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闇に惑う  作者: 湯川翔子
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第30話 森での攻防

 オージュ王国は、国として大陸から孤立している。東と西には魔の森が控え、北には高い山脈が連なっている。そして、南は広大なブレイナール海がある。

 オージュを囲む東と西の森の境には双方に砦が置かれている。

 東の森は、広大である。西の森と比較するとその約数倍の面積を誇る。

 東の森を挟んださらに東に隣国ディオンヴィルがある。西の森ほど危険ではないが、それでも多くの魔物が生息している東の森があるが故に国交もままならず、交流も皆無に等しい。

 必然的にオージュの主な交易の相手は、海を隔てた国に狭められていた。

 そうした要因があり、大陸では孤立しているといってもいいオージュだが、魔の森が自然の要塞という役割をしているため、他国からの侵略に気を揉む必要がない。他国も魔の森に踏み込むという危険を冒してまでオージュに攻め込むということはしないのでオージュは他国の侵略に脅かされることもなく生活していた。

 しかし、民も、貴族も、王族も、忘れてはいけなかったのだ。

 自分たちが何に囲まれて暮らしているのかということを。

 

 危険な魔物が多い西の森付近の砦には多くの警備兵が配置され、広大すぎる東の森の魔物は、西の森よろは警備は手薄だが、魔物たちは、わざわざ時間をかけて移動し、砦を乗り越えて城下に入ろうとしてくることはない。それをしなくても生きていけるのだがら。

 王国の周りを囲むように置かれる砦に守られ、つい数年前までは王国の民は、魔物を見ることなく暮らしていた。

 しかし、他国からの侵略を防いでいた森は、手のひらを返すように王国を狙い襲いかかってきたのだ。命を奪われる民、彼らは日々魔物たちから脅えて暮らすようになった。

 今、国は、脅威に晒されている。



 その森の中では、無数の魔物が蠢いてる。しかし、東の森は、広大すぎるせいか、わざわざ魔物が城下の方へ襲いに来ることはあまりない。

 だが、魔物が群れをなして襲ってくる可能性が全くないというわけではなかったのだ。


 魔物の数を見るに、東の森に面するこの砦付近には、この森に散らばる魔物をすべて一点に集結させた状況といっても過言ではないだろう。討伐出発前にオージュと同じく東の森に隣接しているディオンヴィルに使者を送ったところ、先ほど戻り、東の森に接している砦から魔物の気配が消えたという報告を持ってきた。

 そう見て、束になって襲ってきた状況になる。

 隣国と交流のほとんどない状況で兵力を借りるわけにもいかずに、広大すぎる東の森では囲い込みなどの戦法は使えず、かといって無謀にも限られている戦力でがむしゃらに攻めるわけにもいかず、砦を拠点として、襲ってくる魔物を迎え撃つしか方法がなかった。

 部隊ごとで守備と攻撃を分けつつ、魔物の大群とと衝突してからはや数日が過ぎた。

 やっと、魔物の強襲が緩んだところで、部隊が個々に進撃できる状況になったのだ。

 強襲は止んだが、未だ魔物は多く残っており、苦戦を強いられている。未だ死人は出ていないが、いつ出てもおかしくない状況なのだ。


 リュファスは、何十体目かになる魔物を剣で切り裂いた。

 魔物は、その場で跡形もなく蒸発した。

 「エミリアン、状況は」

 近くで戦っていた部下に状況を尋ねる。エミリアンは肩で息をしながら答えた。

 「ルノーが負傷しました。右肩からわき腹付近まで切り裂かれ重症です」

 「利き腕だな、下がらせろ。救護班に処置を。エミリアン、お前たち第3部隊も砦で休息を取ってこい。代わりに第4部隊に進撃をするように伝えてこい」

 「了解しました……リュファス様もどうかお休みください。ろくに寝ていないじゃないですか」

 「ああ、このあたりの魔物を一掃したら休憩を取ろうと思う。お前たちは、一足先に砦に戻っていてくれ」

 リュファスの言葉にエミリアンは、頭を下げ姿を消した。

 リュファスは、軽く息をつく。

 周囲の魔物の気配は薄れてきた。しかし、未だ足を踏み入れていない森の深部からは、濃厚な魔物の気配が漂ってきている。


 魔物と部隊が交戦している。この辺りは、ギデオンが率いる第2部隊だったか。

 そちらに向かうとギデオンが魔物を二体を相手にしている光景が飛び込んできた。ギデオンの腕ならばこの程度の魔物など大丈夫であろう。

 しかし、ギデオンが二体の魔物を倒したと同時に、狙ったかのように後ろからも三体魔物が襲いかかる。

 自らに襲い来る魔物を確認し、ギデオンが目を細めた。

 リュファスは、体勢の整っていないギデオンと魔物の間に入り、剣でその魔物を両断し消滅させた。

 ギデオンは、少し乱れた呼吸を整えリュファスの方に向き直った。

 「ありがとうございます」

 傍から見ると本当に感謝しているのかわからないような無表情で声も愛想の欠片もなかった。しかし、リュファスは知っている。ギデオンという男が騎士として誰よりも高潔であろうとしているかを。その冷静であろうと努めている態度の中にリュファスを慕う心が隠れているということを。

 彼は、冷厳な態度を保っているが、心の内では、リュファスを敬愛しており、先ほどのことも本当に感謝しているのだ。

 「ああ」

 リュファスは、頷いた。

 ギデオンも含まれているのだが、今回の遠征では、騎士団の中でも信頼の置ける者が比較的多い部隊を連れてきた。それは、今までにない事態に警戒したのともう一つある。今はまだ燻っているだけかもしれないが、煉獄の業火となりうる危険性のはらんだ火種を危惧してのことだった。

 リュファスは、王宮にいるリュシエンヌのことを思った。大切な大切な少女。

 彼女の傍を離れるのは酷く不安だった。王宮にはリュファスが絶対的な信頼を置いている男がいるので大丈夫だと思うのだが、それでもリュシエンヌのことを考えると心がざわめいた。

 リュファスは、唇を噛みリュシエンヌに囚われかけた思考を押し込める。そして、極力冷静な声を意識して今まで頭の念頭にあった疑問をギデオンに尋ねる。

 「ギデオン、おかしいとは思わないか」

 リュファスの言葉に同意するようにギデオンも頷く。


 そう、おかしいのだ。


 通常魔物は、単独で生活する。

 元来、魔物というものは群れるということをせず、仲間というものを持たないというのが人間の認識である。眷属を持たず、血族を生み出すということもない。たとえ、似たような形状の魔物がいても、それば別物であり、仲間ではない。

 魔物がどうやって生み出されるのかは知らないが、リュファスは数多くの魔物を相手してきた中で一度も同じ種類の魔物を見たことがなかった。

 その魔物が結束し人間を襲うことはまずない。そもそもこの状況が起こりえないものだと思っていた。

 リュファスも部下も最初から感じていた違和感はそれだった。

 リュファスは、ギデオンが倒した二体の魔物を見る。

 二体とも姿かたちは全く違い、一目で異種の魔物とわかる死体だった。

 それを見てリュファスは眉を顰めた。その死体から、その死体のものではない微量の魔力を感じたのだ。それも二体とも。その二体の魔物から感じる異質の魔力自体は、同じものであった。


 何故、魔物が束になって襲ってきたのか。

 そして、魔物から感じる異質の魔力。


 リュファスの中に嫌な考えが浮かび上がってきた。


 何かが起こっている。尋常ではない何かがこの森で。

 魔物が襲撃してきたと報告を受けたときから、リュファスの内に渦巻いていた不安が黒い靄となり心の隙間からふつふつと噴き出してくる。

 リュファスは、神経を研ぎ澄ますために目を閉じた。ギデオンが不審そうにリュファスの名前を呼ぶが、それに答えず魔物の死体を探った。

 魔物に付着している異質の魔力の気配を絡め取る。そこから魔力の途切れてしまいそうなほど細い線をたどっていく。

 聖騎士となってからリュファスは、魔力の流れを感じられるようになった。特に闇に属する魔力には辟易してしまうほど鋭敏に感じ取ることができる。

 捉えた。

 リュファスは、目を開いた。そちらに全神経を集中させる。

 微細な魔力を感じ取れるが、それでも意識しなければ感じられないほどの小さな魔力が、瞬時に膨らみ、そして破裂する。そのあとに残るのは、嫌というほど知っている気配。その気配に先ほど感じた魔力が絡みついていく。


 魔物が生まれている?いや、召喚されているのか。


 とにかく小さな魔力の爆発のあとには魔物がいることは、感じとれる。

 その魔力の一連の流動はその場所から動く気配はない。その場所で何らかの方法を使い、魔物を造るか呼び出すかして魔力を使い操っているのだ。


 その考えに至ったとき、リュファスは、叫んでいた。

 「部隊を全て砦に集結させろ! 各々勝手に行動はするな。ギデオン、お前もだ」

 そう言い放つとリュファスは、一点を目がけて走り出す。魔力が爆ぜては魔物が生まれるその場所へと。

 「リュファス様! 何をっ……」

 いきなりのリュファスの突飛な行動に、珍しく焦ったようにギデオンが声を出した。しかし、すでにその声を遠くに聞くほどにリュファスは、常人の数倍の速さで移動していた。

 長く続いている戦いに焦りを抱き始めていたのかもしれない。

 リュファスは、珍しく後先考えない行動をしていた。



 途中途中に出現する魔物を滅しながらいくらか進んだとき、リュファスは、急に足を止めた。そして、気配を極力消し緩慢な動作でそれに近づいていく。

 そこには、家ほどにある大きな魔法陣とその周囲を舞うように歩くひとりの人間がいた。いや、姿が人間に見えるだけで正体は人間ではないのかもしれない。その顔は中世的で身体の線も細く性別も定かではない。

 リュファスは、鋭い視線を向け、剣の柄に手を添えながら人の姿をしたものの前に歩み出ていく。


 それは、リュファスの姿を認めると歩みを止め、艶やかな笑みを向けた。

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