ロキシーの暴走
「上田!待ってたぞ!」
みんなが出て来た。赤井と市村、ライドーさんは得物を持ち、大川とセブンスは後方に控えている。
「これがゴーレムでありますか!」
「ついに来たわね!眠たい事ばかり抜かす魔物が、この町のためにも粉砕されてしまいなさい!ザレ、そんな奴ほっといてあの魔物を倒すのよ!」
ザレと言う名のゴーレムはセブンスの指示に従い俺を無視し、赤井たちと共にいたオユキへと突進した。
「うわっ!」
「大丈夫であります!皆様に防御力上昇の魔法をかけるのであります!」
「人間とは違うから、人間とは……」
パワーは無論、スピードもある。動きこそ大ざっぱだがやたらと速い以上、逃げるのも速いと考えるべきだろう。
実際、オユキたちの姿を見るや俺をあっという間に置き去りにして突撃を開始した。
そしていったん立ち止まったゴーレムは、適当な距離からパンチを放つ。
当たらない距離ではあるが、その風圧だけで軽く吹雪が巻き起こった。氷の力じゃなく風の力で、積もっていた雪を吹き飛ばしたんだろう、あんなに固まってるはずの雪を。
「ゴーレムに弱点はないのでありますか!」
「ゴーレムは魔力で関節をつないでるからそれを断ち切っちゃえば!」
「とは言えこの速度ではそんな隙間を突くのは無理よ」
「動きさえ止めれば何とかなるか……」
動きを止めると言っても、そんな力俺たちの中の誰にもない。人間大なら大川が何とかできるかもしれないが、この大きさでは無理がある。
「召喚魔法により呼び出された魔物はね、呼び出した人間の思うがままに動くのよ。意味が分かるでしょ?」
「ああ知ってるよ、コークを見て来たからな」
「コークだなんて雑兵ごときとザレを一緒にしないでくれる?私ならコークなんぞ七一四匹召喚できるわよ。ねえ、あなたのオトモダチを生かすも殺すもあなた次第よ?」
「どうしてそんな事が言える?」
「見えてないの?」
やけに具体的な数を述べながらロキシーは笑う。昼間に見せた温厚な統治者の笑顔じゃなく、ひたすらに凶悪な笑顔だ。
確かにゴーレムは赤井たちを必死に追いかけ回している。僧侶の赤井や元からウェイトの違い過ぎる大川はほとんど役に立たず、市村はオユキをかばうのが精いっぱいだった。
「ゴーレムに疲労なんてないわよ?この山中を駆け巡り、夜中になってもあいつらを追いかけ回してひねり潰すから」
「ひねり潰してどうする気だ」
「子どもは黙って私の言う事を聞けばいいの。話によればあなたたちまだ私の半分ぐらいじゃない、長生きしたければおとなしくすればいいの」
ロキシーとしては慈愛に満ちた笑みのつもりかもしれねえが、ぶっちゃけただひたすらに気持ち悪い。
ぼっちってのは、こういう存在からも遠かったはずだった。だってのに、俺はこのロキシーって女の事がよくわかる。
「そんな子どもを何故毒殺しようとした?」
「毒殺?とんでもない、ただのしびれ薬よ。どうしてもあの魔物が私の言う事を聞かないんで交渉材料にしようとしただけで」
「そういうのを人質って言うんだよ!」
俺がゴーレムへと向かうのとほぼ同時に、ゴーレムのパンチが鉱山への道に当たった。
土がえぐれ、岩が壊れる。同じ岩同士の衝突のはずなのに、ゴーレムを構成する岩には傷ひとつ付いていない。
壊れた岩は小石となり、風圧によって前へ飛ぶ。そして小石は兵器に変わり、市村たちに襲い掛かる。
「魔法の障壁を張るであります!」
防御魔法の力でかなり防御力は上がっているはずだが、それでも赤井は魔法を使いまくる。
今度は見えない魔法の障壁を張り小石の雨から二人を守ろうとした、だが間に合わない。
「痛い、痛い、痛い!」
「小石ひとつでそれって……」
「私熱い物は我慢できるけど金属とか岩とか硬い物は苦手なの!」
「弱点のない存在などないでありますな……」
障壁をすり抜けた数個の小石が二人の頭に降り注ぐ。市村は魔法のせいか比較的平気そうだったが、オユキはまるでこの前の俺のように頭を抑えてうずくまっている。
しかし金属と岩が苦手とか、いよいよゲームじみてるなこりゃ……付き合ってくれる奴もいねえからやめたゲームでも氷使いはそういうもんに弱かったんだけど、そんな所まで合わせなくてもいいじゃねえかよ……。
「お前こそこれが見えねえのかよ!お前を斬ったらあのゴーレムはどうなる!?止まるかもしれねえぞ?」
俺は脅し文句を叫びながら剣を抜いてロキシーに迫ってやるが、ロキシーは一向に動揺する気がない。この調子からすると斬ってもゴーレムが止まることはねえんだろう。むしろ制御不能になってますます手が付けられなくなるかもってか、ったく性質の悪い話だ!
「あんたは自分の命が惜しくないのか!」
「全然。この村を富ませて死ねるなら本望よ」
「じゃあ何か、富ませるためにあんな白狼やら雪男やらを使ったってのか!」
「何が悪いの?」
「それならまずあのオワットを排除すればよかっただろ!」
「あんなのは威張ってるように見えるけどただのザコ、いつでもその気になれば排除できたわよ。魔王の仲間が倒されたからとかって気合い入っちゃったらしいけど、村人には基本無害だったからぁ!」
ゴーレムの気を引くために足でも入れてやろうかと思って駆け出そうとすると、いきなりビンタを思わせる音が飛んで来た。
音のした方を振り向くと、ミミさんがロキシーを引っぱたいていた。
「姉貴!もういい加減にしろ!」
「いい加減にしろとは何よミミ!」
「ゴーレムに雪男って彼らが呼んでた毛むくじゃら男、それから白狼!そんな怪物に頼ってどうする気だ!それじゃこの村は村人のための村じゃなくて怪物たちのための村になっちまうだろうが!」
「私はあくまでもこの村を豊かにするために!鉱山を掘る邪魔をするあのオユキがいなくなればいつでも引っ込めるわよ!」
「引っ込めた所でもう遅いんだよ!狼を百匹狩るような冒険者たちに歯向かったとなれば、それこそ村の破滅だろうが!」
この村の冒険者、と言うか軍事力の層は薄い。赤井と市村と言うVランク冒険者に対する最高の戦力と言うべきライドーさんはこちら側にいて、後はぼっチート異能ありとは言え俺一人捕まえられないような連中だ。
そんな中でもゴーレムはオユキに有効打を与えたのをいい事に、次々と岩を壊し土をえぐりにかかる。鉱山への道がどんどん細く削れて行く。
クチカケ村の命脈を削っている。
「コノヤロー!」
目を引き付けるつもりでゴーレムを蹴飛ばしてやるが、まったくゴーレムが反応する事はない。足が痛むだけだ。
自分でやった痛みとはぼっちにはなれないせいか、その分だけ慣れていて痛みはない。とは言え成果が上がってない事には変わらない。
「弟にさえ反対されているのが全てだろうが!無駄な犠牲を出す必要はねえだろ!」
「うるさいわね、ちょっとミミ!あんたはこの冒険者たちにザレが負けると!」
「負けるも負けねえもねえよ!今でもあの巨人は自然を壊しまくってるじゃねえか!それとも何か、それもまたあの冒険者のせいだって言うのか」
「わかってるんなら味方をしなさいよ!」
姉弟喧嘩を置き去りにして俺はゴーレムに必死に迫るが、まったく相手にされない。オユキが言うように岩同士の関節に剣を突っ込めばうまくいくかもしれないが、それでも俺の剣振りはゴーレムの速度には追い付けない。
黙ってる訳に行くかいとばかり振りかざすが、それでも関節どころか本体も捕らえられそうもない。
ったく、前方を激しく攻撃しながら後ろに目があるかのように内股になったりガニ股になったり、市村とオユキが見えたり見えなかったり、ったくイライラする!
「おちょくってるのかよ姉貴!」
「圧倒的な力の差を見せつければいいだけの事よ!そうすればあきらめるでしょ?」
「あんたは弟をも犠牲にする気か!」
「ああそうよ。みんな踏み潰しなさい、私の言う事を聞かず、このクチカケ村の発展を阻害する奴を!」
この女、口を大きく開けずにとんでもない事を叫びやがった……!
明日は特別スペシャルデイ、一年一度のチャンス、セブンスから上田裕一への最高の贈り物です!?




