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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

飽食

作者: 松岡七海

 「うぅ……もう食べられないよ……ムニャムニャ……」


 美咲はバスに揺られながらそんな寝言を発していた。


 「美咲起きて、もうホテルに着くよ。」


 私と美咲は温泉旅行に来ていた。


 バスから降りると鮮やかな紅葉と爽やかな涼風が私たちを出迎えてくれた。


 「わー、綺麗だねー。ホテルもオシャレだし。」


 美咲は背伸びをしながら上機嫌に言った。


 「そうだねー。ほらチェックインするよ。」


 私は美咲の背中を押しながらホテルへと歩いていった。



 チェックインを済ませて部屋のベッドで(くつろ)いでいる美咲に私は提案した。


 「ねぇ、早速占い行こうよ。」


 このホテルでは占いをしてもらえるのだが、私がこのホテルを選んだ理由の一つがそれだった。


 「えぇ〜、もうちょっとゆっくりしてからでいいじゃ〜ん。」


 「行こうよー。占いしてもらってからまた寛げばいいじゃん。」


 美咲はしぶしぶベッドから身を起こした。



 ホテルの地下一階へ行くと、その一隅に本格的な外観の占い施設があった。


 「……どうせ当たんないよー。」


 「しっ!」


 美咲が施設の前でそんなことを言うもんだから私は冷や冷やした。


 ちょっと尻込みしながら入っていくと、50代前半くらいの穏やかな女性が机の向こうに座っていた。


 「ようこそ、占いの館へ。お二人様ですね。どうぞお掛けください。」


 席を勧められ、私は占い師の目の前に、美咲は私の左後ろの席に座った。


 「あなたは……恋愛のことが知りたいのかしら。」


 「あっ、いいえ、仕事のことで悩んでて……」


 「……うん、そうそう、仕事のことよね。」


 いきなり外してたのでなんだか胡散臭い占い師だなと私は思った。


 その後、十五分ほど占いをしてもらい、私は美咲と席を替わった。


 「あなたは……ダイエットをしてるわね?」


 「えっ、よくわかりましたね。」


 「このホテルは食事が美味しいから、つい食べすぎちゃうかもしれないわね。気をつけた方がいいわよ。」


 「そうなんですか……気をつけます。」


  ……


 「……えっ、終わり?」


 美咲の占いタイムはそれだけで終わってしまい、つい私が口を挟んでしまった。


 「えぇ、これで十分ですよ。ありがとうございました。」


 占い師はニッコリ微笑んだ。


 私たちはお礼を言って施設から出た。



 部屋に戻った直後ベッドに倒れ込む美咲に私は言った。


 「なんだか信用できなそうな人だったね。第一印象は良かったんだけどな。占われたこともピンと来ないし……。」


 「こんなもんでしょー。私なんか適当にあしらわれた感じだし。」


 美咲はダイエットのことを当てられてはいたが、特に信用もしていないらしかった。



 夕方になり、食事の時間となった。


 私たちはホテル二階のレストランに出向いて行った。


 指定のテーブルにつくと、豪華な食事がたくさん用意されていた。


 「あれ、ビュッフェ形式じゃないんだ……。こんなに食べられないよ。七海、私の分も食べて。」


 「私もそんなに食べられないよ。」


 「そっかぁ……。」


 不満を漏らしていた美咲だが、食事はやはり美味しく、食べ始めると箸が止まらなくなっていった。


 「あぁ美味しい!占い師の人が言ってた通り、どんどん食べちゃうね。」


 「ちょっと、いくらなんでも食べ過ぎじゃない?」


 各テーブルに一つずつ大きめの炊飯器があり、10合ほどのご飯が炊かれていた。


 私はおかずだけでも食べきれなかったのに、美咲はそれに加えて既にお茶碗六杯分も食べていた。


 「程々にしておきなよ、私ちょっとトイレ行ってくる。」


 バクバク食べる美咲を他所(よそ)に私は席を離れた。




 「……ふー、お腹いっぱい。美咲大丈夫かし……」


 トイレから戻ってきた私の目には異様な光景が広がり、心臓がぐるんと脈打った。


 「……ぅう……ぐ……ふぅ……おう……ばべ……(もう  食べ  )ばべ……ばび……(られ  ない  )


 美咲は白目を向いて意識を失いかけていた。


 それでも美咲の左手は美咲の口を無理やりにこじ開け血を流し、美咲の右手は握った白飯を既に白飯でいっぱいになっている美咲の口に荒々しくねじ込んでいた。


 「きゃあああああああああああああああああ!!!」


 私は大声で叫んでいた。


 これは後で聞いたことだが、その叫び声を聞いてホテルのスタッフが駆けつけ、救急車を呼んだらしい。



 ホテルから一番近い病院へ運ばれた美咲はすでに気を失っていたが、適切で迅速な処置のおかげで一命をとりとめた。


 次の日に病院のベッドの上で目を覚ました美咲は事件のことを全く忘れている様子だった。


 あの日のことは何だったのだろうか。


 私は今でも時折、美咲のあの姿を思い出し、不安な気持ちに駆られるのだ。

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