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ぼっち伝説Ⅴ

 ぼっちだった俺にわざわざ絡んで来る人間、ましてや異性はほとんどいなかった。


 先生でさえもけっして俺に親しくしようとせず、どこまでもビジネスライクにただ一人の生徒として扱うだけだった。男だとそんな事はないのだが、女だと還暦間近でもそうだったのだ。




 そうしてぼっち生活を送っていた俺に唯一絡んで来た女と言うのが、三田川恵梨香だった。


 彼女は俺の前でわざとらしく深呼吸をし、親指を立てて去って行く。無視しても無視しても同じ事を続け、時には肉体的に接触するギリギリの距離まで寄りそうになる。




「何やってるんだよ」

「空気がおいしいから、それだけよ。濃い空気がここにあるんだから」


 さすがに意味不明すぎてつい聞いてみたらこれだ。俺みたいなぼっちでさえも、そのぼっちである事を強調してぶん殴りにやって来る。

 他に何かする事はないのかよと言う言葉を吐き出すのが時間の無駄だって事は、みんなとっくにわかっていた。


 それをした所で、三田川と言う女は絶対に退かない。反省しないのではなく、反省した上でなお自分を磨き自分を大きくしてさらに押し潰しにかかる。

 教師が三田川について強く言わないのは事なかれ主義だからではなく、そういう方向でも努力をしてくれればいいかと言うある種の教育方針なのだろう。


「それで次は確か数学だったよな」

「そうですけれど。まったく、体育の授業が毎回長距離そうならばあなたはどれだけ幸福なんでしょうね」


 当たり障りのない事を言ってもこうなる。言っておくは俺はあまり数学は得意ではなく、苦手教科はと言われれば数学と言うほどには苦手だ。ちなみに得意教科はと言われれば日本史と答える事にしている。


 俺は小学校の時からぼっちであり、それによりいじめられた事も()()()()()()()、俺自身まったく気にならなかったからすぐ諦めてくれた()()()。これほどまでに、と言ってもほんの三ヶ月ほどだが執着して来るのは三田川が初めてだった。




(なるほど、人間ってこうすれば孤立できるんだな……)




 自分では目一杯肩ひじ伸ばしているつもりなのかもしれないが俺自身には響かないし、そして周りの奴らの反応を見るまでもなくこれはダメな事だってのがすぐわかる。


 赤井を見れば「ニート予備軍」、大川を見れば「ウドの大木」、持山を見れば「ゴミ屋」。平林にいたってはそれこそ「ちょっと」で、ほとんど犬扱いだった。


 あのやり方からするとさしずめ俺は「空気」だって言いたいんだろうけど、その空気を不快にしているのはどこの誰だって話でしかない。




「あら河野、あんたこそそろそろ本気を出したら?」

「あまり調子に乗ってるとその内やられちゃうよ。って言うかやられた時が痛いよ」

「やられたって言うんならばこの前の小テストで十分やられたから、あんなデブオタに負けるだなんてそれこそ屈辱よ」

「まあね、争いを経験するのは悪い事じゃないからね。そうやって歯を食いしばってこそ人間強くなれるよ、まあむやみやたらにそんな機会作るもんじゃないと思うけど……」

「まあ河野も悔しかったら頑張る事ね、あのデブオタに負けないようにね!」


 河野は「河野」だったが、それでも三田川に河野の言葉を聞いてると言う調子はない。


 と言うか、はたから聞いていてもらい事故に遭った俺の方がよっぽど痛かった。


 なぜ俺は痛い思いができないんだろう、そんな変態じみた事を真剣に考えるようになったのは中学二年生のころで、すぐさま陸上に逃げて誰かに負けてああこれが痛い思いなんだろうなって納得して逃げ出していた。


 でも本来なら悲しいとか悔しいとか思うべきはずなのに、なぜか不思議なほどそういう感情が出なかった。湧き上がるのは強いなあとかすごいなあとか言う前向きなそれだけで、闘志が湧いたとしても「次はタイムを伸ばそう」でしかない。まるでそういう思いをしてはいけないみたいだ。


 確かにそんな思いをするのは辛いけど、そんな思いをせずに過ごすだなんて不可能だって事ぐらいはわかる。柴原コーチだって、故障して走れずマラソン選手としての道を諦めてこの方向へと進んだぐらいだ。



 とにかく三田川が珍しく気色ばんだように顔を赤くして立ち去って行くと同時に、河野もばつの悪そうな顔で離れて行った。



 そんなんだから、三田川にははっきり言って友だちなんぞひとりもいない。それでも自分だけで何でもこなすから大したものではあるが、筋金入りのぼっちであるはずの俺、十年間河野以外に登下校時に声をかけてくれた同年代の異性がゼロの俺から見てもあまりにも彼女は孤独に見えた。

(自分だって同じ孤独だから俺に目を付けたとでも言うのか……?まさかな)

 あるいはあんなやり方とは言えわざわざ俺に絡む時点でああそうなんだろうとか勝手に納得もしたが、だとしても我ながら何様なお話だろう。


「そうやってあちこちに喧嘩を売ってばかりいるとむやみに敵を作ることになるわよ」

「敵?別に敵の一人や二人いてもいいと思うけど、敵もなしに世の中を渡れるとかそれこそお花畑思考じゃない。どうせ敵なんて社会に出れば山といるんだから」

「世の中には敵でも味方でもない存在なんて山といるはずよ。そんな存在をわざわざ敵に回すような真似をやめなさいって言ってるだけ」

「ああそう、肝に銘じておきますからー。ったくウドの大木でも時には実りがあるのねー」


 そんな三田川を必死に諫めるのは大川ぐらいだった。学級委員長の前田松枝でさえも諦めてしまった存在に対し、必死に言いすがるその姿は、意地になっていると言うより、不思議なほど暖かい上から目線。


 みんなにするのと同じ、暖かい上から目線。


 その上から目線が癇に障ったのか大川にさえそんな物言いをやめない三田川は、今日もまたその物言いを正当化させるために努力を重ねている。隠す事などせず、ただじっと努力している。



 二人とも本当に強い女だった。

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