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闇に惑う  作者: 湯川翔子
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第31話 激戦

多少の残酷表現があります。ご注意ください。

 「来てしまったのね」

 中性的な容姿、女性らしい言葉づかいに反して声は、低かった。

 「早かったと言うべきかしら?」

 それは微笑みを浮かべながら、リュファスに親しさを込めた口調で言う。


 近くに来たとき確信した。目の前にいるものは魔族だ。魔物とは比べ物にならないほどの力を持つ魔界の住人。リュファスも魔族は数えるほどしか対峙したことがない。すべて浄化してきたが。

 魔族は微笑を浮かべたまま手をかざす。その動作に、リュファスは体を緊張させる。魔物ならばいら知らず、魔族相手では、リュファスも無傷では済まないだろう。

 足元の魔法陣が光を放つ。

 その光は、徐々に強くなっていきやがてその中から一つの物体が姿を現す。リュファスは、眉をひそめた。

 生まれて間もないのか背がリュファスの腰ほどしかない、それでも蝙蝠の翼のような耳を持ち全身を堅そうな毛で覆われた猿、間違いなく魔物だった。

 「あら、こんな小さな子を呼び出すつもりじゃなかったのだけど……まあ、いいわ」

 些細なことだというふうに言い、魔族は魔物に手をかざす。

 魔族の手から発せられた魔力は、その小さな魔物を優しく包み込むようにする。禍々しい灰色の光が辺りを支配する。やがてその光は力を失ったかのように縮んでいく。

 その中から出てきたのは、先ほどよりも何倍も成長した大きな体躯と敵意だった。

 リュファスは確信する。やはりこの魔族が魔界から魔物を召喚し、そして魔力で傀儡として砦を襲わせたのだ。

 魔族から発せられた魔力は微量だったが、先ほど魔物の死体から確認した魔力とまったく同じだった。

 リュファスは、魔族とその魔族に召喚された魔物を冷たい瞳で見つめる。小さかったときの姿を知っている。しかし、この魔物は巨大化し、あからさまな敵意を持ってリュファスと対峙している。敵だ。

 微かな憐憫の情が心の中で生まれようともリュファスはこの魔物を斬らなくてはいけない。

 リュファスは感情の籠らない瞳で魔物を見つめると剣を鞘から抜きさした。

 そして、剣の先端を魔物に向ける。

 その魔物は、瞬く間に消滅した。

 「どっちが魔物だか」

 魔族が蔑むようにリュファスを見る。

 (本当だな……)

 これは民衆が求める聖騎士の姿ではないことは理解している。優しく、誠実で、強い聖騎士。そんな人間ではないことはリュファスが一番理解している。自分はただの憶病な人間だ。

 だから考えるのだ。この魔物は魔族の手によって人間に対しての敵意を植えつけられてしまっている。人間を襲うのは時間の問題だった。もし、この魔物を憐れみ逃がしたあと、この魔物が街に人を襲いに行ったらどうなる。

 もしも、そのとき大切な人がその魔物の爪の犠牲になったらと。

 それならば目につく魔物はすべて滅ぼしてしまおう。

 おおよそ聖騎士としてはあるまじき己の考えにリュファスは、自嘲の笑みを浮かべた。しかし、心のどこかで納得していた。

 (これが俺だ)

 聖騎士とはやし立てられてもこの矮小な心は、そうは変わらない。

 大切な少女と出会って何かが変わったかと思ったが、余計に憶病になってしまったようだ。少女を失うと想像しただけでも恐怖で背筋が凍りつきそうなのだから。

 彼女を護るためなら何でもする。確固たる想いを持って、リュファスは光の名を持つ相棒を構えた。

 それに応えるように魔族は両手を合わし、その間から禍々しい細身の剣を出現させる。その柄を握り締めると、リュファスに剣を向ける。

 勝手に背負っているだけかもしれないが、騎士として、王族や国民や部下。男として、大切な少女。リュファスが護ろうとするものは大きい。

 頭の中でさまざまなものがない交ぜになる。

 考えを振り払おうと目の前の魔族を鋭く見据える。リュファスはそのとき、魔族の瞳の中に強い意志を見た。もしかしたら魔族も護りたいものがあるのかもしれない。

 魔族は薄い笑みを浮かべる。まるでリュファスの考えを理解しているような笑みだった。

 「お互い譲れないものがあるときは話し合いでは解決しないわ」

 その言葉にリュファスも微かに笑みを浮かべた。

 「そうだな」

 二人が同時に動き出す。

 鉄同士がぶつかり合う音が森に響き渡った。



 砦では重苦しい空気が漂っていた。部隊長であるギデオンを除いた第二部隊が全部隊待機の命を持って帰ってきたからだ。

 第二部隊の者も何も知らされてはおらずただ困惑しているだけだった。「部隊長に全部隊待機と言われただけなんです。部隊長もすぐ戻るとおっしゃっていました」と騎士はしどろもどろになりながらエミリアンたちに説明した。

 他部隊の出撃の準備を手伝っていたエミリアンにとってその命令は寝耳に水で理解できないことだったので、当惑しながらリュファスを待っていたのだ。

 しかし、帰ってきたのはギデオンだけだった。

 「ギデオン! 団長はどうした」

 ひとりで戻ってきたギデオンに対して、不審とえもいわれぬ不安を抱きエミリアンは声を張り上げてギデオンに問う。

 ギデオンは無言で首を振る。

 「団長はひとり奥に向かった。俺はただ全部隊ここで待機を命じられただけだ」

 その言葉に、待機していた騎士たちがざわめいた。エミリアンはギデオンの胸倉を掴み、壁に押し付ける。そして低い声で呟く。

 「お前、団長をひとりで行かせたっていうのかよ?」

 ギデオンは無言でエミリアンを見据える。

 「ああ」

 「部隊長!」

 騎士の声とともにギデオンが床に転がった。

 「あの人はオージュの希望だぞ! 何かあったらどうするんだ」

 口を拭う仕草をするギデオンをエミリアンは見つめる。年齢が近いということで親しくしており、ギデオンの性格もある程度は把握していると思ったが、今度ばかりはギデオンが理解できなかった。何故平気そうな顔をしているのか。エミリアンはギデオンの無表情にどうしようもない苛立ちを感じて拳を握った。

 「あっという間に行ってしまったんだ。あの方を止められる者などいない……あの方は強い。大丈夫だ」

 ギデオンの言葉に違和感を覚え、エミリアンは再び振り上げた手を止めギデオンをまじまじと見つめた。

 噛みしめられた唇、寄せられた眉、よくよく見るとちゃんと表情はある。そして先ほどの言葉、まるで自分に言い聞かせているようにも捉えることができる。

 エミリアンはふと思った。ギデオンが一番この状況に堪えているのかもしれないと。何も出来ずに団長を行かせてしまったのだから。

 ギデオンがひとり遅れて帰ってきたのはもしかしたらリュファスを探していたのかもしれない。

 そう思うと途端に頭が冷えてきて手を下し握り締めていた拳の力を緩めた。

 そのとき、野太い声が割り込んできた。

 「部隊長同士が仲間割れしてどうするんだ」

 騎士の間からエミリアン、ギデオンと同じ身分にある第四部隊長が姿を現した。その顔は呆れたような色をしていた。他の部隊長よりも年功でリュファスからの信頼も厚い男の言葉に、二人は黙りこんだ。

 自分よりも年長だということを理解はしているのだが同じ身分の男に諭されてしまい苛立ちの色を浮かべてしまうエミリアンを、豪快に笑い言った。

 「待とうぜ」

 きっと帰ってくる。

 


 「ひどいわ……腕がなくなっちゃった」

 言葉の内容とは裏腹に快活とした声だった。しかし、魔族は見るも無残な姿をしていた。

 左腕は肘関節から先は消失しており、体に無数の切り傷をこさえている。右足の切り口からは肉、筋、その奥には骨が見えている。それでもその足は大地を踏みしめている。

 服も切り裂かれ、そこから薄い胸板が露出している。リュファスはやはり男だったのだと、頭の片隅で思った。

 その手に持つ剣も所々刃こぼれをしている状態だが、それに比べてリュファスは多少切り傷などがあるがすべて大したことはなく、自分とは対照の魔族の様子を観察するように見ていた。まばゆい光を放つ剣も刃こぼれひとつない艶やかな刃をさらしている。

 大地を踏みしめ立つ様は、感嘆のため息をつくほど高潔で凛々しかった。

 その姿に魔族が呆れの混じったため息をついた。

 「恐ろしい人。あなた本当に人間?」

 姿は満身創痍だったが魔族はそれでも剣を構え、戦う姿勢をとる。

 その姿勢に感嘆したのは一瞬で、リュファスは魔族に向かって走りだす。体中に負った怪我のせいか思うように動くことができなかった魔族の剣をすり抜け、その懐に飛び込む。

 そしてそのまま魔族の胸を貫いた。

 貫いた瞬間、何故か魔族の唇が弓なりになる。それに気づいたリュファスだったが、力は緩めずそのまま貫いた剣を引き抜いた。

 勢いのまま大地に倒れこむ魔族を見てリュファスは眉をひそめる。

 消滅はしていないが、もはや虫の息であろう魔族の状態を確認しようと近づいたそのときだった。


 パキリ。

 頭の中で音がした。

 リュファスは驚愕に目を見開く。

 「っ……なんだと……」

 何が起こったのか瞬時に理解した。何故なら、それは自分が制御しておりその状態を常に把握していたからだ。

 それの亀裂はどんどん広がっていく。砕け散るのは時間の問題だった。

 彼女のためにかけた(まじな)いの檻。大切な彼女を護るために、欺くために。

 なぜ封印が解けかかっているのか理解できず立ち尽くすリュファスの姿を見て、消えゆく魔族は満足そうに嗤った。

 「やはり私程度ではあなたを殺すことはできなかったわね……でも私の役目はちゃんと果たすことができたわ」

 その言葉を聞いてリュファスは愕然とし、次に顔を烈火のごとく怒りに染めた。把握したからだ。この魔族はただ自分を王宮から遠ざけることと自分の足どめの役目を背負っていたことを。その間に彼女に何が起こっているのかを。

 魔族の体が端々から砂のように崩れ落ちていく。その顔は満足したような笑みを浮かべていた。

 魔族の体が完全に消えたあとも、リュファスはその地面を睨みつけていた。名前も知らずに消えた魔族への憎悪を込めて。


 残されたリュファスは剣を握り締める手を震わせる。

 「リュシエンヌっ……!」

 血を吐くような声が唇から漏れた。脳裏に思い浮かぶのは、辛い境遇の中でも常に前向きに生きようとする愛しい少女。

 彼女が危ない。

 何故リュシエンヌが危険かという理由は痛いほどよく理解している。もしかしたらという気持ちととうとう来たかという気持ちがあふれてくる。

 自分の封印を破れる者はそうそういない。しかも、魔物討伐に出発する前に強固にかけてきたのだから。

 もしいるのならばそれは。

 走馬灯のように頭をよぎったのは五年前の惨劇。

 これから起こりうるであろうことを思うと心臓が凍りついていく。リュシエンヌが危険な目に遭うことは、我が身を切り裂かれるよりも辛い。

 リュファスは大地に剣を突き立てた。魔物が消滅したことで、魔方陣は消え去り辺りには魔物の気配はない。しかし、リュファスは、広大な森の中でうごめく無数の魔物の気配を常に感じていた。戻るときに遭遇するかもしれない。

 (邪魔だ)

 剣を軸に光の粒子が爆発した。

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