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大川博美の大きさを知った日

 この世界にはこの世界の正義がある。


 正義の数は人の数だけあり、理想の存在だって人の数だけある。その理想を叶えるために俺たちは生きている。


「冒険者と言うのがどう言うのか、私はある程度ではありますが理解しました」

「オオカワとか言ったか?」

「はい、大川博美です。私は元の世界、この髪の毛の色が当たり前だった世界では一応ひとかどの格闘家でした。でも人を殺した事はありません」

「ほう」

「私の世界では人殺しは大罪です」

「山賊でも?」

「あくまでも身柄の確保、捕縛を基本とします」




 博美は柔道着の襟を正しながら、洞窟の中央に立って声を張り上げる。


 殺人が認められるのは、それこそ戦争じゃなければ警察官、それもよほどのケースだけだ。一般人が殺人を無罪にする方法はそれこそ他人に殺人行為をされそうになった時だけか、そうでなくてもそうしなければ命がないと言う状況、例えば海で遭難して救命ボートに乗れなくなった時ぐらいだ。どっちにしても緊急事態そのものである。


「そんなんで治安が守れるの~?」

「守れます」

「そうです、守れているんです」

「ずいぶんと幸せな世界だね~ああもしかして鹿を殺した事もないの~?」

「はい!」



 俺がこの世界に来るまでに殺した一番大きな生き物はゴキブリだった。それも直接スプレーをぶっかけて殺すではなく、ゴキブリホイホイに入ってたやつを処理しただけ。幸いこの世界では現れてないようだが、それこそ不潔のシンボルのような存在を見る事はなくてほっとしている。まあいずれにせよそんな風に「殺す」と言う概念からも、ましてや血からも遠かったのが俺たちだ。

 正義とか悪とかじゃなく、ただただ当然の理屈として染み付いていた。




「村を荒らす魔物だとわかっていても、斬った後はこうなった。それも二日もだ。それに比べればあるいはマシになったかもしれない。まあ悪化しているとも言えなくはないが」

「悪化じゃないわよ、この世界になじんで来ただけ。例え他のクラスメイト、この世界にやって来た人間たちがあなたを殺人犯とか責めても私は守る。この世界に必要な秩序、必要な事のために戦ってるんだから」


 戦わなければ生き残れないとか言うけど、

 俺らの戦いは陸上であり、学問でもあり、恋愛でもある。それらの戦いに勝てなければ幸福は得られないし、まず生き残れない。


(この世界だって何にも変わりゃしねえな……変わるのは手段だけだ)


 頑固さと人の良さを兼ね備えたようなサンタクロース的な白ひげを生やしているライドーさんだって、それこそ木や山との戦いを繰り広げて来た。いろいろ痛い思いもし、そうして今まで生き残って来た上で町の顔役とまで呼ばれる地位も得た。


「上田君は弱くない。なぜこれまでそんな痛い思いをして来なかったのかわからないけど、それでも痛みを知ることができたんだから」

「そうか」

「私はさっきも言ったように上田君を守る、つらくなったら私が甘えさせてあげる。あの時のお返しだし」


 今の大川は本当に大きい。この大きな人間がそばにいる限り、俺は安全だ。戦闘能力とかじゃなく、いざって時は思いっきり泣きごとも言える。


(セブンスには悪いけどな……)


 この間ずっと魔導書を読みふけっているセブンス、彼女はあくまでも俺のために尽くすべく必死になっている。そんな彼女に泣き言を言えば、受け止めるだけじゃなく暴走しちまう。

 大川にはその心配はない。


「それで、魔法の方は」

「もうちょいなんだよねー、でもこれ相当な力がないと難しい魔法だよ」

「覚えるのは簡単だって」

「じゃからな、この魔法はひとりぼっちだと絶対に役に立たん。二人以上いたとしても、よほどの剛の者か信頼されている者でないと使えるそれではない。まあ彼女は本当に懸命な子でな、ああついでにこの洞窟を必死にきれいにしてくれた」

「実にセブンスらしいですね」

「お酒ダメなのはわかるよー、私これでも液体には強いんだから」


 ライドーさんは重々しい事を言いながら目は笑っている。


 セブンスもまた、俺の事を信じている。俺のために魔法を覚えようとしている。その姿は正直いつもよりキレイだ。赤井や市村までも、セブンスをじっと見ている。そんで酒乱がわかるだなんてどんな力だよとか言うのはさておき、セブンスはあくまでもセブンスだった。







「とりあえずセブンスが魔法を覚えるまでここに籠るか」

「それはまずいと思うであります」

「ええ!?」

「どうしてだ!?」


 それでようやく気持ちの落ち着いた俺は待機を提案したが、赤井は却下と言わんばかりに小指と薬指を立てた。ずいぶんと強硬な拒否の姿勢に俺以上にライドーさんが驚き、俺も連鎖反応的に驚いた。



「あの白狼は死んだ途端に茶色の狼に戻りましたであります。おそらくは魔力で力を与えられたと考えるべきであります」

「何それ魔物じゃないじゃない!」


 市村も大川もうなずいているし、オユキも驚いている。

 全く落ち込んでいて()()しか見てなかった俺は気付かなかったが、確かに魔物ならば死体も残さず消えるはずだ。と言うか魔物ならば血は赤くないはずだ。


「それってオワットと同じ」

「何者かが魔力で力を与えた……」

「そうなるであります、それほどの魔力を持った存在……」

「まさかロキシー村長だってのか!」


 赤井が真顔で親指と人差し指を立てると、洞窟の中に白いため息が立ち込めた。




(姉が弟の家に行くこと、いや伝言を頼むことをとがめるやつは誰もいない。俺としたことが村長がミミさんの家に俺らが入った事を突き止めるのは簡単だって事に気付けなかった……)


 おそらく村長は俺らがかなり早くミミさんの鍛冶屋に入ったのを察知し、俺らが()()したのを既に理解しているだろう。ミミさんの言い方からするとロキシー村長は一刻も早くオユキを消したがっている。


「あの村長はとんでもない召喚魔法の使い手だ、他の魔法を覚えていても不思議じゃない」

「するとここに籠っていれば袋小路か」

「確かに籠城しやすくはありますが、それでも向こうは飽和攻撃が可能であります」

「出るしかないか……」


 敵戦力がどれだけあるかわからない。百人なのか、千人なのか。ましてやこの土地はどう考えても俺らに不利だ。


 出て行くのは確かに危険かもしれないが、出て行かない訳にも行かない。出て行って、できるならば巨人を出させ、その上で倒したい。



「なら私も出る!」

「オユキ!?」

「あの小娘オバサンは私を狙ってるんだから、私がいなくなれば満足するから!」

「ちょっと、出るって!」

「この村の事、私好きだから……」


 そんないちかばちかの戦いに、当事者のようで当事者でなくなっていたオユキが割り込んで来た。

 確かにもしここから今すぐ彼女が出て行くのであれば、決してロキシーは無理矢理命を奪おうとしないかもしれない。しかしその先に待つのはおそらくこの村の滅びだ。ロキシーが生きているぐらいまではいいとしてもその先の破滅は不可避になっちまう。オユキにもライドーさんにも許せねえ話だろう。


「でもセブンスは」

「万一の時はわしに任せてけ、嬢ちゃんは守ってやる」

「ライドーさん!」

「お前さんたちに比べれば大した事もないとは言え、これでも一応冒険者の末端。その名に懸けて弟子は守ってやるわ」


 ライドーさんもまた目を輝かせてる。



 ああ、ライドーさんは木こりであると共に冒険者でもあり、同時に魔導士でもあるんだな。ましてや魔導士、たった一つの魔法しか覚えられなかったとは言えそれを受け継げさせられるたった一人の存在との出会い。何よりも大事な宝物であり、非常に大事な縁なんだろう。


 弟子と言う単語にわずかに反応しながら書を読むセブンス。ここまでいろいろ動きがありながらも何の反応もないほどに集中している愛弟子を守りたい。やっぱり実にきれいだ。


「では行くぞ!」

「参りましょうであります!!」

「私が付いてるから安心して!」

「お爺さん、セブンスちゃんをよろしく!」

「行くぞ!」



 俺たち五人の男女は、木を伐るための斧を武器に変えようとしている老人の決意を感じながら洞窟を出た。

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