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闇に惑う  作者: 湯川翔子
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第20話 想い通じる

 

 どれくらいの時間が経ったか分からないが、やっとリュファスの腕から解放されたリュシエンヌは枕に寄りかかり荒い息を整える。


 「ああ、すまない。苦しかったか?」

 微笑みながら言って優しく頬を撫でる。


 笑顔の大量サービス期間中ですか?それとも頭ぶっけましたか?ていうか何故笑う?


 ここまで、態度を豹変されるとさすがのリュシエンヌもうすら寒さを覚えた。

 

「リュ…リュファス様?」

 呼びかけると微笑みつきの顔が近寄ってくる。

 怖くなったリュシエンヌはじりじりと後ずさる。が、すぐに背中に壁の感触。ここから逃げるにはリュファスの横を通っていかなければいけない。逃げ道は断たれた。

 どう見てもリュファスが意図して追いつめたわけではない。しかし、リュシエンヌは自分がリュファスに言った言葉も忘れ、ベッドの片隅で縮こまり、追いつめられた小動物のように怯えていた。

 

 「すまなかった」

 何度目かの謝罪、しかしリュシエンヌには謝られている意味が分からなかった。

 

 突然、リュファスが椅子から立ち上がったと思ったら、その鍛え抜かれた腕を伸ばしてリュシエンヌの身体を引き寄せる。抵抗する間もなくリュシエンヌは元のリュファスの傍に戻されてしまった。


 「逃げないでくれ」

 

 リュファスは、懇願するように言う。しかし、それでも消えないリュシエンヌの瞳の奥にある微かな怯えの色を鋭く感じ取り、手を離し、姿勢を正すことで少し距離を取った。

 「王女にも飽きるくらい注意されたんだったけれどな…」

 リュファスが自嘲するような笑みを浮かべる。俯いてしまったので、サラサラとした赤い前髪が瞳を隠してしまう。


 そこには疲労して座り込む男がひとりいるだけだった。

 普段のような覇気をもたないリュファスは、リュシエンヌにとって不思議な存在に感じた。

 ただ、リュシエンヌは氷を連想させる綺麗な瞳を見せてほしくて、自らリュファスに近付き、前髪を撫でるように優しく掻きあげる。

 見えた瞳はゆらゆらと泉の如く揺れていた。


 リュシエンヌは見惚れるかたちでまじまじとリュファスを見つめる。すると、リュファスは目を細めて言う。 

 「お前の近くにいると自分の感情が制御できない」

 リュファスの前髪を上げていた手を取られた。驚いて見ると髪の間から見えるぎらぎらと光る氷の瞳に射抜かれる。 

 「自分が何かしでかしてしまいそうだったから、お前を避けてしまった。すまない」


 そして、疲れたように言う。

 「5年という…いや、5年も満たない年月でお前は変わりすぎた」

 そんなことを言われてもリュシエンヌには何も答えようがない。リュシエンヌは比較する対象を失ってしまっているのだから。

 それに、リュファスの言うことは意味がわからな過ぎて困る。

 そのような不満を込めた眼差しを向けてみるが、普通に受け流されてしまった。

 「お前は妹のような存在で、傍にいるだけで穏やかな気持ちになれたあの頃にはもう戻れない」

 ふとリュファスが苦悶の表情を浮かべる。それに気付いたリュシエンヌがリュファスに問いかける前に再びリュファスは語りだす。

 「お前を思う俺の感情は理性を焼き尽くし、ただ思いのままにお前を傷つけようとする…自分の気持ちが分かっていなかった。これがどういう感情なのか。しかし、今なら分かる」

 

 ふたりがいる部屋は、リュファスが語る内容とは反対で窓から暖かい日差しが差し込みとても穏やかな空気に包まれていた。

 その部屋にいることで、リュシエンヌの心もだんだん静まっていき、リュファスの語る彼の心の声にただ耳を傾ける。


 「多分これが人を好きになるということなのだろうと」

 言葉と共に見つめられリュシエンヌの呼吸は止まる。

 冗談ではない、真摯な瞳に射抜かれる。

 「お前と出会った当初は、ただ大きくなったという思いだけだった。そうだろう?お前はあのときまだ14だったのだから。だが、お前と触れ合っていくと徐々に不可解な感情が胸の内を渦巻き始めた」

 リュファスは自分の心臓のある位置に手を当てる。

 「嬉しくなるくらい暖かいような、涙が出るほど切ないような、そんな想いだ」


 

 「共にいたら、それ以上の距離を求める……だが、お前が他の男といたら」

 そこで言葉を切る。

 暖かい部屋は一瞬で零下になる。リュシエンヌも凍ってしまったかのように固まった。


 「殺したくなるほどの」


 微かな笑みを浮かべる。

 「もちろん、お前をだ」

 彼の中に聖騎士にあるまじき姿を見出し、リュシエンヌは、自分がもはや戻ることのできない道まで進んでしまったことを悟った。



 「だが、きっとお前が死んでしまったら俺は生きてはいけないのだろうな」

 ため息をつくように言うリュファスは確信を持って言っているようだった。

 「リュファス様…」

 「お前が倒れたとき、心臓が止まるかと思った」

 肩を引き寄せられる。リュシエンヌは肩を抱く手が微かに震えているのに気付いた。

 

 「俺は、お前を失うのが恐ろしくて仕方ない」

 そのときのことを思い出しているのだろう、目を見開き遠くを見ている。


 「あのときは、自分の気持ちから逃げるためにお前を避けていた俺自身を切り殺したくなった」 

 「そんな…リュファス様のせいじゃ」

 ゆっくりと首を振る。

 「いや…俺は、お前を守り切れなかった」

 「でも、私が毒を盛られたのはアレクシア様の身代わりだったんですから」

 もう心配はいらないと元気づけるように言ってもリュファスの表情は晴れない。逆に余計暗くなった。

 「………それでも…心配なんだ」



 リュシエンヌの身体はまだ全快していないので、リュファスはあまり長居はしないつもりだったらしい。

 リュファスがどうしてもベッドから出ることを許してくれなかったために、ベッドの上から見送るはめになったリュシエンヌがずっと長身の後ろ姿を見つめていると、扉に向かっていた足は突如止まり、リュシエンヌの方を振り向いた。

 「出来る限り時間を作る。だから、そのときは傍にいてほしい」  

 「私も…リュファス様ともっと一緒にいたいです」

 はっきりと言うことができなかった自分に内心悔んだリュシエンヌだがリュファスには伝わったようで、笑みを浮かべ頷いた。


 「俺はお前を守る」


 そう言葉を残してリュファスは出て行った。




 残されたリュシエンヌは上気している頬に手を当てた。

 「うわー」

 ベッドの上をゴロゴロと転がり、意味不明な言葉を発しながら悶える。だが、案の定頭を壁に強打する。

 しかし、そんな痛みも感じないくらい今のリュシエンヌは幸せに包まれていた。

 


 先ほどの出来事が夢じゃないか確かめることもできずにリュシエンヌは、うっとりとしながら彼が出て言った扉をずっと見つめていた。




 しかし、突如頭に鋭い痛みが走る。震える手で頭に手を添える。久しく忘れていた痛みのはずだったが、その痛みを忘れていたことを咎めるかのように痛みは絶え間なくリュシエンヌに襲いくる。

 割れそうになるほどの痛みに頭を抱えたリュシエンヌは、焦点の合わない瞳で扉を見た。



 「痛いよ…兄さま」

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