雪男現る
何度も往復している山道だが、相変わらず険しい。
「敵はいつ来るかわからない」
「とりあえず洞窟に近づけさせたくはないでありますな」
「大丈夫、あの小娘オバサンの狙いは私だから!」
そんな中でもオユキだけは妙な自信を抱いているが、実に甘い話にも思える。
村の発展を脅かす魔物に与した悪党とか言う大義名分によって俺たちをまとめて襲う事はまったく難しくない。ましてや巨人を使うのであればなおさらだ。
(逆にそんな目立つもんを使わせ、その上で打ち砕いてやりたいけどな……しかしこれでこの町に居られなくなるかもな……)
その結果を覚悟していなかったわけではない。とは言え今更逃げ出すなんて言う選択肢はどこにも存在しない。どこまでも面倒な話だなと思っていると、いきなり視界が白く塞がれた。
ズシリズシリと音を立て、その白い壁は迫って来る。
「何じゃこりゃ!」
「雪男でありますか?」
「雪女とはえらい違いだな」
「何これ私知らない!」
真っ白の毛むくじゃらな魔物、これまた俺らのよく知ってる雪男だ。
あまりにも音がデカすぎるせいか、ライドーさんまで出て来た。体重もそれ相応だろうな、俺とあまり背丈が変わらないくせに。
「って、オユキも知らないのか?」
「こんな魔物は知らない、ねえお爺さん!」
「わしも知らんぞ、この村で六十年暮らして来たが知らんぞ!」
「これで犯行は確定か……」
「だな……」
そして、市村の言葉は実に残酷だった。
俺はまだ、どこかで話は通じるかもしれないと言う期待を抱いていた。
その期待を踏みにじるかのような足音が続けざまに鳴り響き、俺たちの中で一番小柄な存在をにらみつける。
「雪男が、四体、五体……」
「こんなにいれば見つからないはずがないであります……」
その上に四体や五体どころではない、二ケタはいる。この時に合わせて呼び出されたとしか思えない。
「たった一人のためにこれだけの数を」
「とにかく行くしかないか、俺が出るから赤井と市村はオユキを守ってくれ」
狼に対する恐怖は、まだ消えていない。それでも雪男が相手ならば戦える。そんな根拠の薄い自信だけは依然として残っていた。
雪男たちが、唸る拳を振りかざして来る。凄まじい音を起こし、風まで吹かせそうなほどに速い。
それでもやはり当たる事はない。いつものようにすんでの所で拳は俺をすりぬけ、逆に俺の剣が毛皮を引き裂く。
お互いの拳がお互いの頬に当たるような同士討ちになる事もある。
そして今度は青い血が流れ、雪を染める。
「血が赤くないぞ!」
「やはりこれは魔物であります!」
魔物と敵がイコールでない話なんて山とあるしオユキも魔物と言えるのかもしれないが、だとしてもやはりこんな事をするのは問題だ。山道を荒らすように拳を振るい、山道の岩を壊し地面をえぐる。生の山肌が露出し、わかりやすい足跡ができる。その下の草が潰れ、俺の方を向いている。
「人間でも獣でも魔物でも、山を荒らす奴は全部害悪だよ!」
ターゲットにされている以上しょうがないとは言え口ばっかりデカい事を言うオユキを狙い、次々に俺を無視してやって来る。
まあオユキも戦えるだろうし実際に氷の剣を作っているが、今回はあくまでも護衛される役だ。実際大川がオユキの前に立ち、赤井と市村がその両側に立っている。
「ったくもう、俺が相手だってのに!」
「言って聞くような存在なら苦労はないのであります」
「頼むぞ……」
狼にしてみれば誰でも良かったのかもしれねえし、あのオワットだって目当ては俺だった。
だが今回の目当てはオユキだ、オユキさえ殺せばそれでいい連中だ。
そして見た目に因らずすばしっこい。俺に向かって殴りかかって来るだけならば別にいいが、その速度で俺の前からすり抜けようとするから問題だ。
後ろから斬りかかってなぎ倒してやっても、一体倒す間に二体すり抜ける。誰かが長となってフォーメーションを組んでいるみたいに正確であり、ますます裏にいる存在を疑いたくなる。
「なぜだ、何故彼女はどうしてオユキをここまで嫌うのか……!」
「ったくもう、私はいけにえでも守られるお姫様でもないの!」
「今は守られる姫であってくださいであります!」
当然討ち漏らした存在がオユキに迫る。市村の剣により倒れても、オユキが氷の剣を投げつけて頭にぶっ刺しても、まったく止まらない。赤井はオユキに守りを固める魔法をかけていたが、それでも俺が一撃も攻撃を受けていない手前攻撃力ってのを判断しきれない。
岩なんかではよくわからないし、オユキの耐久力もどれだけあるかわからない。
「ったくもう、オユキを何だと思ってる……!俺を何だと思ってる……!」
歯嚙みしながら俺は雪男を斬る。あまりにも一方的な憎悪、そしてあまりにも一方的なやり口。
ロキシーって人の懸命さはわかるが、ただ痛々しくなるだけだった。
「上田君左側に飛んで下さいであります!」
「え?」
「いいから早く!」
そんな状況でも相変わらず他人の言葉がずいぶんと耳に入る俺、不思議なほど冷静な俺は二人の言葉に従って目の前の一匹から逃げると、目の前にいた雪男に別の雪男がのしかかって来た。
「今なら、今ならやれる!」
「大川!」
そうだ。大川の柔術はこういう相手でこそ力を発揮するんだ。
ほぼ同じ大きさの敵を投げ飛ばし、なぎ倒した。そこに追い打ちをかけるように俺が背中に剣を刺し、青色の血を流させる。
「本当何この足さばき、オオカワだっけ、あなたもすっごく強いのねー!」
「一応ね。でもまだ危機が去った訳じゃないし」
「ウエダもアカイもイチムラも、あなたもものすごく強いのに~?そんなに謙遜しちゃって、おお可愛いねえ~」
「……あらゆる意味でやめろ」
相変わらずこの世界にはない力で他者を圧倒する大川と、相変わらず攻撃よりも寒いギャグを連発するオユキ。そしてセブンス。
まったく、どうしてこうも俺は好かれるんだろう。俺は市村に答えを求めようとして、すぐさま無駄だと気付いて前を向き、そして頭を抱えたくなった。
「まだいるのかよ……」
雪男と、白狼がいた。




