ゴーレム
「……まったく、何事かと思ったら本当に行って来たのか……それであのお嬢さんはどうした?」
「セブンスちゃんは二人の所に残ってます。何でも本を読みたいとか言って」
俺たちは四人で鍛冶屋へと戻り、いきなりミミさんの後ろへと回り込み、無理矢理担ぎ上げて奥の住居空間へと連れ込んだ。
その上に必死に小声で喋ってくれと頼み込む無茶苦茶な俺たちに何の文句も言う事なく、ミミさんは極めて素直にこちらの言う事を聞いてくれた。
「まあな、俺だって姉貴にはわかってもらいたいんだよ、本当のことを言えばさ。
確かに俺はああやって鉱山を掘らせたり木を伐らせたりすることによってこの村がどんどん発展していくのを見て来た。俺の収入だって十年間で五倍になったよ」
「そうですか、でも」
「俺が金使ってないように見えるか?ああ、使ってないよ。せいぜい酒の量が倍になったぐらいだ」
具体的な額はともかく、この部屋にある生活用品はセブンスやオユキが持っているのと比べてもさほど差はない。それから新しさもなく、はっきり言って孤児であり俺を養っていたセブンスかそれ以下だ。
あるいは見た目じゃわからない価値があるのかもしれないが、いずれにせよ金を使っているようには見えない。商売道具も古びていて、それにさえも金をかけているように見えない。それぐらい金をかけろよとか思いたくなるけど、まあそんなのはどうでもいい。
「とにかくだ、お前らもしかして姉貴と戦う気か?」
「ええ、できれば口で止めてもらうように言いたいんですが」
「無理だな」
「そんなあっさり言わなくても!」
「姉貴は頼んだんだぞ、そのオユキを何とかしてくれと。
オユキの方は妥協できても、姉貴は妥協できねえ。あんな優しそうな顔してるけど、姉貴は俺より数十倍勤勉で、激しい女だ。俺だってもう二十七なのに結婚してない以上人の事を言えないが、この年なのに独身だってのはそういう事だと考えろよ」
実に優しそうな顔をしながらその実は村のために、全てを尽くそうとしているらしい。たぶんこの世界の二十七歳だなんて行き遅れってレベルじゃねえはずなのに。
(好きなんだろうな、この村が。でも、そのやり方は駄目だろ……)
ロキシーって人もまた、ひとつの事のために他のすべてを犠牲にしているのかもしれない。そして、自分の悪評をまったく恐れていない。
ましてや二人とも独身、すなわち文字通りのふたりぼっち。
「危険ですね」
「やはりそう思うだろ?」
「遠藤君の事を思い出すでありますな……」
「あんな人じゃなかったはずなのに、すっかり自分の正義に引きこもっちゃって」
「これは彼女自身のためにも彼女を止めなきゃならない!そうだな!」
ずいぶんとカッコイイ声だ。
単純な握力で言えば大川以上、この四人で第一位の顔と腕力をした市村のイケボに、大川だけでなくミミさんまで感心した表情になっていた。
「赤井、お前正直どう思う?」
「市村君は一番一撃の威力が高いのでありますから、上田君はそれとは方向が違う意味でのエースであります」
「私は?」
「大川さんは、まあその一騎打ちならば一番強いと思うであります。しかし今度の相手は巨人、いささか分が悪いかと……」
「本当ままならないわよね、何もかも……」
大川のチート異能は戦闘向きじゃない。
あくまでも柔道と言う名の天然の力が彼女の戦闘能力の全てだ。もちろん対人戦ならば相当な力を発揮するが、四足歩行の動物が相手だとうまく行かないのはさっきわかった。巨人もまた等身大の相手じゃない。
「お前さんたち、酒は」
「「「「飲めません」」」」
「ああそうかい、実は姉貴もそうでな。その代わりのようにお湯はたくさん飲むんだよ、最近じゃ早熟茶も飲み始めたけどよ」
「お茶も高かったんでしょう……」
「ああ、俺だって村長の息子のくせに茶を飲んだのは十三歳の時だよ。茶碗一杯に銀貨一枚払ってさ。その時はこんなうまいもんがあるのかと感心したよ、酒を覚えてからは上書きされちまったけど。
まあそんなだから最初の数年は賛成してたし、そのためにたくさん手伝いもした。師匠も、五年前に亡くなった師匠もその事を素直に喜んだまま死んじまった」
「その師匠さんって」
「ああ、あの爺さんより三つ下なだけだ。やっぱり独り身で俺を息子のようにかわいがってくれたけどな、ついでに姉貴とも仲良かったし」
「ライドーさんは!」
「落ち着くであります」
師匠様の顔って奴がどんなんなのかはわからない。発展していく村を見て、幸せなまま死んだのかもしれない。
そう聞かされてつい身を乗り出しちまった俺だったが、赤井に襟をつかまれた。まったく、本当に動きが速い。
「あのライドーの爺さんは最初っから姉貴に対して冷めた態度だったな、それで村の中では元々結構頼れる存在だったのに相当落ちぶれててさ、冒険者登録したのも小銭稼ぎとか言われてな」
「でも木こりとしてそれなりに稼ぎ、副業で冒険者ともなれば」
「ライドーの爺さんだって金にこだわる性格じゃねえのはわかってんだろ。冒険者とか言ってもせいぜい鹿狩りや狼狩りだ。姉貴にしてみりゃ抱き込んだつもりだったのかもしれねえけどさ」
依頼と言ってもそれこそ鉱山の採掘や木こりの手伝いなどで、報酬は銀貨十数枚だったらしい。それもほとんどの場合すぐ飲んじまうらしくて、文字通りのあぶく銭稼ぎがせいぜいらしい。
それでもまあ一応はXランク冒険者である以上、それなりに箔も付いてるとは言える。
「そういう抱き込みはたくさん行われていたのでありますか」
「だな。あの時もあらかじめ古い家を襲わせ、壊していた。オユキはあの巨人に全くかなわず逃げ出し、これにより姉貴はまた一段と村の中での信用を勝ち取ったよ、魔物を制御して魔物に勝ったっつー事でな。俺だってさ、あの石の巨人を見た時はマジでビビったよ、お前ら勝てるのか?」
「ゴーレムでありますか……」