表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇に惑う  作者: 湯川翔子
24/42

第23話 悪意にさらされる

 青い青い空の下、リュシエンヌは何故がびしょ濡れだった。これは雨でも、リュシエンヌがバケツをひっくり返した訳ではない。

 上にいる人の悪そうな笑みを浮かべている彼女たちが原因である。窓から顔を出した彼女たちは身を寄せ合って笑みを浮かべている。

 「…お似合いよね」

 そう言ってまたクスクス笑う。

 「あ…」

 どこかで見覚えのある顔だと思ったら、その真ん中にいる彼女はリュファスに憧れていたメイドだった。リュファスを見ている時のキラキラとした目はどこに隠されたのか、その顔は醜い顔に染まっていた。目の前にいる人物によってこうも変わるのかとリュシエンヌは驚く。

 しばらく彼女たちの様子を見ていたリュシエンヌだが、興味を失ったかのように彼女たちから視線を逸らしてモップを持ちつつその場から立ち去った。



 「リュシエンヌ!どうしたんだ」

 ご飯を分けてもらおうと厨房へ行くと仲のいい料理長がリュシエンヌの姿を見て目を丸くした。

 「えへへ、ちょっと水かぶっちゃって」

 照れ笑いをするといつものことかと料理長は頷く。

 「いいけど、身体が冷えるから。風邪はひくなよ」

 そう言いつつ、残り物の料理をリュシエンヌの為に皿に綺麗に盛り付けて出してくれた。

 リュシエンヌの表情が輝き手を合わせすぐに料理にかぶりつく。

 「いほつけへるほー」

 食べながらしゃべるリュシエンヌ、何を言っているか分からないが離しながらでも食べこぼしをしないその技術は素晴らしかった。

 「何言ってるかわからん」

 「ほうひほうあはひふへふへ?」

 「ああ、もういい食べることに集中しろ。…しっかし、こんなに食べてもなんで太らないんだ」

 呆れたようにリュシエンヌを見た後、料理長はそっとため息をついた。しかし、それでも微笑ましそうに懸命に料理にかぶりつくリュシエンヌを見ていた。



 「あなた、何してたの」

 アレクシアの部屋に入っていきなりベレニスに両頬を左右に引っ張られた。

 「ひーっ!いひゃい、いひゃい」

 リュシエンヌは涙目になりながらベレニスに痛みを訴えるが冷たい視線が帰って来ただけだった。

 やっと解放されたリュシエンヌは赤くなった頬を押さえる。

 「痛いよ…」

 「今までどこに行っていたの!アレクシア様が帰ってきてしまうじゃないの!」

 そう言うリュシエンヌと同じくベレニスの手にも箒が握られていた。

 「もう部屋は掃き終わったわ。後はモップをかけるだけよ」

 「はぁい」

 「くれぐれも散らかしはしないでね」

 「はあい」

 「あら?あなた髪の毛湿ってるわよ」

 ベレニスの声にリュシエンヌの肩が揺れた。

 「ああ、これさっき噴水に飛びこんじゃって」

 そう言って笑うリュシエンヌにベレニスは微妙な顔をしたがすぐに呆れた顔をしてため息をつく。

 「まったく」

 「ははは」



 「よく集めたなあ」

 突如渡された桶、その中にはうごめく虫、虫、虫。渡してきたメイドはすでにいなかった。このありきたりな虫、足引っ掛け(リュシエンヌが転ぶと周りがえらいことになる)などの色々な嫌がらせはなかなか止まなかった。

 それが起こり始めたのはこの前の一件からだった。オーギュストと買い物に行ったリュシエンヌは帰りにリュファスと出くわしてしまった。そのときリュシエンヌがリュファスと親しげに話していたところをメイドに見られたのがことの始まりだった。

 最初は些細ない嫌がらせ程度だったが、リュシエンヌが堪えていないと知るとその手口はだんだんと大胆になっていった。

 嫌がらせは頻繁に起こっているのできっとあの彼女だけではないのだろう。多くの女性たちがリュシエンヌに嫉妬しているのが分かる。

 それだけリュファスの人気は絶大で、それだけリュシエンヌは周りから認められていないということを理解できる。


 「別に虫は嫌いじゃないけど」

 そう呟いて桶いっぱいに入った虫を庭に逃がしてやった。



 桶を返しに行き、戻って来たリュシエンヌは部屋に入るとさすがに唖然とした。


 「これは…」

 

 部屋の中がえらいことになっとる。


 部屋の中にまでは入られはしないと思っていたが、それは甘い考えだったらしい。

 おびただしいほどの泥と引き裂かれたベッドやカーテン、自分の部屋の惨状を見た。さすがにここまでやるとは思わなかった。

 

 リュファス様の魅力恐るべし!…悪化させないで掃除することができるかな?


 悪戦苦闘しながら何とか部屋の泥を綺麗にしたリュシエンヌは泥だらけになってしまったベッドのシーツを洗いに洗濯場にやってきた。

 カーテンもベッドのシーツもかなり酷く引き裂かれていた。カーテンはただ引き裂かれていただけだったので部屋に置いてきて後で縫い合わせることにした。しかしシーツの方は泥で汚れていたのでまず洗ってから縫うことにした。

 しかし、なかなか落ちない。

 「あれ?リュシエンヌ何やってるんだい」

 シーツを洗っている時に声をした方を見るとそこにはマテューがいた。いつものように簡素な格好で、とても貴族の従者とは思えない。

 「マテュー」

 呆れたようにマテューを見る。

 「マテュー、仕事はした方がいいよ」

 「リュシエンヌにそれを言われるとは思わなかったよ。…何かすっごく泥が付いてるよね」

 マテューが問いかけるとリュシエンヌは曖昧な顔をして答える。

 「まあ、ちょっと汚しちゃって」

 「そっか、それじゃあこれ」

 マテューから渡されたものを見てリュシエンヌは驚く。

 小さいが確かにこれは石鹸だった。

 「…いいの?」

 「うん、主人が要らないからってくれたんだけど、俺は使わないから」

 「嬉しい、いい匂いがする。こんなの使えて私役得だよ」


 マテューは黙り込んだ。そして笑顔を消して言う。

 「リュシエンヌって意外と優しいんだよね」

 マテューの突然の言葉にリュシエンヌは目を見開く。

 「こんなにひどいことをされても誰にも言わない。リュファス騎士団長にすら言う気はないんだろう?」

 リュシエンヌの現状を理解しているとしかいえないマテューの今の言葉にリュシエンヌは盛大に驚いた表情をした。

 濁すことはできたはずだが、マテューが確信を持って話しかけているのが分かるのでリュシエンヌには素直に答えるほかは出来なかった。

 「いいよ、別に私自身が傷ついてるわけじゃないし…それに洗濯の練習ができていいしね。石鹸ももらえたし」

 「傷つけられてからは遅いんだよ」

 諭すようなマテューの言い方に、リュシエンヌは戸惑った。いつものマテューからは考えられないほど静かでそして感情のない言い方だったからだ。

 リュシエンヌの耳から聞こえる周りの音が遠くなる。

 「ただ許すだけだというなら、ただ甘いだけだよ。それはリュシエンヌの為にも相手の為にもならない」

 マテューの言葉にリュシエンヌは何も言えず困った顔をした。

 

 しばらくリュシエンヌを見ていたマテューはやがてため息をついた。

 「まあ、お人よしリュシエンヌのいいところだと思うけどね。……意外と冷酷なリュファス騎士団長とお似合いだよ」

 「…うん」

 小さく付けたされた言葉を聞き取ることができずリュシエンヌは頷くだけにしておいた。

 そして綺麗になったシーツを広げ満足そうに頷く。

 「綺麗になったし、干しに行くね」

 「うん、それじゃあね」

 「あっマテュー」

 「ん?」

 「石鹸ありがとう」


 リュシエンヌの後ろ姿を見ながらマテューはぽつりと呟いた。

 「まあ、リュシエンヌが言わなくても周りが勝手に嗅ぎつけてくるだろうけどね…」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ