首領の部屋にて
反社会的非合法組織マフィアの首領の部屋で二人が酒を飲み交わしている。
静寂に包まれた広い部屋にただ二人言葉少なにワイングラスを傾ける。
機能的とは言い難いが芸術的な家具やシャンデリアが仄暗い中に独特な雰囲気を作り出している。
首領と彼女がサシで飲むのは珍しいことではないが、頻繁にあることでもない。
しかし、この状況は見るものが見たら腰を抜かすだろう。
首領が構成員と二人きりで話すのはないことではないが珍しい。
彼女の能力はある一面において首領を超える。
それに対して首領は護衛をつけることもない。
さらに一構成員が頭を下げずに対等に接することなど叶わないのが首領である。
それは首領の次に権力を持つとされる最高幹部だとしても同じことだ。
しかし彼女は首領に傅くそぶりを見せない。
あくまで一人の友人のようだ。
それらのことはこの状況がいかに異常であるかを指し示すだろう。
彼女は蓮香梢、マフィアの最高幹部が一人である。
静かな時間が過ぎていく。
その時首領は静かに口火を切った。
「もう、十年か。」
「そんなに経ったかのぅ。あの時は深和もただの坊主だったのにのぅ。」
梢は首領を呼び捨てにし、揶揄する。
「いつの話ですか。それは機密事項だ。」
「誰にだって赤子の頃はあるだろうに。」
「威厳がなくなるでしょう。」
「まぁな。貴様の頼みなら秘密にしてやるさ。」
仕方ない、と梢が偉そうに譲歩する。とても楽しそうだ。
「助かります。それに、ここに来てくださったこと感謝してます。」
これもまた、ありえぬことだが、首領が梢に敬語で感謝を述べた。
「いちいち感謝せんでも良い。そもそもこれは貴様への恩返しのようなものじゃ。」
「それ以上のことをしてもらっている自覚があるんですよ。」
「妾にとっては十年も二十年も誤差のようなものじゃ。貴様が死ぬまでくらい居てやるさ。貴様も知っておるだろう?妾達が嫌うのは退屈よ。今は退屈しない。それだけで十分じゃ。」
「そう言ってもらえると嬉しい。」
首領はどうやら、嬉しそうで、まるで子どもに返っているよう。
「ところでこのやり取りは何度やれば気が済むのじゃ?」
「定期的にですね。人間は心を交わしたい生き物だから。」
「そうか。」
梢は呆れたように、興味がないように、無機質な返事をした。
また暫く沈黙が流れる。
「彼は、風見君は元気そうだったかい?君は話したのだろう?」
「なんのことじゃ?」
「この間の件、電話をしたのではないか?」
「見ていたのか?気持ち悪い。」
「お褒めに預かり光栄だよ。」
「元気そうにしていたよ。妾の思考を読まれるのはいい気分がしないが。」
「磨きを掛けたようだね。もう私の手にも負えないだろう。」
自身、親を越えた子を喜ぶかのような感慨に、グラスのワインを回した。
「お前さんが拾ってきたのだろう。」
「人を見抜く目は一流のつもりだよ。」
「疑ってなどおらぬ。そうでなければ少人数でマフィアの乗っ取りなどできやしないのだから。」
「なんのことだか私にはさっぱり。」
「ふふっ。妾にしらばっくっれたところで意味などないぞ。」
「癖なんだ。見逃してくれ。」
「見えすいた嘘を。」
「そろそろ楽しい時間も終わってしまうな。残念だが、次が楽しみだ。」
これは、いくつかの縁とマフィアという巨大な犯罪組織を乗っ取るという大掛かりなことを少人数でやってのけた彼らの昔話。