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血の目覚め

 狼だ。しかも白狼だ。


 その事に気付いた途端、足が動かなくなった。




 犬は好きでも嫌いでもなかった。だが狼は、正直嫌いになった。




 なぜかわからないが傷を付けられた。この世界でもど素人の俺が渡って来れたたったひとつの武器を打ち砕かれた。


「白狼は普通の狼より強いの?」

「あの白狼がオワットにより力を与えられた物だとしたら間違いなくそうでありましょう、そうでなければまた話は別でありますが」

「まあ、油断大敵って事だな」


 三人は十匹ほどの白狼に歩み寄って行く。




 だが俺の足は動かない。後ずさりさえしようとしている。




(どうなってるんだよ、どうしてあれほどの事を潜り抜けておきながら……!)


 これまで俺は一体どれだけ人間の死体を重ねて来たんだ?それがたかが狼のために、魔物のためにひるんでどうしようって言うんだよ!




「俺が斬る!赤井は大川の回復を頼む!」

「わかりましたであります!」


 大川は自分が狼との戦いに向かないとわかりながらも構えている。戦う人間の背中をしている。学校で見た人間の背中だ。



「コノヤロー!!どいつもこいつも俺がぶった斬ってやる!!」



 一方俺はやけくそのように叫ぶが、足は歩くようなスピードでしか動かない。陸上部の面目もないような、と言うかこれまで奪った命に申し訳なくなるような鈍足だ。


 手も動きが悪い。もう痛みなんかないはずなのに、一体どうしたって言うのか。


「くそっ……!」

「上田!」

「狼め!」

 

 真っ先に突っ込んでいたはずの俺が、おこぼれ狩りすらできないでダラダラと背中を眺めている。

 みっともないとわかっているのに、なぜこうなる?


 白狼たちは俺を無視し三人に襲い掛かる。


 挑発にもならねえような負け犬の遠吠えばっかり叫んで、それで甘く見てくれたらとか頭に血が上ってくれたらとか都合のいい事ばかり考える事しかできない。




「おいこら、聞こえてるのか、お前らの相手は俺だ!とっととかかって来い!」




 白狼たちの頭の上の耳は飾りだと言わんばかりに、市村と大川にばかり襲い掛かる。赤井よりさらに後ろで突っ立っているだけの俺の事は目に入らない。



 腕が震える。足も動かない。後ずさりと全身の速度が同じになってる。

 1-1=0だって事かよ……!



 剣を右手だけで握りながら、左手で頭を叩く。


 どうしたんだよ俺の脳味噌、お前の頭の中には百人単位で人を殺して来た記憶はなくなっちまったのか!今更そんな事で逃げるような弱々しい弱虫の記憶しか残ってねえのか!




「上田君!」

「……チクショウ、チクショウ!!」




 なんて俺は情けねえ男だ、こんな姿セブンスには見せられねえ、三人を戦わせて震えてるだなんて……!




 ああ、市村の剣が白狼の首を刎ねてる。そうだよな、いちいちかっこいいよな市村は。それに引き換え俺はなんて……実りもしないのに首を垂れ、うつむいて倒れ込みたくなった。



 真っ白な雪、いや真っ白だったはずの雪。




「血だ……」


 その雪の上に落ちた赤い染み。




 そうだ、血だ。ここでこれ以上ひるんでいては三人の血が流れる!




 何をひるんでるんだ上田裕一、俺は上田裕一なんだよ!魔物も山賊も狼も斬った上田裕一なんだよ!




「この野郎!!」




 俺の足がついに動き出した。赤井も、市村も大川も追い越し、白狼の群れに飛び込む。



 俺にはチート異能があるんだぞ、当てられるもんなら当ててみろ!


 最初からこうすれば白狼がいくら襲い掛かろうとノーダメージだったはずだ。それを俺はあそこまでみっともなくもたついて無駄に力を使わせた。



 馬鹿馬鹿しい、ああ馬鹿馬鹿しい!



「上田君……」

「喰らえ、喰らえ!」

「とりあえずは上田に集中している敵を狩って行く。赤井はいつものように俺らを回復させろ、大川はとどめを刺す役に専念してくれ!」



 仲間の前で醜態を見せた俺、そのために俺は戦う。その仲間の血を流させないために、俺は剣を振るう。



 白狼たち、あのオワットの配下だった白狼とほとんど同じ強さの白狼。落ち着けばなんてことはないはずだ。

 俺が囮として敵を引き付け、そして襲ってくる敵を疲弊させるか隙を作らせ、その後ろを三人が守る。それだけの事のはずだ。


 なぜそれができなかったんだろう。


 やけっぱちのように剣を振りながら、まぐれ当たりで狼の毛皮を切り裂く。そしてそれを繰り返し、死体の山を築き上げる。


 また血が流れる。

 既に慣れてしまった戦闘の光景だ。




 白狼は、俺が動き出してから三分ほどで全滅した。


 慣れっこになってしまったから、決着を確認しても何とも思えなかった。







「お前、なぜ……」

「本気で狼が怖かった。足がすくんでいた。あんなかすり傷なのにな。そんな傷お前らはしょっちゅうだったくせに俺はあんなんで」

「いや、上田君はそういう力があるんだから、だからしょうがないでしょ。何でも一人でしょい込んじゃダメよ」

「ああ……」


 市村が呆れ、大川が心配する中、赤井は何も言わずに俺を見つめている。


 何も言い返せない。それだけの真似をしたんだから。

 何も言い返せない。俺が弱い所を遠慮なくさらけ出したんだから。




 目の前の原因だけぶち壊す最悪の対処療法を取ったの俺の体は、なお重たくなった。

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