第22話 護衛と一緒
「あら?リュシエンヌ、どこへ行くの?」
アレクシアは、出かける荷物をもったリュシエンヌを不思議そうに見る。今日リュシエンヌは、昼からはアレクシアの傍にいるはずだったのである。
「すみません、アレクシア様。そういえばメイド長にお使いを頼まれていたことを今思い出しまして、すぐに行こうと思っているんですよ。ベレニスに声をかけておいたのですぐ来ると思います」
納得したようにアレクシアは頷いた。
「そう。それでは、オーギュスト」
「ぎょっ」
アレクシアが呼びかけると、突如黒一色に身を包まれた男が姿を現した。あまりにも突然過ぎたのでリュシエンヌは驚きでのけ反ってしまった。
「リュシエンヌ、オーギュストを連れて行きなさい。護衛として」
「えっいいですよ!オーギュストさんがいなくなったらアレクシア様を守る人がいなくなっちゃいます」
自分が城下に使いで出るくらいでオーギュストの護衛というのは何とも大袈裟すぎであるし、第一オーギュストを付けられても何を話していいか分からない。
「いいのよ…いいのよ私を守ってくれるのはオーギュストだけじゃないから」
アレクシアの言葉に部屋の外に待機している護衛騎士のことかと思ったリュシエンヌだが、彼らではオーギュストに比べると頼りなく感じてしまう。
「でも…」
「いいから行っておいでなさいな。帰ってきたらお茶にしましょうね」
有無を言わせない笑顔だった。
結局オーギュストと一緒に行くことになってしまった。
「暑くないですか?」
無言。
「メイド長も人使い荒いんですよね」
無言。
「それにしても疲れませんか?」
無言。
「………」
全部無視だ!最初の頃のリュファス様みたい。でも、リュファスの様の方がもう少しましだった気がする!
自分の言葉を全て無視するオーギュストにたいして悶々とした思いを抱えながらリュシエンヌは歩く。黒い布が巻かれているせいでどんな表情を浮かべているのかもわからない。
しかも、目立つ。
賑わう城下では人がひしめき合っているが、リュシエンヌ達の周りだけ人波が割れている。少し離れて歩く人々の好奇の目が二人に突き刺さる。気にしているのはリュシエンヌだけのようだが。
「すみません、すぐ買ってきますから」
リュシエンヌは悪いと思いながらも目立つオーギュストを店の前で待たせて買い物をしてこようと思い店の中に入ったリュシエンヌだが、何となく後ろを向くとすぐ傍にオーギュストがいた。
首を傾げるリュシエンヌだが、オーギュストはリュシエンヌの傍から離れない。
その行動にいぶかしく思いながらも考えることを放棄しリュシエンヌはオーギュストの自由にさせた。
目的のものを買いオーギュストを見ると目が合ったような気がした。
「それだけか?」
一瞬誰が言葉を発しているのか分からなかった。しかし、こんな所でリュシエンヌに話しかける人間なんてひとりしかおらず。
「えっえっと、これだけです。オーギュストさん」
「いつもこのようなことを頼まれているのか?」
「いえ?滅多にないんですけど…多分、私がメイド長が字を書いていた羊皮紙にお茶をぶっかけたせいだと思います」
オーギュストはまた無言になった。
改めて思うとリュシエンヌがオーギュストの声を聞いたのはこれが初めてだった。そのことに少し感動したリュシエンヌはオーギュストをキラキラとした眼差しで見つめた。
それ以上発してくれることはなかったが。
思った通り低くてかっこいい声だったなぁ。
オーギュストの声を聞けたということで意気揚々と帰って来たリュシエンヌは、城の門をくぐったところで王宮の方から歩いてきたリュファスと鉢合わせした。
「あ、リュファス様」
いつ見てもかっこいいなと見惚れているリュシエンヌにリュファスは眉をひそめる。
「リュシエンヌ、城下に出ていたのか?ひとりでは危険だ」
「大丈夫ですよ。今回はオーギュストさんに付いてきてもらったので」
リュシエンヌに言われて初めて気付いたというような顔でリュファスは後ろにいるオーギュストを見た。
「王女のところの護衛か…」
そして、鋭い眼差しで見つめる。見つめられたオーギュストもどこかピリピリとした空気を纏っている。
「え…え?」
睨みあっているだろう二人の間でリュシエンヌはおろおろとしながら二人を交互に見ていた。
周りに人もいるのだが、二人の醸し出す雰囲気が恐ろしすぎて三人に近付く者などいやしない。
ただその二人の間に挟まれているリュシエンヌに憐みの視線を飛ばすだけだった。
睨みあっているさなか、ふと視線を逸らしたリュファスは、オーギュストが見ているというのにリュファスはその身を屈め、リュシエンヌの耳に唇を寄せて呟いた。周りがわっと沸く。
「リュシエンヌ、王宮の外に出るときは俺に一言言ってからにしろ。可能な限り俺が付いていく」
そう言うとリュファスは、もう一度オーギュストをひと睨みしてから背を向けた。
「リュファス様どうしたんでしょうか?」
不思議そうにリュファスの後ろ姿を見ていたリュシエンヌだが、後ろで笑った気配を感じて振り向いた。
「さすが聖騎士といったところだ」
くつくつと低く笑った。
「え?え?…もう、何ですかこれ」
訳が分からずリュシエンヌはひとりぼやいた。
たくさんいる護衛騎士をかきわけて部屋に入ったリュシエンヌとオーギュストは、その部屋の主に笑顔で迎えられた。
「お帰りなさい。もうそろそろ帰ってくるころだと思ってお茶の準備をしておいたわ」
言われて見ると、テーブルの上にはまだ暖かい焼き菓子が用意されており、リュシエンヌの目はくぎ付けになった。
しかし、その中で見慣れぬ灰色を視界に捉えてリュシエンヌは顔を上げる。
部屋の中には部屋の主であるアレクシア、アレクシア付きのメイドであるベレニス、そして見知らぬ女性がいた。
灰色のローブに身を包んでおり顔もフードで見えないがその身体のなだらかな曲線は確かに女性のものだった。
「ジェルトリュド、オーギュストも帰って来たしもういいわ。ありがとう」
アレクシアが言うと女性は優雅な動作で一礼して瞬く間にその姿を消した。
ベレニスも女性を気にした様子もなく淡々とポットのお茶をカップに入れている。
後ろを見るとすでにオーギュストの姿はなかった。
リュシエンヌは変な顔をした。それを見たアレクシアが不思議そうにリュシエンヌを見る。
「どうしたの?リュシエンヌ」
「なんでもないです」
もしかして自分だけが何も知らないのだろうかと思い、不安な気持ちになったリュシエンヌだった。。