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闇に惑う  作者: 湯川翔子
33/42

第32話 邂逅、そして

 「なっなに?」

 扉が閉ざされ真っ暗になった部屋の中でリュシエンヌは動揺しながら辺りを見回すが、見えるはずもない。

 とりあえず扉に張り付き取っ手を掴んで押すが、薄い板の扉はまるで岩に変わってしまったかのようにびくともしない。

 自分の置かれている状況を把握できず混乱するリュシエンヌ、しかし、次の瞬間部屋は明るくなっていた。

 部屋の隅の埃まで見えるようになり、リュシエンヌは部屋の中を見回す余裕もできた。そこで、悠然とした態度で椅子に座っている人物を確認し、軽く目をみはった。

 

 一言で言うと美しい男だった。美しすぎると言った方がいいのか、どこか人間離れした美しさを持っていた。リュファスも、アベルも美しいと言い表すことができる容姿であるが、かといって女性的ではなく逞しく鍛え上げられた身体を持っている。彼らは、どんなに偏った見方をしても立派な成人男子にしか見えないのに対し、目の前の男は、中性的な姿形をしており、見ようによっては女性だと捉えられてもおかしくはなかった。身体を覆うしなやかな筋肉と薄い胸がかろうじて彼を女性だとは思わせないだけで瞬間で見ただけでは女性ととられてもおかしくない姿かたちをしていた。

 顔の全ての部品が無駄なく整えられ顔に収まっている。漆黒の髪に光が反射する様子は、夜空に瞬く星のように輝いていた。髪と同じ色を放つ瞳も艶やかな煌めきを放っている。中性的であるがゆえに持つ、どこか危うい色気も兼ねそろえており、正面から見たリュシエンヌは思わず眩暈を覚える。

 まとっている見慣れぬ闇色の装いはよく似合っていた。

 しかし、その男の完璧すぎる容姿がリュシエンヌに言い知れぬ不安を与えた。


 「こんばんは」

 男は微笑みながら言った。

 「こんばんは」

 返事をしないリュシエンヌに男は再び言った。リュシエンヌは慌てて「こ、こんばんはっ」と返事をする。

 暫く男を見ていたリュシエンヌだったが、当面の目的を思い出し、少し汚れのついてしまった包みを相手に見えるように掲げた。

 「お弟子さんですよね? 頼まれていたものを届けに来ました。ちょっと途中で落としちゃったりしたんですけど、中身は多分大丈夫だと思います」

 姿の見えない医者にリュシエンヌは首を傾げる。大事をとって他の部屋で寝ているのだろうか。

 「うん、そこに置いといて。まあまあ座りなよ、お茶も用意してあるんだよ」

 見た目からは想像のつかない砕けた口調で男は、リュシエンヌを椅子に促す。

 男の、人の言葉を聞かない態度にリュシエンヌはむっとしたが、お茶という言葉を聞いて軽く頷いた。

 

 「せっかく出会ったのだから少し話をしよう。僕に君のことを教えておくれよ」

 弟子のくせに不遜な態度だと思った。



 いくらその姿を探しても見当たらない。大抵は王宮内におり、なおかつ目立った行動をするので見つけるのは容易いはずなのだが、何故かその姿を見つけることができなかった。

 マテューは小さくため息をついた。調理場にもいない、部屋にもいない、マテューはお手上げ状態だった。こうして探してみると自分は自分が思うよりもリュシエンヌが行きそうなところを知らないのだと思い知らされる。

 しばらく佇んでいたマテューはふと顔を上げる。前方から歩いてくるのは、よくリュシエンヌとともに行動しているメイドだった。

 この機会を逃してなるものかと、マテューはメイドの前に立ちはだかる。

 「やあ」

 怪しい人物さながらの声のかけ方に心の中で苦笑する。案の定、声をかけられた相手も胡散臭そうにマテューを見た。

 そして軽く礼をしてマテューの横をすり抜けて歩いて行ってしまった。マテューは慌てて彼女の背中を追う。

 「ちょっちょっちょっと待って」

 声をかけると相手は振りむいてくれたが、思わず後ずさりしてしまいそうなほど恐ろしい顔だった。

 「なんですか? 私急いでいるのですの」

 忙しいから話しかけてくるんじゃねえよ、と心の声が聞こえたのはマテューの幻聴だったのか、それでもめげずにマテューはメイドに笑顔を向ける。

 「少し尋ねさせてよ。リュシエンヌどこにいるか知らないかな」

 リュシエンヌの名前に反応した彼女は胡乱なものを見る目つきでマテューを見つめる。マテューの上から下までまじまじと見詰め、やがて合点がいったような顔をすると、尋ねてきた。

 「もしかして、従者とか言っておきながらいつも風来坊のごとく王宮内をうろついているマテューさんかしら」

 どういうことだろうね。 

 リュシエンヌを問いただそうにも当の本人が不在なので責めるにも責められない。後でじっくり聞いてみようか。

 乾いた笑いを浮かべるマテューを気にした様子もなく、彼女は不機嫌を隠さずに言った。

 「リュシエンヌがどこにいるかですって? そんなの私が聞きたいくらいだわ……仕事を頼んであったのに」

 彼女はそう文句を垂れた。


 彼女(べレニスというらしい)といればリュシエンヌと出会える確率が高くなるかと思い、しばらく後をついていくことにした。迷惑そうな顔をしているとかはこの際なしで。

 べレニスは小さな部屋に骨董品などが置かれている物置のような部屋に入った。マテューもそれに続く。

 そしてそこに置かれている壺を見て驚いたように声をだした。

 「どうしたの?」

 「壺が置いてあるわ……」

 彼女は、どうしてここにあるのかしら、と首を傾げる。

 そのとき、大きな地図を持ったメイドが部屋の中に入ってくる。メイドは、べレニスを見つけると親しい者へ向ける笑みを浮かべた。

 「仕事?」

 「ええ」

 いきなり「あっ」と大きな声を出したメイドは、べレニスの傍らにある壺を見て指をさす。そして、地図を乱暴に置くと壺に近寄る。その置き方にべレニスの眉が顰められる。

 「……この壺がどうしたの」

 べレニスが聞くとメイドはどこかうっとりとした顔になる。

 「これ、さっきアベル様が持っていらした壺だわ」

 「アベル様が? それは本当かしら」

 「私がアベル様の持っていらした物を間違えるわけないじゃない。こんなところに置かれたのね。せっかくだから触っておこうかしら」

 どうやらアベルの追っかけらしい。

 「近くで見たけどやっぱり素敵だわ。リュファス様もとってもかっこいいけど、私は優しいアベル様がいいわ。それに、仕草一つ一つに優雅さがにじみ出ているもの。まさに貴族のご子息という感じ。そう思うでしょう」

 興奮しているメイドは自分の意見を押し付けるように話してくる。そんなメイドの態度が気に障り、マテューの機嫌が一気に低下した。べレニスはそんな彼女に冷静な瞳を向ける。マテューは彼女が目の前のメイドと似たような反応をするかと思っていたので、意外な反応に軽く驚いた。

 べレニスの態度に気にも留めずメイドはアベルの良さについて語ろうとする。長くなりそうだとマテューは覚悟したが、意外とあっけなくその話題は打ち切られた。

 「よかったわね。ところで、リュシエンヌは見ていないの?」

 彼女がそれを聞くとメイドは嫌そうな顔をした。

 「知らないわよ。あの子のことなんて」

 リュシエンヌの名前が出たせいで今までの興奮が急激に冷めたようでメイドはそっけなく言い、足早に部屋を出て行った。メイドは最後までマテューの存在には触れなかった。

 そんなメイドと地味に落ち込むマテューを気にした様子もなく、べレニスは不思議そうに呟いた。

 「リュシエンヌに図書室に持って行ってくれるように頼んでいたはずだったのだけど」

 どうして返されているのかしら、と言う彼女の言葉にマテューは反応し、そして目を細めて壺を見つめた。その瞳は壺を通り越し、どこか遠くを見ていた。



 その男はファルと名乗った。

 リュシエンヌはファルからいろいろなことを聞きだされた。王宮内でどういうことをしているのか、気になる男はいるか、その男との思い出など。

 リュシエンヌがたどたどしく話すのを聞いていてファルはポツリと呟いた。

 「リュシエンヌはリュファス様のことが好きなんだね」

 改めて言葉にされると照れ臭いが本当のことだったので頷いた。

 「でも、今は西の森に行っているんだね」

 それを話しているとき、リュファスのことを考えてしまい少し切ない気分になる。離れてしまうとリュファスの存在が、いかに自分に元気を与えていたかわかってしまい寂しさが出てきた。

 「でも無事に帰ってこれるかな?」

 「どうして」

 リュシエンヌが聞くとファルは意地の悪い笑みを浮かべた。

 「だって、西の森には魔物だけじゃない、魔族もいるんだよ」

 魔族ならリュシエンヌも知っている。もっとも名前だけで、魔族よりももっと凶悪な魔界の住人だという認識しかないが。それでもリュファスたちが対峙しているものの恐ろしさを知ってしまい、リュシエンヌは身体を震わせる。しかし、出向前にリュファスに言った自分の言葉を思いだす。

 「でも、信じるって約束したから」

 その言葉にファルは面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 そこでリュシエンヌは疑問が浮かんだ。

 何故、一介の医者の弟子である彼が、敵の正体を知っているのだろうか。

 そのことを聞こうと思ったが聞く前にファルに遮られる。

 「もういいや、遠征のことは」

 それよりさ、と彼がまぶしい笑顔を向けてくる。

 「ねえ、そのリュファス様にもらったペンダント見せてよ」

 「もらったっていうか」

 確かあのときリュシエンヌに返すと言っていた。それから尋ねる機会がなかったので、詳しいことはわからない。

 だが、リュファスから渡されたということは事実なので、リュシエンヌは照れながら懐の青い石を探る。このペンダントをリュファスにもらってから入浴時と寝るときしか外していなかった。

 大切なものなのでチェーンをつけたまま青い石を見せた。ファルは顔を寄せ、ゆっくりと石に触れる。必要以上にファルの顔が近い気がして頭を引こうとしたリュシエンヌだが、ファルが石に触れているせいで動かすことができなかった。

 ファルは、眉を寄せたかと思ったら、何故かその石を握り込む。

 ファルの不審な行動にリュシエンヌは怪訝な顔をする。

 「どうしたの?」

 「いや、やっぱり効くね」

 そう言ったかと思うと、ファルはその手を自分の方に勢いよく引いた。

 「いっ……!」

 力任せに引っ張られたせいでチェーンがうなじに食い込み痛んだ。しかし、一瞬でその鋭い痛みから解放された。

 何故止んだのかはファルの手の中にある石で分かった。引っ張られる力に負けチェーンが切れてしまったのだ。

 疼くような痛みを訴える首を抑え、リュシエンヌはファルを睨みつける。

 「何を」

 「忌々しい」

 リュシエンヌの言葉を遮り、ファルは喉の奥から出すような低い声で呟いた。

 そして、石をさらに握りこむ。

 それを見たリュシエンヌが止めてと叫ぶ前に、その手の中で鈍い音がして、その手の隙間から床に石の破片がパラパラとこぼれ落ちていった。

 青い石の破片が光に反射して輝きを放ちながら床に散らばっていく。

 リュシエンヌはその光景を呆然と見つめていた。自分と戦地に赴いているリュファスとの無二の繋がりを断ち切られたような気がした。


 しばらく石を砕いた己の掌を見ていた男は、やがて不気味な笑みを浮かべてリュシエンヌを見た。 

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