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闇に惑う  作者: 湯川翔子
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第27話 去っていく人

 薄いカーテンで太陽の刺すような光は柔らかな日差しへと変わる。それでも差し込む日差しにリュシエンヌは目を細めながら窓際に立つ。

 そして花瓶の水を取り換えながら彼女に話しかけた。

 「ノエル見て、花が綺麗だよ」

 リュシエンヌの言葉に彼女はベッドに座り虚空を見つめている。

 「でも、やっぱり地面に生えてる花の方がいいかな…今度見に行こうね」

 ベッドの傍らに座って返事をしない彼女。

 リュシエンヌを殺そうとした彼女。

 彼女はあのときからずっとこの状態だった。ひとりで動くことはもちろん話すこともできない。ただ虚ろな瞳で前を見ているだけだった。

 リュシエンヌは仕事の合間を縫って彼女の部屋に彼女の世話をしに来ている。

 本当は同室のメイドがやればいいのだが、同室のメイドは事件が起こった日からしばらくして出て行ってしまったのだ。

 だからリュシエンヌはノエルの世話をしている。

 「もう一週間経つのにね」

 彼女はずっとこのままだった。



 三日前、リュシエンヌは彼女の部屋の扉をノックしようとして彼女と同室のメイドとはち合わせた。

 メイドもリュシエンヌも驚いた顔をしたが、メイドはリュシエンヌの顔をまじまじと見て、それからぽつりと言った。

 「あなた、リュシエンヌ?」

 名を言い当てられさらに驚いた表情をしたリュシエンヌにメイドは納得がいったように頷いた。

 「ノエルに会いに来たの?」

 それがあのメイドの名前なのだろう。リュシエンヌは軽く頷く。

 メイドを見ると苦い顔をしていた。

 何故そんな顔をするのだろうかと思ったリュシエンヌにメイドは言う。

 「あの子に会うのならやめておけば?何の返事もしないし、ベッドの上からまったく動かないから」

 そう聞いてまだあの調子なのかとリュシエンヌは驚いた。リュファス曰く二、三日で元に戻るということだったので日をおいて尋ねてみたのだが、まだ元に戻ってはいないらしい。どうしてだろうと頭を悩ませた。

 心配しているリュシエンヌの様子を知ってか知らずかメイドは軽く、まあ当然の報いよね、と言った。

 リュシエンヌが訳が分からず首を傾げるとメイドは少し眉間に皺を寄せてリュシエンヌを見る。

 「あなたに手を出したんだから。罰が下ったんだわ…リュファス様はあなたを大事にしているって噂を信じないであなたに危害を加えたあの子の罪ね」

 平然と言う彼女の言い草にリュシエンヌは驚く。それを当然のように言い放ったメイド自身に驚いた。

 そしてメイドは自嘲したように言う。

 「私も最初は噂なんて信じてなかったし、なんであなたが?って気持だったわ。だからあの子たちのやってること止めなかった」

 メイドは一度俯いておもむろに顔を上げ言った。

 「だから私がここを出て行かなきゃならないのも当然の報い」

 メイドの最後の言葉にリュシエンヌは絶句した。

 「……出て行く?」

 「ええ、あの子のことをただ静観していた私は許されなかった。だから王宮から追放。なんでそんなこと知られていたのかわからないけど、当然よね」

 リュシエンヌの頭に黒ずくめの背の高い男が思い浮かんだ。

 「でも、そんなのは…」

 「いいのよ。どうせこのままいても罪の意識で苛まれることになっていただろし。逆に罰を与えてもらった方がよかったわ。逃げかもしれないけどね」


 「でも、問題はノエルなのよ…」

 晴れ晴れとしていた顔が途端に深刻そうになる。

 「まったく動けない状態だし、家族も受け取りを拒否しているし、正気に戻るまでしばらくはここに置いておくつもりらしいけど、動けないこの子の世話をする人がいないの。私はもう出ていかなければいけないし」

 メイドはリュシエンヌの手を握る。

 「こんなことあなたに頼むのは間違っているのは分かってる。でも、お願い。この子の世話をしてあげて」

 そして苦しそうな声で呻くように言う。

 「あの子にはもう誰もいないのよ」

 このメイドを見ていると心からノエルのことを心配しているように見える。

 貶すような言葉を向けても同室の彼女のことを心配するメイドにリュシエンヌは好感を持った。彼女の願いに応えるようにリュシエンヌはメイドの手を握り返し大きく首を縦に振った。

 「そんな、私ができることだったら何でもするよ」

 やるぞっと意気込むリュシエンヌの姿を見て、メイドは悲しそうな顔をした。

 「そうだったのよね…私も、あの子もあなたと話していればこんなことは起こらなかったかもしれないのに」

 ぽつりと呟いた言葉はリュシエンヌには届かなかった。


 「もう行くわ。すぐに出ていかなければいけないから」

 メイドは床に置いてあった荷物を抱えて歩きだす。

 外に向かっていた足を止め、ゆっくりとリュシエンヌを振り返り、

 「本当にごめんなさい」

 最後に彼女はぽつりと一言言った。

 去っていくメイドの真っ直ぐな後ろ姿をリュシエンヌは目に焼き付けるように見続けた。


 彼女とは良い友達になれたかもしれない。



 それからリュシエンヌは仕事の合間を縫ってノエルの世話をしに来ている。

 話しかけても彼女は何も答えないがそれでも根気よく話し続けた。

 今日もリュシエンヌだけが話し続けて夜が来た。


 ノエルを寝かせて部屋の扉を開けたとき、マテューがいたときは悲鳴を上げそうになった。

 「なななな」

 動揺しているリュシエンヌを見て呆れたような顔をする。

 「本当、リュシエンヌって甘ちゃんだよね」

 全て知っているかのような口ぶりだった。

 「いいの、私が自分で考えてしてることだから」

 つんと顔を背けリュシエンヌが言うとため息が聞こえた。

 窺うようにマテューを見ると彼は微笑んでいた。包み込むような柔らかい笑顔をリュシエンヌは呆然と見つめる。

 「まあ、別に嫌いじゃないけど」

 からかうような言い方に我に返ったリュシエンヌはむくれながら言う。

 「て、何でマテューが知ってるの?しかも、また勝手に独り歩きして」

 「ぶらぶらしてると色々と情報が入ってくるものなんだよ」

 リュシエンヌはさらに膨れた。そんなリュシエンヌを見てマテューはさらに笑う。

 「リュシエンヌがそんなんじゃリュファス様も心配で城から離れるときは大層迷っただろうね」

 マテューの言葉にリュシエンヌは首を傾げた。

 マテューはリュファスを知っているような口ぶりだった。しかし、従者と騎士とは基本接点がない。それならばどこで知り合ったのだろうか。

 「マテュー、リュファス様知ってるの?」

 リュシエンヌの言葉に視線を遠くに向けていたマテューがはっとなる。そしてリュシエンヌを見て曖昧に笑う。

 「昔、ちょっとお世話になったんだ」

 ふーん、とリュシエンヌは頷いた。

 あっとマテューが声を上げた。

 「俺、もう行くよ。こんな所で話してる場合じゃなかった。リュシエンヌ、くれぐれも無茶なまねはしないようにね」

 そう言い残すとマテューはいそいそと去って行った。

 残されたリュシエンヌは変な顔をしてマテューの去って行った方向を見た。


 「マテューから話しかけてきたのに」

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