き、リュシエンヌにとって夢のような存在で憧れだった。でも、大昔に存在していた人物で所詮物語の中での話であり、従兄がなってくれたら嬉しいと思ったこともあったが、やはり想像するだけだった。そんなおぼろげな存在が突如輪郭を持ったのだ。リュシエンヌの中で聖なる騎士とリュファス・ブランヴィルという存在が結びついた。

 「リュシエンヌっ……」

 レイナルドの慌てた声にリュシエンヌは我に返った。どうしたのだろうと従兄を見ると心配そうな顔をしてリュシエンヌを見ていた。頬に違和感を感じ、触れてみると濡れていた。

 「これは」

 何故濡れているのかと思った。

 「泣いてる」

 泣いている、これが涙。これが涙というものか。

 「どうしてだろ……悲しくないのに」

 涙は悲しいときに流すものだと母が教えてくれた。しかし、今リュシエンヌは悲しくはない、むしろ。

 不思議に思うリュシエンヌに言い聞かせるようにレイナルドは言う。

 「涙は悲しいときだけ流すものじゃない」

 そう言われてもよく分からなかった。ただ心の底から湧きあがるこの不可思議な気持ちと関係しているのかもしれない。

 「リュファスがお前の……騎士になってくれることを」

 レイナルドが言った言葉の後半は聞きとることができなかったが、リュシエンヌは聞き返さなかった。

 「じゃあリュファス様はしばらく来れないんだね」

 リュファスが自分の口から直接伝えてくれなかったことに多少の寂しさを感じながら言った。それでもリュファスが聖騎士に任命されたということは嬉しかった。


 「これであいつも一気に俺の上司なんだよな」

 レイナルドが複雑そうな顔で呟いた。

 「どうして?」

 「ん? ああ、聖騎士は結界を維持し、騎士を束ね民を守る役目にある。聖騎士になったら問答無用で騎士団長になるんだよ。まあ、あいつは若いし今の騎士団長の下で経験を積むためにしばらくは副団長だがな」

 いずれ団長になるということは現在の団長はどうするのだろう。

 「今の団長さんは……」

 「現団長はいいお年だからな、これで次期に悩まなくて済むと豪快に笑っておられた」

 苦虫を噛み潰したような顔になってレイナルドは言う。

 「まあもともとは実力があったし人望も何故かある。反発する奴なんてそうそういないだろう……というかこの国では聖騎士は絶対的存在だから否定の言葉なんか上がらないだろうな」

 今日のレイナルドはいつになく饒舌だった。リュファスを褒めたくないと嫌そうな顔をしているが、きっとリュシエンヌと同様にリュファスが聖騎士になることに感銘を受けているのだろう。


 そこからはほぼリュファスの話だった。王宮でのリュファスの生活態度、女性遍歴、あんなんだが実は貴族の端くれなんだとか、本人がいないのにこんなことを知ってしまっていいのだろうか、ということも話してくれた。

 それでもリュファスは自分のことをあまり話さないので少しリュファスのことを知れてよかった。

 レイナルドは帰り際リュシエンヌを見て言う。

 「ああ、任命式のとき民も貴族もみんな浮足立つだろう。その日は決して外に出てはいけないよ」

 「私は見に行けないんだね」

 残念な気持ちが顔にも出てしまったのだろう、レイナルドは辛そうな顔をしてリュシエンヌの頭を撫でた。

 「悪い。俺もその日は任命式に出席しなきゃならないし、もしリュシエンヌに何かあったら守ってやることができないんだ」

 「私なんか誰も襲わないよ」

 それはずっと思ってた疑問だった。どうもこの従兄は自分に対する態度が過保護すぎる気がする。あまりにも当たり前すぎて気付かなかったのだが、リュファスと接するようになって従兄の異常なまでの過保護さに気が付いたのだ。

 「リュシエンヌ」

 レイナルドは少し咎めるようにリュシエンヌの名前を呼ぶ。レイナルドは屈みこみリュシエンヌの両肩を掴むと言う。

 「俺はお前が大切だから言っているんだ。お前の身に何かあってからじゃ遅いんだよ」

 レイナルドの指が肩に食い込み、痛みでリュシエンヌは顔をしかめる。

 「外の世界はお前が考えているよりもずっと危険なところなんだ」

 「うん」

 リュシエンヌは頷いた。レイナルドは安心したように胸のところに手を置いた。そして何かを掴む仕草をする。

 「窮屈な思いをさせているのは分かってる。ただ、外に出たらあらゆるものがお前に牙を向くかもしれない。正直言ってここも安全とは言い難い」

 レイナルドが何かを伝えたがっているのは分かる。しかし抽象的すぎてリュシエンヌには理解することができなかった。

 「だから、石を手放すな。それはお前の一番のお守りだ」

 心臓が跳ねる。鼓動が激しくなるのを感じながら、ないペンダントの石を掴むような仕草をしてリュシエンヌは俯き小さく頷いた。

 「俺もお前を守る…………さん」

 誰かの名前を小さく呟いたが、リュシエンヌには聞き取れなかった。

 「じゃあ、俺は行くよ」

 家から離れるレイナルドの後姿を見送っていた。その姿が不意に陽炎のように揺らぎリュシエンヌは目を見開く。

 「兄さま!」

 リュシエンヌの声にレイナルドは優しい顔で振り向いた。

 「ううん、なんでもない……また来てね」

 この不安な気持ちを表す言葉が思い浮かばず、それだけしか言えなかったリュシエンヌにレイナルドは可笑しそうな顔をする。

 「当り前だろう、近いうちに来るよ」

 そう言って再びレイナルドは背を向けて歩き出した。

 何も伝えることができなかった。ペンダントをなくしてしまったことも、言いも知れない不安を感じたことも。

 レイナルドは近いうちに来ると言っていた。しかし、やはりレイナルドも任命式の準備で忙しかったのだろう、リュファス同様任命式の日までとうとう姿を見せなかった。



 リュファスの任命式の日、自分は行くことができないのだが興奮していたせいか朝早くに目が覚めた。 リュファスはもちろんのこと騎士団の一員であるレイナルドも式に出席するため、今日はどちらも来ることはない。

 あの日からあらゆるところを探して見てみたが、ペンダントは見つかることはなかった。しかし、まだ行っていない場所がある。ひとりでそこに行くのは従兄やリュファスに対する後ろめたさも手伝って今まで行かなかったが、落とした可能性があるのはもうあそこしかない。

 今日はひとりで湖の方へ行こうと決意し、リュシエンヌは準備を始めた。

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