第15話 新しい出会い
あの一件からリュファスの姿を見ることはなかった。王宮にいる方が、稀といわれるリュファスなのでこれが当たり前なのだろう。リュファスを見かけることが珍しいことだったのだ。
しかし、なんとなく避けられているような気がするのはリュシエンヌの気のせいなのだろうか。
リュシエンヌはリュファスのいない平穏な時を過ごしているはずだった。
「あなた、どうしたの」
しかし、ベレニスの目には、リュシエンヌの調子はおかしく映ったらしい。
「ここ最近全くお皿も割らなくなったし、転びもしなくなったわ。メイド長は、あなたの皮を被った別人じゃないかって気味悪がっていたわよ」
普段そんなに酷いことしてたっけ?
普段自分がしでかしていることをあまり自覚していないリュシエンヌだった。
「元気ないのねえ」
いつものお茶の時間、アレクシアがテーブルに肘を付きながらリュシエンヌに言った。
「アレクシア様お行儀が悪いです」
リュシエンヌが注意をするとアレクシアは、あからさまに驚いたような顔をした。
「あらリュシエンヌの口からそんな言葉が出てくるなんて…これは重傷ね。ねえベレニス」
「まったくです」
二人のあまりの言い草にリュシエンヌは頬を膨らませる。
「子供っぽいことしないの」
ベレニスがため息をつく。
「本当にどうしたの?普段は、これでもかってくらいあなたの真価を発揮してお皿を四方に飛ばしてたじゃない」
「私がわざと飛ばしてるように言わないでよー」
「あらっ違ったの?」
本当に驚いたようにリュシエンヌを見る。
ベレニス酷い。
心の中でぶつぶつと言っていると、アレクシアが言う。
「本当に辛かったら私たちに言ってみるもいいかもしれないわよ。ベレニスが心配しているのがわかるでしょう?ベレニスったらこう見えてリュシエンヌに甘いのだからね」
「アレクシア様、私別に心配なんて」
「あら、あなた最近のリュシエンヌを見てどうしたのか、どうしたのかって繰り返し言ってるじゃないの」
アレクシアに暴露されてベレニスは黙る。
「ありがとうございます…ベレニスもありがと」
「知らないわよ」
明後日の方を向くベレニス、その頬は微かに染まっていた。
知っている。ベレニスやアレクシアがリュシエンヌを我がことのように心配してくれていることを。
そうだよ。私にはベレニスやアレクシア様がいる。リュファス様にそっけなくされてるくらいなんだ。
リュシエンヌは握りこぶしを作る。
打倒リュファス様!
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しかし、それでも落ち込むものは落ち込む。
珍しく、王宮でリュファスを見かけたリュシエンヌだが、目が合ったと思ったら一瞬で目をそらされた。
私が何をした。
思わずその場で叫びそうになった。いつ何をしたのかリュシエンヌには覚えがない。しいて言うならアベルとの会話を盗み聞きしたくらいである。
しかし、その程度でリュファスは怒るのだろうか。
その時のリュファスと同様の立場にいたアベルは全くの普通で、リュシエンヌに絡んでくる。むしろあのときのアベルが別人だったのではないかと思うくらいの勢いである。
リュシエンヌは俯きながら歩いた。落ち込んでいる顔を誰にも見せたくなかった。
「いてっ」
歩いていると変な声が聞こえた。
顔を上げると近くには顔を歪めた男性が立っていた。
「どうしたんですか」
リュシエンヌが尋ねると男性は眉を寄せてリュシエンヌを見つめた。
「どうって、歩いてきた君が俺の足を踏んだんじゃないか」
何と!まったく気がつかなかった。下を向いていたのに視界に入っていないとは。
「ごめんなさい、気付きませんでした」
「そうだと思った」
男性は仕方なさそうに笑った。何故笑われているのか分からずリュシエンヌは目の前の男性を凝視する。
「俺、マテューって言うんだ」
「ええと、私は」
「知ってる。リュシエンヌだよね」
いきなり名乗って来た青年に戸惑いながらも自分も名乗ろうとしたリュシエンヌの言葉を遮り、マテューは言った。
「え」
「君のことは知ってるよ。君が転んだら世界がひっくり返るって言われてるくらいドジで有名な女の子」
笑いながら男性が言うのでリュシエンヌは彼に向って抗議の眼差しを向けた。
「失礼な!」
「ごめん、でも君って面白い女の子だよね」
今だに笑っているが馬鹿にした笑いではないので、リュシエンヌは放っておくことにした。
改めてマテューを観察する。
従者なのだろうか、マテューは短剣を腰に差しているだけの簡素な格好だが服の生地は質がいいものを使っている。
王宮内で帯剣が認められているのは、国を守る騎士と、従者の中でも主人を守るべく使命を持ち、主人である貴族に選ばれた特別な従者だけである。もっとも、従者は、短剣しかもつことを許されていない。それ故に貴族は、自分の身を守るために技術をもった精鋭を選ぶ。
きっと王宮に自由に出入りできる上流貴族の従者なのだろうとリュシエンヌは見当をつけた。
見た目は、笑顔が似合う好青年である。
そんな彼が屈託のない笑顔をリュシエンヌに向ける。
「これから、よろしくリュシエンヌ」
手を差し出され、つられて手を出すと堅く握手をされる。
リュシエンヌは、なんとなくマテューと仲良くなった気がした。
「よろしく、マテュー」