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闇に惑う  作者: 湯川翔子
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第25話 恋に戸惑う

 

 その場を沈黙が支配する。

 凍てついた空気の中、普段気にも留めないはずの自分の息遣いが妙に目立つ。

 リュシエンヌは動くことができなかった。

 リュファスに身体を抱き込まれているせいもあるが、リュファスから溢れるように発せられる鋭い空気で身体が動かなくなってしまったのだ。

 永遠に続くかと思われた沈黙を破ったのは、メイドだった。

 「りゅ、リュファス様」

 どこか懇願するような、許しを乞うような声。突然のリュファスの登場で動揺したせいなのか潤んだその瞳にはリュシエンヌに向けたあの凄まじいほどの憎悪はもうない。

 あのときと同じ恋する女の目をしていた。

 しかし、リュファスはそんな彼女のことなど気にせず、顔を歪める。


 「胸糞が悪くなる気配だ」 


 地の底から響いてくるような低い声、ただ言葉を発しているだけのはずなのに、傍にいたリュシエンヌはその底の知れない声が鮮明に聞こえ身体を震わせたが、階段の上部にいる彼女には聞こえなかったらしく軽く眉をひそめる。

 「憎しみに染まった心を魔に付け入られたか」

 「え?」

 メイドの言葉には答えず、リュファスは腕の中のリュシエンヌを覗き込む。

 「大丈夫だったか、リュシエンヌ」

 「へっ?…あ、はい。大丈夫です」

 「よかった」

 抱きしめる力を強められリュシエンヌは顔を赤くする。

 リュファスがあまりにも愛おしそうにリュシエンヌの髪を撫でるのでリュファスと目が合ってしまったリュシエンヌは音がリュファスに聞こえてしまうのではないかというくらい心臓が脈打つ。

 「あっ…あの」

 リュシエンヌが何も言うことができずどもっていると、

 「リュファス様っ」

 悲痛な声だった。

 はっとしてリュシエンヌは声のした方を見る。その瞳は傷ついた様子がありありと浮かんでおり、リュシエンヌを通り越してリュファスを見つめていた。

 しかし、リュファスの彼女に向ける眼差しは射るように鋭く冷たかった。

 「闇の気配がまとわりついている…リュシエンヌ、俺の後ろに」

 リュファスはリュシエンヌをそっと床に下ろし、背に庇うようにメイドに向き直った。

 「私をっ…見てください!」

 リュファスが自分を見たことで微かな自信を持ったのか、大きく手を広げて自分の存在を主張する。彼女の視界にはリュシエンヌなどもはや映ってはいなかった。

 彼女にとってはリュシエンヌを落とそうとしたことなどとうに忘れ去っていることだろう。彼女にとってリュファスという存在はそれほどまでに強大で尊きものなのだろうと、リュファスを前にしたメイドを見てリュシエンヌは推測した。

 

 「簡単に闇に心を捕らわれるお前など見たりはしない」

 今度はメイドにも聞こえるようにはっきりと言った。言われた彼女の瞳が絶望に染まる。

 メイドの嘆願を冷酷に切り捨てたリュファス。その姿を見て何故かリュシエンヌはちくりと胸が痛み軽く胸を押さえた。

 後ろにいるリュシエンヌの様子など知りようもなく、リュファスはメイドに向かって手をかざす。

 

 「悪しきものよ、消えろ」

 風もないのにマントがはためき始めた。リュファスの近くにいたリュシエンヌにはリュファスの身体が光を帯びていることに気付く。

 突如現れた小さな光が爆発となってその場にいた三人を包み込む。



 リュファスのマントで隠れてはいたが、あまりにも強烈な光で視界を奪われたリュシエンヌが目を開けるとメイドが力なくへたり込んでいた。

 その瞳は虚空を見つめ、意識があるのかどうかはリュシエンヌの場所からでは確認することができなかった。

 「リュファス様っ…あの人は」

 「心配するな。身体と心に巣くっていた闇をはらっただけだ。その影響でしばらくはあの調子だろうが、じき元に戻る」

 様子がおかしいメイドに慌てるリュシエンヌにリュファスは何事もないように言った。


 「とりあえず、あの女を連れて行こう。ギデオン」  

 名を呼ばれた男はすぐに姿を現した。リュファスの部下なのだろう、ギデオンと呼ばれた男は礼儀正しく起立しリュファスの次の言葉を待っている。

 「連れて行け」

 「はっ」

 ギデオンは一礼し、座り込んでいるメイドを乱暴に立たせ連れて行った。

 一連の流れるような一部始終をリュシエンヌは呆然と見守るしかなかった。


 

 「リュファス様…あの人はどこへ」

 「アレクシア王女の所へ」

 思いもよらなかった人物の名前がリュファスの口から飛び出し、リュシエンヌは目を瞠った。

 「彼女のしでかしたことは罪だ。追ってお前の主人であるアレクシア王女よりしかるべき罰が与えられる」

 「そんな」

 悲鳴のような声を上げたリュシエンヌにリュファスは厳しい目を向ける。

 「お前は、あのような仕打ちをされてもなお、あれらを許すのか?」

 リュファスから咎めるような眼差しを向けられリュシエンヌは身を竦ませる。そして、少し困ったように言う。

 「でも、あの人はただリュファス様が好きで…だから私が嫌いで」

 「その好き嫌いでお前は二度も殺されかけたんだぞ」

 空気が止まった。

 「どうしてそれを…」

 「俺が知らないとでも思ったのか?」

 驚くリュシエンヌにリュファスの氷の瞳が諌められる。

 「お前が怪我をしたと人づてに聞いて俺がどんな思いだったか分かるか?もしかしたら、死んでいたかもしれないと聞いた」

 肩を強く掴まれる。

 「今回もそうだ。もし俺が受け止めなかったらお前はどうなっていた?お前の身体が投げ出されたとき…心臓が凍りついたあのときの感覚…お前にはわからないだろう」

 肩を掴んでいる手が小刻みに震えている。いつも鮮烈な輝きを放っている瞳は今は力なく伏せられており見ることができない。

 その姿を見てリュシエンヌは激しく後悔した。

 何故リュファスに言わなかったのだろうと。何故避けてしまったのだろうと。

 リュシエンヌの後先も考えていなかった愚かな行動でリュファスは傷ついている。

 どうすればいいか分からなかった。


 「ごめんなさい」

 悩んだリュシエンヌはリュファスの首に手を回し抱きついた。言葉で何も言うことはできなかったのでリュシエンヌは行動することにした。

 リュファスが驚いた気配がしたが、リュシエンヌは離さなかった。感謝と謝罪を込めてリュシエンヌは力いっぱい抱きしめる。

 やがて、リュファスの手がリュシエンヌの腰に回る。


 温もりを感じる。互いが生きている証拠としてふたりは感じている。

 「身の危険を感じたらすぐに知らせてくれ……どうか自分を軽んじないでくれ」

 懇願するような声にリュシエンヌは無言で頷いた。



 リュファスはリュシエンヌを離し、手を取る。

 「久しぶりなんだ。ゆっくり話をしよう」

 その微笑みはいつもリュシエンヌに向けてくれる笑みだった。その笑みを見れたことにリュシエンヌは安心した。

 「はい」

 リュファスの笑顔を見ただけでもうメイドのことを忘れしまいそうな自分を残酷だと思いながらリュシエンヌは笑顔で返事をした。


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