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「リベンジマッチ!」

 と、校門で顔を合わせるや否や、猫目先輩は高らかに叫んだ。

 こんな朝っぱらから、誰と戦う気なんだ。

「今日もカバンが重たいなぁ〜」

 僕の疑問を無視して、わざとらしく言う猫目先輩にも、そろそろ慣れてきた。

「……お持ちしますよ」

「ありがとう!」

 重量のあるスクールバッグを押し付けられても、この笑顔で全部許せてしまうんだから、美少女とは得な生き物だ。

 校門から昇降口に着いて、下駄箱を開ける。春川先輩によって放り込まれていたルーズリーフはなかった。

 直接忠告したから、遠回しに嫌がらせをする必要がなくなったのだろう。

 ……「猫目ナツに近づくな」とあれほど言われても尚、僕は今もこうして猫目先輩の荷物持ちをしているわけだが。

「……で、なにをリベンジするんですか?」

「そうそう!」

 ゴソゴソと僕に持たせたスクールバッグから、なにかを探し出す。

 取り出されたのは──半透明の薄ピンク色のラッピングに包まれた手作りクッキー。

「この前秋本くんに渡せなかったから、今度こそ!」

「…………」

 それは、猫目先輩と僕が初めて出会ったときにもらったものとまったく同じ形をしていた──あのときは、秋本が既に下校してしまっていたから、僕にプレゼントしてくれたのだった。

 その日の夜に猫目先輩の自殺を止めて、『ご主人様』と『ペットの猫ちゃん』の関係になったわけだが。

 ……これを、秋本も食べるのか。

 猫目先輩は鼻歌を歌いながら、僕の教室へと歩を進める。

 好きな人に手作りクッキーを渡せるのが嬉しいんだろう。

「猫目先輩」

「ん?」

 呼ばれて振り返る猫目先輩。ボブの髪の毛が揺れる。

「秋本はいつも遅刻ギリギリに登校してくるので、待っていたら猫目先輩が遅刻しちゃいますよ」

「えっ!? そうなの!?」

 同じクラスじゃないと知り得ない情報を聞き、猫目先輩は「どうしよう」と頭を抱えた。

「……僕が渡しておきましょうか?」

 僕の提案に猫目先輩は目を輝かせた。

「いいの!? 助かる〜!」

 なにも疑いを持たずに、クッキーを僕に手渡してくる猫目先輩。

 僕はそのクッキーがボロボロにならないように、そっと自身のスクールバッグにしまった。

「だから、今日は猫目先輩の教室まで送りますよ」

「え〜? 後輩くんの教室でもいいのに〜」

「この時間はまだ秋本も学校来ていないんだから、僕のクラス行ってもしょうがないでしょう」

 自分で言っていて辛くなる。

 猫目先輩は他の男が目当てで、僕のクラスにまでやって来ていたのだという事実。

 僕が好きだから、僕に長く会っていたいから、一年生のフロアにまで足を運んでいたのだと、信じていたかった。

 けれど、そんな僕のちっぽけな願望を叶えてくれる女神は存在しない。

「それもそうだね」

 そう言って、猫目先輩は意気揚々と三年生のフロアへと向かう。

 僕はその小さな背中の後ろを歩く。

 自分の足取りが、いつもより重たいように感じた。



 猫目先輩を教室に送り届けてから、自分の教室に戻る。予想通り、まだ秋本は登校していなかった。秋本にクッキーを渡していたら、猫目先輩が三年生のフロアに戻る頃には、チャイムが鳴ってしまっているだろう。

 僕は席に着いて、スクールバッグから猫目先輩のクッキーを取り出す。

 猫目先輩は別れ際に「感想聞いておいてね!」と念を押してきた。

 半透明のラッピングから透けて見える中身は、狐色と焦茶色の複数個の丸いクッキー。プレーン味とチョコレート味の二種類。

 ……美味しそうだなぁ。


 僕は、そのラッピングを開封した。


 中からクッキーを一枚手に取り、口に運ぶ。

 甘すぎない味が、舌の上を転がった。

 固すぎず、しっとりしすぎず、ちょうど良い歯応え。

 猫目先輩は料理が上手い。

 料理上手で、可愛くて、健気。

 この人に愛されている秋本が、心底羨ましい──いっそ、妬ましいほどに。

「お、美味そうなもん食ってんじゃん」

 遅刻寸前の時刻に教室に入ってきた秋本が、僕に話しかけてきた。

「どうしたの、それ」

 雑談の一つとして、気軽に聞いてくる秋本。

 ──これは、お前に恋をしている女の子から、お前に渡してくれって頼まれたクッキーだよ。

 お前への愛情がたっぷり入っているんだ。

「道端で拾った」

「はは。だとしたら、食わないほうがいいぞ」

 僕の冗談に笑って、秋本は席へ戻っていく。

 最後の一枚が、僕の喉を通った。

 猫目先輩の愛情は、僕が残さず食べてしまった。

 ──それは、とても美味しかった。



「秋本くんにクッキー渡してくれた?」

 食い気味に、猫目先輩は僕に聞いてきた。

 昼休み、前回同様、僕と猫目先輩は屋上の給水塔裏で昼ご飯を広げていた。今日の猫目先輩のパンは、ピーナツバターサンドだ。

 晴れやかな青空は、夏の訪れを感じさせる気温。屋上に到着した際に見かけた数人の生徒は、全員半袖の制服に腕を通していた。

 僕と猫目先輩だけが、相変わらず長袖のまま。

「はい」

 興奮冷めやまぬ猫目先輩に、僕は微笑む。僕の返答を聞いて、パァ、と元々明るい顔がさらに明るくなる。

「で!? どうだったって!?」


「美味しかったです」


「え?」

「って、言ってましたよ」

 一瞬狼狽えた猫目先輩は、僕の言葉に、ふにゃりと笑った。

「よかったぁ……」

 その表情に、良心が痛まないと言えば嘘になる。

 だとしても、僕はあのクッキーを秋本に渡すことはできなかった。

 ──いいんだ、これで。

 僕は自分に言い聞かせる。

 猫目先輩の恋を応援するフリさえできれば、それでいい。

 最初から叶わない恋なんだから。

 猫目先輩には、「恋が叶うかもしれない」という、いっときの夢を見せる。

 いつか目が覚めたときに、夢を見せてあげた僕の存在に気づく日が来るだろう。

 そのためには、もう一押し必要だ。

「もう、秋本とデートはしたんですか?」

「あ……、いや、えと……」

 急に、猫目先輩の歯切れが悪くなった。

 そんなにおかしい質問はしていないと思う。

 秋本の彼女の有無も知らなかったんだから、きっとデートもしたことはないんだろうと予想はつくけれども。

 あちこちと視線を漂わせて、思考を繰り返してから、猫目先輩は口を開いた。

「……お母さんが、ちょっと、心配性で、過保護な人でさ」

「…………」

 あまりに言いずらそうな猫目先輩の態度から、多少覚悟して、僕は耳を傾ける。

「デート以前に、わたし、スマホに他人の連絡先を登録しちゃいけないんだ。SNSとかも禁止されてて……」

 予想以上の過保護っぷりだった。

 高校生の娘に対して、かなり厳しいルールだ。

 ──連絡先の交換と、SNSの禁止?

 恋人どころか、友達すら作るなとでも言いたいのか?

 僕は猫目先輩の顔をまじまじと見つめた。

 学校一の美少女と名高く、他校にもファンクラブがあるとの噂で、毎月告白されるほどのモテっぷり。

 ──まぁ、娘がこれだけ美少女だったら、心配する親の気持ちも分からなくもない。

 行きすぎてしまったんだろう。

 娘の度が超えた美貌に対して、親心が。

「……じゃあ、僕が猫目先輩のフリして、秋本に連絡を取って、デートの約束を取り付けて来ましょうか?」

「そんなことできるの!?」

 猫目先輩の大声が、空に吸い込まれていく。

「SNSやってないんですよね? 僕が猫目先輩っぽいSNSアカウントを作って、秋本とDMでやり取りすれば、すぐですよ」

「……天才じゃん」

 唖然とした猫目先輩の口から漏れ出す、称賛の言葉。

 これで天才だったら、そこら中、天才だらけだ。

「まあ、猫目先輩のご主人ですから」

「さっすがぁ〜!」

 照れ隠しに言ってみたが、自分で言うにはまあまあ恥ずかしい台詞だった。猫目先輩が茶化さなかったのが、唯一の救いだ。

「アカウントを作るために、わたしができることってある? なんでもするよ〜!」

 美少女が軽々しく男に「なんでもする」なんて言わないほうが身のためだと思ったけれど、口には出せなかった。パッと浮かんで消えた邪な考えを見透かされたら、それこそ、死にたくなってしまう。

「写真……があるといいですね。自撮りと他撮り、それぞれ」

「ほうほう!」

 猫目先輩の協力のもと、撮影会が開催される運びとなった。



「……自撮り、下手ですね」

「えぇ〜!?」

 とりあえず一枚、と僕のスマホを使って猫目先輩が自分で撮影した写真は、写真を撮り慣れていない僕が見ても、酷い有様だった。

 まずピントが合わずにブレているし、指が写り込んでいる。おまけに被写体は目を瞑っていた。写真下手の特盛三点セットって感じだ。

 こんな自撮りをSNSに上げるような人間はまずいない。

 ……でも、猫目先輩単体しか写っていないのに、自撮りの写真が一枚もないっていうのは、不自然なんだよなぁ。

 誰に撮ってもらったの? 彼氏? と勘繰られてもおかしくない。

「先輩! 自撮りの練習しましょう!」

「うえぇ? そんなに下手?」

 女子は全員自撮りが上手いとばかり思っていたが、猫目先輩はあまりしないらしい。これだけ見た目が良いんだから、自己顕示欲があってもよさそうなのに──と、ここまで考えて気づいた。

 そもそもSNSをやっていないから、自己顕示欲を出す場所がないのか。

 可愛いわたしを見て! みたいな。

「ねぇ〜! 自撮りの練習って、なにをすればいいの?」

 猫目先輩が内カメラ状態のスマホを横に構えて、右に左に動かしている。

「そうですね……。自撮り云々の前に、そもそも撮影が下手なので、まず、指をカメラに入らないように持って……」

「どこ持てばいいの!? 後輩くん、持ってよ〜!」

「カメラと反対側を持つんですよ」

 お手本を見せるため、僕がスマホを持つと、猫目先輩とぎゅっと密着していることに気づいた。

 僕のスマホの画面は、猫目先輩と僕のツーショットを収めている。

 ──パシャ!

「え?」

 シャッター音が、僕のスマホから鳴った。

 僕はなにも操作をしていないから、必然的に、撮ったのは猫目先輩ということになるが、彼女も訳がわからないといった顔をしていた。

「今、撮れちゃった? なんで? 音量ボタン押しちゃっただけなのに」

 なるほど、そういうことか。

「僕のスマホ、カメラモードで音量ボタン押すと、撮影できるんですよ」

「えー! 知らなかった! 便利ー!」

 新たな知識を身につけて驚く猫目先輩の横で、僕は撮れた写真を確認した。

 笑顔の美少女と、間抜けな表情の僕のツーショット。

 ……宝物にしよう。

 バレないように、そっとホーム画面の背景に設定して、僕は猫目先輩に向き直る。

「持つ位置を決めたら、ブレないようにしましょうか。さっきはスマホを横にしてましたが、縦にして、下のほうを両手で持つとか」

「なるほど、なるほど!」

 素直な猫目先輩は、両手でスマホを持って、くるくる回りながら自分が可愛く撮れる場所を探す。

「光が当たって、上から撮ると良いらしいですよ」

「ほほう!」

 SNSで流れてきた知識を披露すると、猫目先輩は感心したようにスマホを上に向けた。

 ちょうど昼間の自然光が、キラキラと猫目先輩を照らしている。

「ここだぁ!」

 ラスボスの弱点を発見して斬りかかる勇者のような声をあげて、猫目先輩はシャッターを切った。

「見て! これ、めっちゃ盛れてない!?」

 そう言って、見せてくれたのは、上目遣いの猫目先輩の写真だった。

 太陽光が彼女の肌色を綺麗に照らしていて、さっきの写真の倍以上可愛い。

「良いんじゃないですか? あとは他撮りですね。僕が撮りますから……」

「いや、もうちょっと撮りたい!」

 猫目先輩は僕のスマホを返してくれなかった。

 しばらく色んなポーズで撮影しては消去を繰り返した彼女は、十何回かのシャッター音のあと、ようやく返してくれた。

「じゃあ、ポーズはお任せするんで……」

「後輩くんの好きなポーズでしてあげるよ!」

 ──え。

 好きなポーズ?

 邪な考えが脳内を爆速で駆け巡った。

 言葉を濁して言うと、女性特有の曲線を強調したポーズをとって欲しい。

 しかし、それはもうグラビアの領域だ。

 いかんいかん、と首を横に振る。

「後輩くん?」

 不可思議な動きをする僕を、不安げに首を傾げる猫目先輩。

 僕は変態的な答えにならないよう、頭をフル回転させた。

「……すみません、そうですね。フェンスに手をかけてるのとか、どうですか?」

「いいね!」

 咄嗟に出てきた案にしては、なかなか良かったと思う。

 確か、CMでやっていたアイドルソングのCDカバーの構図だったはず。

 アイドル並みの顔面偏差値を誇る猫目先輩なら、きっと様になるだろう。

「こんな感じでいいー!?」

「はい、オッケーです」

 猫目先輩は屋上のフェンスに片手の指を軽くかけて、横にいる僕に振り返った。アイドルのジャケ写は無表情で曲の雰囲気を出していたが、猫目先輩は薄く笑っていた。

 四月だったら、きっと、桜に攫われてしまうんだろうな。

 良かった、今が初夏で。

 そう思えてしまうほど、猫目先輩の微笑みは、脆く崩れやすい危うさがあった。

 彼女をここに閉じ込めるように、僕はシャッターを切った。



 最初は自撮り他撮りそれぞれ一枚ずつで十分だと話したのが、猫目先輩の自撮りタイムによって、合計五枚が僕のスマホの写真フォルダに格納された。

「五枚あれば、アカウント作るには多すぎるくらいですよ」

「練習の成果だね!」

 ニコニコとピースサインをする猫目先輩は、僕のスマホの画面にも映し出されている。

 学校一と称される美少女の先輩が、なにの取り柄もない僕のスマホに笑顔を向けている。

 人差し指で画面をスワイプすれば、また違う表情を見せる猫目先輩がいる。

 ……可愛い。

 ……ただ可愛いだけじゃない。

 可愛くて──儚い。

 叶わぬ恋をしている女の子は、こんなにも切ないものなのか。

 胸がぎゅうと締め付けられるのを無視して、僕は猫目先輩に声をかける。

「午後授業の合間にアカウント作っておきますね」

「ありがとう! 放課後、昇降口で待ってる!」

 昼休みが終わるチャイムに後押しされ、僕と猫目先輩は解散した。

 教室に戻る猫目先輩の後ろ姿を、僕はまじまじと見つめてしまう。彼女は後ろ姿さえも、可愛らしい。彼女とすれ違う男子生徒が何人も二度見して振り返る──それほどにまで、彼女は美しかった。

「……これが、最後の夢です」

 猫目先輩のSNSアカウントを作るつもりは、毛頭ない。

 もとより、雑談すらままならなかった。そんな想い人をデートに誘える高揚感と、断られるかもしれないドキドキ感が味わえたんだ。

 もう、十分だろう。

 これだけ片思いをしている夢が見れたんだから。

 この恋が散り去ったとき──猫目先輩はきっと気づくはずだ。

 一番近くで応援していたのは、誰だったのかを。



「すみません、遅れました!」

 掃除当番だったせいで、約束の放課後から時間が経ってしまった。

 昇降口にたどり着くと、猫目先輩がぽつんと、忠犬のように僕の下駄箱の前で佇んでいた──正確には、犬ではなく、猫だが。

「全然大丈夫だよ! 走ってこなくてもよかったのに〜。そんなにわたしに会いたかった?」

 猫目先輩は、息を切らしている僕を見てけらけら笑う。

 ……本当は、一秒でも早く、秋本とデートできるかどうか知りたいくせに。

 僕に罪悪感を抱かせないために、わざとからかうように笑顔を取り繕う猫目先輩の思いを知りながらも──僕はこれから彼女に残酷な仕打ちをする。

「……それで、秋本くん、なんだって?」

 そんなことも知らずに、猫目先輩は上目遣いで僕の返答を待つ。

 ドキドキしてるんだろうな。

 秋本とデートできるかどうかわからない、どちらにでも転ぶ可能性がある今が、きっと一番楽しいはずだ。

 ……僕だって、猫目先輩にドキドキされたい。

「……デート、してくれるそうですよ」

「え?」

 目をまん丸にする猫目先輩に、ダメ押しのもう一言。

「明後日の日曜日の正午に、駅前で待ち合わせを取り付けました」

 ──もちろん、全部嘘だ。

 秋本と約束を交わすどころか、SNSアカウントすら作っていない。当然、メッセージのやり取りなんてしていない。

 しかし、猫目先輩の顔はみるみる輝いていく。物理的に光っているわけじゃないのに、なぜか眩しく感じてしまうほどに──その光が、僕の良心を鋭く痛めつける。

「ありがと〜!!」

「わっ」

 感極まった猫目先輩が首元に飛びついてきた。

 スレンダーボディの彼女だが、胸の柔らかな膨らみが僕の胸部に押し当てられる。首の後ろに腕を回され、頬ずりできるくらいの位置に、彼女の頬があって。

 超絶至近距離の美少女に、心臓が口から飛び出てしまいそうだ。

 人生で一度も、女子に抱きつかれたことなんてない──その初めての相手が、ただの女子ではなく、あの猫目先輩になるとは。

 自惚れてしまいそうになる。

 秋本なんかじゃなくて、僕のことが好きなのではないかと。

 女の子のふわふわした体に触れ、見事な勘違いをしそうになるほど、脳みそまでふわふわしたそのとき、確かに僕は幸せだった。

 しかし、その時間はほんの一瞬。

 女子特有のいい匂いを残して、猫目先輩はパッと僕から離れた。

「本当にありがとう! 絶対デートの報告するから、楽しみにしててね!」

 なにも知らない猫目先輩は、純粋無垢な笑顔を向けて言った。

 その台詞に、酷い人だとも思った。

 猫目先輩の恋を応援している僕に、片思いの結果報告をする義務があると感じているのだろう、というのはわかる。

 でも、もし僕が、猫目先輩に想いを寄せていたら?

 僕以外の男とのデートの様子を、事細かく語られることになるのだ。彼女の口から。嬉しそうに。

 ──そんなこと、させるわけないじゃないか。

「……楽しみにしてます」

「うん! それじゃあ、またね!」

 小さな体で大きく手を振って、猫目先輩は昇降口から校門の方へ歩いて行った。その足取りは軽く、鼻歌でも歌っていそうなほど、るんるんなのが傍目からでも伺える。

 きっと彼女は家に帰ってから、デートに着て行く服を選んだり、どんな髪型にしようか悩んだりするのだろう。

 楽しそうな猫目先輩。

 幸せそうな猫目先輩。

 それも、デートの当日まで。

「……今だけは、僕以外の男について考えることを許します」

 可愛くて、可憐で──可哀想な猫目先輩。

 徐々に小さくなっていく猫目先輩の後ろ姿を見送りながら、僕は優しく微笑んだ。

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