ゴーレムとの戦い
ザレと呼ばれた巨大な魔物。
それは間違いなく、ゴーレムだった。
オユキの言ってた通り、身長は俺の約五倍。一個一個大きな石が積み重なり人型をなし、その上で頭には真っ赤な二つの目が付いている。
「これであんたはこの村を守って来たのか!」
「そうよ、ここまで来るのにどれだけ研究を積んだか、その苦労冒険者にはわからないでしょうね……!」
ロキシーは両手の小指と薬指を立ててながら笑った。最大限の怒りを示しながらも、口からは笑い声が漏れ出している。
「しかしそんなもんを呼び出すには相当な魔力が要るんだろ」
「あんたが知る事はないわ、だってこれからあんたは踏み潰されるか殴り潰されるかのどちらになるんだから!さあ行きなさい!」
ゴーレムは体を揺らしながら、俺に向けて突っ込んで来る。技も何もない力任せであり、むしろ下手な技を使わないのが持ち味だと言わんばかりのやり口だ。
確かに目の前のゴーレムには関節なんて物はない。全体で三十個ぐらいの灰色の岩が人型を形成しているだけで、動き方もまたおよそ人間のそれとは全然別物だ。魔力が接着剤か筋肉か骨のようになっていて、その力によって無理矢理に動いている。
「おっと!」
しかしいくらぼっチート異能があるからと言っても、この攻撃を一撃喰らえば無事では済まない。オワットによって負わされた傷は未だに俺の心を深くえぐっている。避ける振りだけでもしながら、一発で踏み潰されたり頭を飛ばされたりするほどに殴られる方がましかもしれないなとか言う考えを抱いちまうのはいけないんだろう。
とは言え、こっちだって魔力もなんもない、このデカくて重いだけの剣であの岩を砕けるとは思えない。結局はぼっチート異能だよりの逃げ回り作戦しかない。
「みじめな物ね。そうよそうよ、あの雪女の眷属なんか全部潰れてしまいなさい!」
「あんたなあ、その雪女がいなくなれば全部うまく行くとでも思ってるのかよ!」
「そうよ、私はずっと村を大きくしてきた!それだってのに雪女がもうこれ以上はやめろとかふざけた事を抜かして来て、どいつもこいつもペルエやエスタの連中にへいこら頭を下げている自分の事なんか全然わかってない!」
「エスタ?」
「呆れたわ、あんたのような無知蒙昧な奴に私の夢が邪魔される訳!?」
ペルエ市と並んで口にされている事からするとおそらくは地名なんだろうが、でも俺にとっては文字通り未知の地だった。それこそスマホの地図アプリで日本中どこでも、と言うか世界中どこでも調べられるような能力は俺にはない。
全く文明の利器頼りで生きて来た人間なんてそんなレベルだ、たぶんぼっチート異能のない俺はこの世界の誰よりも弱い。
「エスタってのはね、荒くれ者ばかりの町よ!それこそ街中で平気で殺し合うような!そんな街の連中に村長だからと言って木材買ってくれ武器買ってくれと行くのはそれだけで命がけだったわよ!」
「……ずいぶんとそのエスタの人間ってのはバカにされてるんだな」
だってそうじゃないか。
こんな大きな存在、とんでもない存在を召喚できるような奴を甘く見るだなんて、それこそアホでしかない。なんならゴーレムでも交渉の席に侍らせれば普通の奴は腰を抜かす。荒くれ者の集まりとか言うけど、それじゃエスタの町ってのはこんなもんを一刀両断にできる連中の集まりなのか?
……あー、そんな事を言い放っちまったせいで追い付いて来た村人たちに冷たい目で見られてる気がするけど、まあどうでもいいか。
「どうしたの!なぜ当たらないの!」
ロキシーが叫ぶと共にゴーレムは走る速度を上げ、パンチや踏み付けの速度も上げようとする。もちろん俺も逃げる。
逃げる俺をゴーレムが追いかける度に、雪が消え、地面に穴が開く。ゴーレムの足型、と言うか岩型の小さな穴ができまくり、植物を押し潰している。
「だから、俺には攻撃は当たらないだっての、そんで俺の攻撃もゴーレムの前には決定打にならないの!一対一でこれなんだから、さらに数が増えたらどうなるか見えてるだろ?そこんとこさ、はっきりして欲しいんだけど!」
「そんなのインチキじゃないの!」
「インチキだよ、知ってるよ。でもさ、こんな自然を荒らす事はねえだろ、自然の恵みだろ木も鉱山も、これ以上そういうのをいじめる理由はないと思うけどなー」
「いちいち余裕ぶっちゃって!そうよ、だいたい冒険者なんて言うただの流浪人なんか、ほっときゃいなくなるのよ!」
「あのさ、俺たちはあくまでも採掘量とか木を伐る量を減らしてくれればそれでいいとしか言ってないぜ。そんなに難しくないと思うけど」
「この村の人口の大半、新しく来た移民の大半はそのために来たの、それなしでどうやって村人を食わせろってのよ!」
「だから無理をするなって言ってるんだよ……」
ロキシーが熱くなればなるだけ、俺は冷めて行く。
元からずっとぼっちだった俺は、他人に情熱的に接する事ができなかった。どんなに熱くなっても反応がないし、それを悲しいと思う事もなかったけど、そんな風によく言えば冷静悪く言えば冷淡な人間になって行った。
こんな時でさえもじっと構え、その上で悠々と逃げられている。逃げて逃げて、その結果がこれだった。
「上田!待ってたぞ!」




