血で目覚めた俺
「またどこかケガでもしたんですか!」
「いや、どこも……」
オユキの洞窟へと入った俺は、何も言わないまま座り込んだ。今度は立ち入りを許された赤井たちに見下ろされながら、テーブルにもたれかかる。
魔導書に集中していたセブンスを邪魔しながら、派手に甘ったれる。
「ちょっとセブンスちゃん、ちゃんと魔導書読まないと」
「ああはい、でもユーイチさんが」
「いいんだよ、俺は少しこうしてればすぐに元気になるから……」
今の俺が何が欲しいのか、それはわかっている。
ミミさんの作る丈夫な小手、いやできれば全身を覆う鎧。どんな攻撃でも傷一つ受けないような奴。
もっとも、それこそ伝説のアイテムだ。勇者様がこの世界にいるのかどうかはわからねえけど、そんな人間でもなきゃ絶対に着られない代物だろう。
「ねえユーイチ、何があったか知らないけど、そーゆーのいちいち気にしてちゃダメだよ」
「……今は笑えない」
「そう?そんなに落ち込んでるの?三人ともお友だちなんでしょー」
「正直な話、お友だちになったと言えるかどうか」
「それを通り越しちゃった気はしないでもないけどね、まあそのね、でも二人は」
「まあ、そういう関係で間違いないであります」
オユキのダジャレも、市村の戦友と言う意味ならばと言わんばかりの返事も、大川の照れてる事が丸わかりの物言いも、赤井の良い意味で平板な物言いも、全部耳に入らない。
「なあ、お前たちどれだけ殺した……?」
「このひと月、冒険者として何十人の山賊を斬り、魔物も斬った」
「私も市村君ほどではございませんが十数人ほどは」
「どれだけの血を見た?」
「それはもう、かなりの血の量を。遠藤が山賊の頭を文字通り真っ二つにした時は小屋の中が血だまりと化してな」
「遠藤君の恐ろしさを痛感したであります……」
「さっきも作っただろ、血だまりを」
白狼の死体は、今でも山道に残っている。
ここはファンタジーRPGみたいに、死体がすぐさま消えるような世界じゃない。人間にせよ獣にせよ死体は残る。魔物の死体は残らないようだが、それでも血は出るし血だまりもできる。ましてや人間や獣なんてなおさらだ。
「俺はな、血を見てようやく活力を取り戻した。お前たちから血が流れるのは嫌だと言う思いだけで無理矢理に体を動かした。いや、そんなのは言い訳だな」
「死体から出る鮮血を見て目を覚ました自分が嫌いになったのでありますか?」
「ああ、赤井の言う通りだ。狼一匹に傷つけられてあんなにおびえてこんなになり、そのくせ狼から出た血を見て元気を取り戻す…………」
あんな大量の血なんぞ見た事もない。人殺しなんかした事もない。そんな人間が日本の高校生の中では、いや日本人の中では99.9999%を占めていたはずなのに、自分がその中からぼっちになって行く。
肉屋?畜産農家?あんな風に食肉もならないようなぶつ切りなんかするわけあるかい、ましてや人間など切った事がある奴がいるかい。
「しょうがない事なんでしょ」
「しょうがないって……」
「だからしょうがないんだって、やらなきゃやられてたんでしょ?」
「でも俺は……」
「私はまだゼロなの、恥ずかしいわ」
「……は?」
ゼロ、すなわちまだ誰も殺していない事を恥ずかしがる大川の声に摘まみ上げられるように俺は頭を上げた。
言葉相応の恥ずかしさを顔から滲み出させながら、俺どころかライドーさんよりも大きな体を縮こませようとしている。
「やれやれ、ウエダユーイチとか言ったか?」
「ライドーさん……」
「お前さんは実に恵まれておる。この大柄のお嬢さん、本当はわしと同じく人殺しなんぞした事もないお嬢さんの優しさと来たら、本当に見事な物じゃ」
そうだよな。
大川博美と言えば、柔道部のエースであると同時にとても真面目で世話焼きな女子だった。子どもの頃から礼儀正しく育てられ、それを当然のこととして育ってきたような女子だ。
こんな風に人殺しを行い、その成果を見て安堵するような男を好きになる理由なんか一つもなかったはずだった。
俺はまた、学校の中の大川博美を思い出していた。




