ロキシー村長の思い
「ずいぶんとお疲れ様のようですが。と言うかあなたひとりですか」
「まあ、いろいろありましてね。今仲間たちは休んでいますので」
俺が一人っきりで門を叩くと、ロキシー村長自らドアを開けてくれた。
内心はらわたが煮えくり返っていてもおかしくないはずなのに、まったく笑顔を崩していない。
それに引き換えこちとら、腹芸は全く習熟していない。
はったりをかます勇気もない。
ないない尽くしの中、結局ぼっチート異能に賭けるしかない。
「それで……オユキは退治できたのですか」
「その部下と思しき魔物は相当に討ち取りました。ですが彼女自身はまだ」
「そうですか、それでは皆様は」
「無事じゃなきゃこんなにのんびりしません」
俺が座りながらそう言うと、ロキシーは自ら湯を沸かし出した。
朝から山道の往復を続けて気が付けば夕日が見え始めたと言うのに、不思議と疲れはない。
この辺りもいくら歩こうが体力の減らないRPGなんだろうか、でもみんなそうだとしたらそれこそ乱獲乱伐がまかり通るよな、本当にままならねえ話だ。
「しかしこうして歩いていると寒いでしょう」
「まあそうですね、魔物との戦いも大変でしたし。ああ白狼の毛皮しかありませんでしたけど」
「白狼ですか、それならば狩り方を教えてもらいたいですが」
「参考になりませんよ、それから毛むくじゃらの大男もいましてね」
「そうですか、まったくどこまでも面倒ですね、ハァ……」
ロキシーは肩を落としながら、お茶を入れる。
早熟茶ではなく、完熟茶だ。
俺らが紅茶と呼ぶこの世界の高級品をわざわざ持って来ている。太った体で少しふらつきながら、それでもじっとお盆を持っている。
「メイドさんは」
「たまには休みを与えなければと言う訳で帰しましたよ。それで、せっかくですからこちらの方を」
「完熟茶ですか、俺だけ申し訳ないですね。と言うかまだ俺は目的を達成しておりませんが」
「多くの魔物を討ち取ったのですから、これぐらいは」
「熱いまま取っておくって事は」
「大丈夫ですよ、来訪するたびに私がその都度きちんと沸かしますから」
完熟茶を出すなど、よほどの事だろう。俺がオユキを倒したとか言うならばまだしも、志半ばにも達しないうちにこんな事をするのはなぜなのか。
これ以上話を引き延ばすのはダメだと判断した俺は、完熟茶の入ったカップを握り、一気に飲み干した。
ストレートティー、レモンも砂糖も牛乳も入ってないその完熟茶は体の中にスッと入り、冷えていた俺の肉体に火を灯した。
その分だけ体は活力が増し、目も動くようになった。
「何ですか、この紫色の液体は」
「は?」
そして、はっきりと見えた。
カップの下に残った、紫色の液体。その液体がどんなものか、あれこれ言うのは野暮と言うもんだろう。
俺がロキシーにカップを見せてやると、彼女の顔色が液体と同じになった。
「これはどういうもんなんですか、説明してくれますか」
「ああそれはその、えーと……」
「そちらにも入ってるんでしょう?」
「ならばどうぞお飲みください」
ロキシーが自分用のカップを差し出して来たのでひったくって一気に喉に流し込んでやると、やっぱり底には何も残らなかった。
「なんで俺のだけにこんなのを入れたんですかね、赤井は僧侶ですよ、その事をまさかお忘れとでも!」
「人の完熟茶に何をするんですか!」
自分が押し出したくせにずいぶんな言い草をしたロキシーは自分の分の完熟茶の入ってたカップを投げ付けたが、もちろん当たらない。耳障りな音を立てて真っ二つに割れゴミになった。
「完熟茶を勝手に飲んだ事は謝る、だがこの紫色の液体は何なのか説明しろ!」
「どういう口の利き方ですかっ!」
「じゃあ飲んでくださいよ、今すぐ!」
俺が紫色の液体の残った自分のカップを押し付けると、ロキシーはさっきと同じように俺に投げ付け、そしてさっきと同じように割れ、床にこぼれた液体が触れた床が急激に変色した。
「どう考えてもまともなシロモノじゃないですよね、何でこんなもんを俺に」
「なんでも何も、あの女の手先に手加減は無用よ!」
ロキシーが声を荒げてため口になると同時に、俺は飛び退いて剣を握った。
もうここからは命のやり取りだ、先制攻撃されたのはこちらだ。
「どうしてあんな邪魔者の味方をするわけ!」
「俺はあんたの弟のミミさんとライドーさんの話を聞いた上でどっちが正しいか考えたんだよ!その結果だ!」
「魔物に与するだなんてそれでも冒険者!」
「魔物はあんただろ!いや少なくとも魔物を呼んだのはあんただろ!」
「後者よ、誓って前者じゃないわ!」
あの雪男たちがなぜオユキばかり狙うのか。ましてやなぜライドーさんが知らないのか。
どう考えても、あの時誰かがそのために、初めて呼び出したとしか思えないと啖呵を切ってやろうと思ったら、全面的に自供しやがった。
「あんなたくさんの魔物を呼び出せる召喚魔法使いなら他にも道があっただろ、俺みたいに冒険者とて名前を挙げるとか」
「私だってそうしたかった、でも父さんも母さんも二人とも無責任に死んじゃって!私がこの村とミミを守らなきゃならなかった!」
「親のせいかよ!その弟さんだって爺さんだってやり過ぎだって言ってるんだよ、鉱山掘り尽くしたらどうする気だ!木狩り尽くして禿山になったらどうする気だ!」
「じゃあこのままこの小さな、農作物もまともに取れないような村でみじめに過ごせとでも言うの!?無責任にもほどがあるわ!」
「無責任はあんただろうが!あんたまだ二十代だろ、あんたの人生が終わる前にこの村が終わっちまうだろうが、村と無理心中でもする気か!」
民主主義ってのは、みんなで責任を負うもんだ。
だが今のロキシー村長はほぼ独裁者になってる。その独裁政権が危ないのは、その本人が間違ってた場合責任のない全員が巻き込まれちまうからだ。
民主主義の場合は失敗してもみんなの責任であり、苦しいのはみんなのせいとなる。
民主主義バンザイとか言う気は全然ないが、だとしてもやはりこのまま住民全員を崖下に突き落とすようなやり方は絶対に是とは言えない。
「何も知らないような坊やがあれこれ抜かさないでくれる!この村を豊かにしたのは私なのよ!」
「村人を巻き込むんじゃねえ!」
「私はこの村を豊かにした、その事を全くわかってないのね……その事を!」
ロキシーが村長邸から逃げ出した。
その後の全てを理解しながら、俺は彼女を追った。
「この野郎!」
村長邸を飛び出すや、やっぱり雪玉が飛んで来た。




