第9話 城下での別れ
リュシエンヌは呆然としながら街を歩いていた。隣にはむっつりとした表情で押し黙るリュファスが歩いている。
騎士の服装ではなく普段の堅苦しさはないが、それでも発せられる威圧感はリュシエンヌを圧倒してやまない。
これはいったいどんな状況?
確かアベルが二人で出掛けてこいと言ったところまでは覚えている。そして、気付くとすでに城下街に出ていた。
ちらりと横のリュファスを見上げる。相変わらずのこの顔である。
へこんでいてもどうしようもないので、リュシエンヌは笑顔でリュファスに話しかけた。
「な、何か買い物とかあります?ブランヴィル様」
「いや、ない」
「賑やかですね」
「そうだな」
「アベル様、ちゃんとアレクシア様に説明してくれたんでしょうか?」
「しただろう」
「ベレニスにお土産とか買っていったら喜びますかね?」
「買っていけばいい」
「…空が青いですねぇ」
「ああ」
「…………」
「…………」
か…会話が続かない。
あまりの会話の続かなさにさすがのリュシエンヌもへこたれてきたところだった。
しょげたように俯くが、すぐに顔を上げる。周りには香ばしい匂いが漂っている。リュシエンヌは気付いていなかったがすでに昼時である。
リュシエンヌはリュファスに尋ねた。
「お腹すかないですか?」
「…すいたのか?」
初めて疑問形で返ってきた言葉にリュシエンヌは驚き、そして喜んだ。
続いた!
「そうですね、ちょっと腹ごしらえした方がいいと思うんですよ」
いつもの調子を取り戻してきたリュシエンヌは胸をはって言う。
「お城に上がる前まで城下に住んでいたので結構詳しいんですよ」
任せてください、とどんと胸を叩いたリュシエンヌにリュファスは表情を和らげて目の前の少女を見つめる。もっともリュシエンヌはリュファスの変化など気付いてはいないが。
何かを探すようにリュシエンヌはきょろきょろと周りを見回す。
「このあたりは確か…あっ」
リュシエンヌは小走りで店の方に駆けていく。
「ブランヴィル様っ!この店はどうですか?ここのヘモ鳥の照り焼きは本当においしいんですよ」
店の方を指さし、リュファスの方を向く。リュシエンヌの方を見たリュファスは軽く目を見開く。
「リュシエンヌっ」
名を呼ばれた次の瞬間、身体に衝撃を受けて吹き飛ばされる。思わず目を閉じたリュシエンヌだが、地面に激突することはなかった。軽い衝撃と共に暖かな温もりに包まれた。
恐る恐る目を開け、自分がリュファスに抱き込まれていることに気付き、リュシエンヌはピシリと固まる。
「お嬢ちゃん大丈夫か?悪かったな」
声をかけられ顔を上げると見知った顔がそこにあった。
「ギュイおじさん!」
相手もリュシエンヌに気付き驚いた顔をする。
「いやーリュシエンヌに会うとは思わなかったな。お前が働きに出て以来だな。元気にしてるか?どうせ城でも物壊したりして怒られてるんだろ」
うぐ、とリュシエンヌが変な声をして黙り込む。それを見てギュイは声を出して笑った。
大通りで話していると邪魔なので、三人は大通りから少し離れた人気のない道に場所を移した。
「それはそうと、リュシエンヌお前、ずいぶんな色男を連れてるな」
ギュイが隣のリュファスに視線を向ける。
「おじさん、紹介するね。この方は、リュファ……」
リュシエンヌがリュファスを紹介しようとすると大きな手に口を塞がれた。
「リュシエンヌと同じ城の下働きをしているリオネルです」
口を塞がれながらもリュシエンヌは、剣を所持しているのに下働きと紹介しても大丈夫なのかと思ったが、よくよく周りを注意深く見ると多くの人間が剣を所持している。目の前のギュイも大きな剣を装備している。
「そうかそうか、こいつはドジだが悪い奴じゃねぇんだ。どうか仲良くしてやってくれ」
リュファスは無言でうなづく。手から解放されたリュシエンヌはギュイの傍らに置いてある大きな荷物が気になった。
「おじさん、その荷物は?」
ギュイの表情が暗くなった。
「この国を出て行こうと思ってな」
リュシエンヌが目を瞠る。
「えっ…」
しばらく黙っていたが、胸の奥に溜まっていたものを吐き出すかのようにギュイは話し始める。
「アランが死んでな…魔物に殺されたんだ」
その言葉を聞いてリュシエンヌは驚愕した。
アランとは確か、ギュイの一人息子だったはずである。母親を早くに亡くしていたのでギュイが大層可愛がっていたのを覚えている。
「仕事でな、西の森の近くに行くことになったんだ。その時に限って、アランは俺の仕事している様子を見たいと言ってな。アランが滅多に言わないわがままだったから、つい俺も了承しちまったんだ…一瞬だったよ。気が付いたらアランは魔物に切り裂かれて、身体も持って行かれた」
拳を握りしめ壁に打ち付ける。
「この大陸は聖騎士様の力で守られているかと思ってたが、そうじゃないと思い知らされたよ」
ギュイの話を悲しそうに聞いていたリュシエンヌは、思わず隣のリュファスを見た。普段と同じ表情だが眉間に刻まれた皺は深い。
「いや、決して聖騎士様のせいじゃないんだ。聖騎士様は、ちゃんと守ってくれている。だが、その力の届かない所もあるってことだ」
ギュイは荷物を背負った。
「他の大陸に行くのは死にに行くようなもんだって分かってる。でもダメなんだ。この国で妻も子も失った。辛すぎていられない。だから俺は行く。リュシエンヌ、お前も達者でな。仲良くやれよ…」
リュシエンヌは、去っていくギュイに声をかけることが出来なかった。