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闇に惑う  作者: 湯川翔子
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第17話 急展開

 

 

 ずっと床にへばりついていても埒があかないのでリュシエンヌは自分で立ちあがった。

 「まったく、リュシエンヌは」

 マテューは呆れたように言いながらも、リュシエンヌのスカートについた埃を両手でパタパタと払ってくれる。


 「ねえ、マテューは私と合うとき、ひとりでいるけど、ご主人様は大丈夫なの?」

 「ああ、大丈夫だよ、あの方には俺よりもずっと強い従者がついているからね。だから、俺はこうやってのんびり自由にさせてもらってるんだ」

 朗らかに笑いつつ、マテューは明るめの茶色の髪をがしがしと掻いた。

 「ふーん」

 「君こそ、こんな所で床にへばりついててよかったのかい?」

 「いやいや、好きでしてたわけじゃないんだけど…あ!そう、アレクシア様の食事をもって行こうとしてたんだ」

 自分の使命を思い出したリュシエンヌはマテューにおざなりに別れを告げ、さっさと厨房の方へ歩き出す。


 「って何でついてくるの?」

 リュシエンヌは思わずつっこんだ。

 横を見ると何故か当たり前のようにマテューがリュシエンヌの横を歩いていた。小走りのリュシエンヌに対し、余裕をもった歩き方をしているマテューが憎たらしい。

 「いやね、リュシエンヌが転ばないか、食事をトレーごとひっくり返さないか心配でね」

 

 昨日今日会ったばかりの人間に心配される私って。


 と少し落ち込みつつ、すぐに今日の夕飯のことを考える。アレクシアの食事を運び終えたら、自分たちメイドの夕食の時間である。

 本当は、礼儀として主人であるアレクシアが食べ終わるまで、メイドの自分たちは食べてはいけないのだが、アレクシアが、自分がゆっくり食事をしたいということで、アレクシア本人から許しを得ている。


 今日は何だろう。やっぱりメインはお肉だよね。この前に食べたヘモ鳥のワイン蒸しとか美味しかったなーまたでないかな?そのときは、野菜スープがあった方が喉の通りがよくなって食べやすいし。


 「ねえ、涎はみ出てるよ」

 自分で献立を考えながら歩いているうちに涎が出てしまったらしい。慌てて拭いマテューをちらりと窺うように見る。

 マテューはニコニコとリュシエンヌを見ている。そのマテューの笑顔を見ているとなんとなく気が抜けてくる。

 「マテューって、面白いよね」

 「リュシエンヌには負けるよ」

 二人で顔を合わせ、笑った。

 

 マテューが唐突に歩みを止め、顔を上げる。

 「どうしたの?」

 リュシエンヌも足を止め、急に止まったマテューを不思議そうに見つめた。

 「いや…ちょっと。何か向こうから危険な空気が漂ってきたから」

 マテューが視線を向ける方向を見ても何もない、そこにはただ大きな柱があるだけだった。

 「王宮の中で危険なことなんてあるわけないじゃない、変なマテュー。私、行くよ」

 「そういう意味じゃないんだけどね。何か、まずい所見られたかな」

 そう呟きマテューはリュシエンヌの後を追った。


 「ありがとう、マテュー」

 結局アレクシアの部屋の前まで食事を運んでもらった。最初はリュシエンヌが持って行こうとしたのだが、危なっかしかったらしく途中ひったくられる形でマテューに任せてしまった。

 「いいや、豪華な料理が台無しになるよりはいいよ」

 ちくりと嫌味を言われながらもリュシエンヌは再度礼を言い、笑顔でマテューを見送った。



 今日の毒味役はリュシエンヌだったので、手早く毒味を済ませてから、リュシエンヌは自分の部屋に帰ろうとしたとき、アレクシアに呼びとめられた。

 なんとなくアレクシアの顔を見づらかったので早く出て行こうとしたのだが。

 「リュシエンヌ、今日私たちが話しているところを見ていたそうね」

 リュシエンヌが困った顔をした。

 「えと、リュファス様とお話していたときですよね」

 「そう」

 「はい…見ましたけど」

 何故そう言うことを聞くのか分からず、リュシエンヌは不思議そうにアレクシアを見つめた。珍しくベレニスは口を挟まず、この状況を静観している。

 「どう思った?」

 「どう思ったって…」

 「そのとき、自分が思った気持を素直に言えばいいのよ」

 アレクシアが求めていることはなんとなくわかる。

 しかし、あのときの切ない気持をアレクシアに話すのは何故か躊躇われた。普段は、何でもアレクシアに言うリュシエンヌだったがそのことに自分でも戸惑った。

 だが、誤魔化してもアレクシアに隠せるわけがないので、自分の思いをたどたどしく声にする。


 「アレクシア様とリュファス様がお話をしているのを見て、何だかとても胸が苦しくなったんです。近くにいた人がお似合いだって言ってたのを聞いて次は胸が痛くなったんです。今もずっと胸にもやがかかっているような感じで…うまくはいえないですけど、変なんです」


 上手に言葉にすることは失敗したが、アレクシアはリュシエンヌの話を真剣な顔で聞いてくれた。そして、一言言った。

 「あなたはその切ない感情の名前を知っているはずだわ」

 「え」

 「リュファス団長と私が一緒にいって苦しかったのは何故?リュファス団長が私以外の女性といてもあなたはきっと胸が苦しくなっていたはず。わかるわよね?あなたは。記憶を失っていたとしても子供ではないのだから」

 驚愕した顔をするリュシエンヌにアレクシアはなおも言い募った。

 「わかるわよね?」

 「あ…私」


 アレクシアに言われてリュシエンヌは気付いた。多分、認めたくなくて自分の気持ちから目を逸らしていた。


 リュファスの笑った顔が見たい。リュファスといると楽しいし、無性に胸が苦しくなる。でも、リュファスの傍にいたい。最初に出会ったときには彼の存在が恐ろしく、芽生えることのないと思っていた感情。リュシエンヌはその感情を知っている。

 

 しばらく考えるように俯いていたリュシエンヌだが、やがて決意を秘めた眼差しでアレクシアを見る。アレクシアは、そんなリュシエンヌを静かに見返した。



 「リュファス様、さっきウラジミール様のお部屋に入られたのを見たわよ」

 ベレニスが食器を並べながら独り言のように言う。そっけない仕草だが、その心は情で溢れているとリュシエンヌは感じた。

 「ベレニス…」

 リュシエンヌは胸が熱くなり震える声で言う。

 「ありがとう…行ってきます」





 「リュファス様!」

 ウラジミールの部屋の周辺で目当ての人物を見つけリュシエンヌは周りも気にせず、大きな声で名を呼ぶ。

 リュファスはリュシエンヌを一瞥したはずなのだが、すぐに背を向け、去っていく。

 無視されたと分かってもリュシエンヌはリュファスを追いかける。

 「リュファス様」

 振り向かない背に声をかける。走れば追いつけるはずだった。


 しかし、突如リュシエンヌの足から力が抜けた。

 「えっ」

 均衡を失い、膝から崩れ落ちたリュシエンヌの身体は、自分の意思とは関係なく床に倒れこむ。



 薄れゆく意識の中で見たのは、凄まじい表情で駆け寄ってくるリュファスの姿だった。


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