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闇に惑う  作者: 湯川翔子
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第19話 推理

 「リュシエンヌが目を覚ましたそうです」

 ベレニスの報告を聞き、アレクシアは張り詰めていた気を緩め、息をついた。

 「そう」

 「…今は」

 「聞かなくても分かっているわ」

 ベレニスの声を遮り、アレクシアは呆れたように言った。椅子の背に体重をかけ、腕を組む。


 「しばらくはふたりだけにしてあげましょう」

 「そうですね」

 ベレニスも同意した。

 

 「あの人も気付いたんでしょう、自分の気持ちに」

 「そうだといいのですが」

 「大丈夫よ」

 心配そうに言うベレニスにアレクシアはあっけらかんと言った。

 「すごかったらしいわよ。あの人、みっともなく取り乱しちゃって。傍でずっとリュシエンヌの名前を呼び続けていたんですって……国を守る聖騎士が聞いて呆れるわね」


 くすくすと笑いながらもリュファスに対する辛辣な言い方に、実はずっといた周囲の護衛騎士たちは冷や汗をかいて口を噤む。全ての騎士が尊敬すべく、聖騎士の悪口を言われているのだが、王女相手に何も言うことができない。

 アレクシアの毒殺未遂事件が起こってから、護衛騎士は部屋の中にまでつけられることになった。しかし、アレクシアは周囲の護衛騎士を気にせずに話す。

 「馬鹿みたい。気になっているのが分かってるくせに、リュシエンヌを突き放して」


 「しかも、リュシエンヌの方が先に自覚したなんて笑い話にもならないわよね」


 自覚させたのはあなたですけどね。ベレニスは心の中でぽそりと呟く。


 「まあ、これであの人も自覚したと思うのだけれど」

 アレクシアはため息をついた。

 

 「それがわかるのが毒のせいなんて皮肉よね…」

 

 ベレニスは答えない。アレクシアが自分に語りかけているわけではないと気付いているからである。

 「リュファス団長としっかり話してみて分かったことだけど」

 それは、今まで見せていた嘲るような眼差しではない、我が子を見守るような眼差しで、

 「とんでもなく不器用な人だわ」

 アレクシアは、言った。




 しばらくして、ベレニスが小声で言う。

 「アレクシア様、実は私、あのときの食事のことで気になることがあるのですけども」

 「あら、偶然ね私もよ」

 アレクシアも同意する。 


 アレクシアは悠然と足を組みながら言う。

 「今調べさせに行っているところよ」

 あまりの行動の早さにベレニスは目を瞠る。

 優雅に足を組み豪華な椅子に座るその姿はさながら女帝のように傲慢であり、また神々しくもあった。



 「アレクシア様」

 闇の底から響く、暗い声がした。

 「あら、もう戻って来たの」

 傍らを見ると全身黒ずくめの男が立っていた。周りにいた騎士たちは驚愕したまま、手を剣の柄に手を添えているだけで、男が誰にも気配を悟らせずに部屋に入って来たことを証明していた。

 護衛騎士たちは突如現れた黒ずくめの男を警戒している。男は身体だけでなく、顔も黒い布を巻き、素顔を隠している。最初の声を聞かなければ男だということも分からなかっただろう。

 「そんな警戒しないで。私の側近だから」


 「私たちこれから話があるから、部屋の外にいてもらってもよろしくて?」

 アレクシアは疑問形で言ったが、決定権は騎士たちにはない。戸惑いつつも、部屋から出て行こうとした騎士たちの間を縫って、ひとりの護衛騎士がアレクシアの前に歩み出た。

 そして、恐れ多くも王女であるアレクシアに対して諭すように言う。

 「アレクシア王女、危険すぎます。我々騎士を部屋の外に出すなど。今、あなたは御自分がいかに危うい立場だということを理解しておられるのですか?」

 護衛騎士の過ぎた言葉に周りの同僚たちは恐怖に慄いた。護衛騎士を見つめるアレクシアの瞳が妖しく光る。

 「あら、あなた。私直属の護衛の腕を疑うのかしら?」

 「そういう意味ではありません!護衛ひとりだけなど危険すぎると申しているのです。どこから狙われるかわからないのですよ。もしも多勢に狙われたとき、護衛ひとりと戦えないメイドだけであなたはどうするのですか」

 護衛騎士の言葉にベレニスは柳眉を眉間にきゅっと寄せて護衛騎士を見た。


 「王女の周りには多くの騎士を配置するべきです。また狙われたらどうなされますか!今回はメイドひとりだけが犠牲になったからよかったものの…」


 「へえ…」

 しんとアレクシアの周りの空気が冷える。ベレニスも黒ずくめの男も背中に緊張が走る。遠巻きに見ている他の護衛騎士もアレクシアの様子に気付き、青ざめているというのに、それに気付かずアレクシアに対して熱弁を振るう護衛騎士にベレニスはついに嘲りの眼差しを向けた。


 尚も言い募ろうとする護衛騎士の言葉をアレクシアはぴしゃりと遮った。

 「今の言葉、私の前でよかったわね。護衛騎士をを外されるだけで済むのだから」

 「は?」

 アレクシアの言葉の意味が分からず、護衛騎士は眉を眉間に寄せる。

 「リュファス団長の前でおっしゃってみなさいな。あなた、切り捨てられるかもよ?まあ、あの人にそんな度胸はないとは思うけどね、ふふ」

 微笑みながら言うアレクシアの瞳は口元とは裏腹に冷たく射抜くような眼差しだった。

 「民を守るべく存在する騎士の中にあなたのような身分で人を判断する者がいるというのは非常に嘆かわしいことだわ」

 「わ、私は!」

 その言葉に護衛騎士は慌てて言い繕うとするが、アレクシアに睥睨され、口を噤む。

 「そんなに身分を気にして貴族だけを守りたいのなら、貴族の従者になれるようにあなたを斡旋してあげるわ」

 騎士から従者、それは、事実上の降格である。

 「王女っ」

 「さがりなさい」

 護衛騎士の言葉を遮り、退出を促す。

 それ以上の言葉は聞かないというアレクシアの態度に、護衛騎士は力なく膝をついた。その護衛騎士を周りの者が引きずるようにして連れ出していく。

 誰も何も言わなかった。



 護衛騎士たちが出て行った後、邪魔者は去ったとすがすがしい顔でアレクシアは、横の側近に語りかける。

 「それでオーギュスト、情報は仕入れてきてくれたかしら?」

 「はっ」

 アレクシアの豹変に気にした様子はなく、その前にオーギュストは跪き、傍から見ても分かるほど敬愛の情を込めてアレクシアを見上げる。


 椅子にゆったりと腰掛けるアレクシア、そのアレクシアに跪くオーギュスト、その光景はさながら女王陛下に忠誠を誓う騎士の絵画のように美しかった。


 ふたりの様子を見惚れていたベレニスだが、始められた話に首を振って気を引き締めた。

 「毒の入っていた料理ですが、料理長も副料理長も作った覚えはないと」

 「やはりね」


 王族の食事を作るのは、料理長か副料理長かに決まっている。それ以外の者には食材にさえ触れることはできない。

 お互い分担して王族の料理を作っているのである。

 あの日、料理長が少しその場を離れ戻って来た時には料理がすでに皿に盛り付けてあった。副料理長が用意したのだろうと思い、副料理長を探したが姿が見えない。

 結局、副料理長が戻って来ないまま、リュシエンヌ達が食事を取りに来たので慌てて渡してしまったというのが料理長の証言である。


 そして、副料理長だが、これは情けないことに愛人に会っていたそうな。少々の料理を作った副料理長は、料理長が調理場を離れた隙に抜け出し、愛人と密会していたというのが副料理長の証言である。後、数品作るだけだったので、料理長に任せてしまったというのが副料理長の証言である。

 副料理長は隠し通すはずだったが、その場面を愛人のメイド仲間に見られてしまって不承不承証言をしたらしい。

 余談だが、そのことで烈火の如く激怒した料理長に副料理長は、副料理長の位を剥奪され、普通の料理人から始めることになってしまったらしい。


 当然のことだとアレクシアは思った。

 むしろ追放でもいいくらいだ。仕事意識がなさすぎる。


 次に、アレクシアの食事を持ってきたのはマテューという青年だが、オーギュストが調べた結果、彼が毒を入れていないのは確かである。彼にはリュシエンヌと会う前のアリバイもあるし、リュシエンヌの隙をついて、皿に毒を入れることもできない。

 その毒は、食べ物の隅々まで浸食しており、よっぽどしっかり混ぜなければそこまで毒は浸みわたらないらしい。その動作を、いくらリュシエンヌが迂闊でも彼女に気付かれないですることは不可能であるという。



 オーギュストのもたらした情報を聞きながらアレクシアの瞳は確信に満ちたものに変わっていく。



 

 実は、アレクシアは、ルコの実という食べ物が嫌いだ。視界に入れることもしたくないほど嫌っている。それは昔ルコの実を食べ、喉に詰まらせ死にかけた幼少の頃の経験からきている。

 故に、ルコの実が入った料理には手を付けることはない。それが大粒で料理に入っていたものなので、すぐに視界からはじき出した。

 そのときは、料理長を呼び出しオーギュストに拷問させようと思ったくらい憤っていた。

 すぐにリュシエンヌが毒を盛られ倒れたと聞き、うやむやになってしまっていたのだが。


 急にリュシエンヌ達が来たことで、慌てていた料理長がルコの実が入っていることに気付かずリュシエンヌたちに渡してしまったのだろう。

 しかし、アレクシアがルコの実を食べないことは、料理長も副料理長も知っている。

 

 あのとき、毒はルコの実を使った料理に入っていた。

 アレクシアを殺すつもりなら、アレクシアが手を付けない料理に毒を入れるだろうか。そして、アレクシアを殺そうとする者が、殺す相手の好みも調べないというそんなへまをするだろうか。



 別の方向から考えてみることにする。

 もしも、その毒を入れた者の狙いがアレクシアではなかったら?

 毒味の者は必ず全ての皿に手を付ける。例え、アレクシアの嫌いなルコの実が入っていた皿だとしても、疑問を持ちながらも毒味役だったリュシエンヌは手を付けたのだろう。


 狙われていたのは、アレクシアではない。


 アレクシアは確信といくばくかの不安を持って重い言葉を可憐な唇から吐き出す。

 「本当に狙われているのは…」


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