ぼっチート異能と交渉術
「で、結局何も作ってもらえなかったでありますな……」
「しょうがないでしょ、武器や防具のオーダーメイドなんてそれこそ採寸が欠かせないんだから」
「しかしいいのか、赤井も市村も」
「私はとりあえず満足しているのであります」
「いつ壊れるかわからないんだよ、そういうのってあまりにも油断しすぎじゃない」
剣とか盾ならばまだしも、今回俺が求めたのは小手だ。小手なんてそれこそ手に合わなければ何の意味もありゃしない。
それで大川は実に大川らしい物言いをする。ゲームとかだと武器って壊れない事が多いけど、そりゃ武器だってしょせんは消耗品だ。何をやっても壊れないとか、それこそ伝説の武器じゃないか。そんなもんがそこらへんにあってたまるかい。
「でさ、本当にこの鉱山道でいいんだよな」
「ロキシーさんはオユキって魔物を退治してもらいたいんでしょうから、ウソを教える意味はないと思います」
「セブンスの言う通りだな、とりあえず行ってみよう」
もし雪が降ってなければ石積みがあったり地面に木が並べられて道ができていたりしてわかりやすかったらしいが、今こうして歩いているとただの白い地面でしかない。鉱山と言うからには鉱石を運ぶトロッコとかもありそうなもんだが、それにしても真っ白だ。
「寒い?」
「まあな、正直予想通りの寒さだ」
「赤井も市村も、ちゃんと気合い入れないとダメよ」
いちおう靴に水が入り込むほど深い雪ではないが、やはり寒い。
だが、ハンドレさんがくれた毛皮のマントのおかげか横浜で降る雪とほぼ同じだったせいかわからないが、いずれにせよ見た目以上の寒さを感じる事はなかった。俺の秘密を知っている大川はさっきと同じ調子で赤井と市村をたしなめる。これはもう、こういう習性なのだろう。例え俺の事を何にも知らなくても、ああだこうだと指図をする。世話を焼く事が道楽になっている。
(セブンスが必死になって学問や仕事をする中、大川は必死にその面倒を見る。俺のようなだらしない親父のために。もしそれを不幸だと呼ぶんなら不幸なのかもしれねえけどな)
俺のチート異能だって大川のやり方だって、いくらでも非難しようと思えば非難できる。
非難した所で何が変わると言うのか、何が良くなると言うのか。その答えもないくせに非難だけするような奴は絶対に好かれない。少なくとも俺は好きにならない。
さて鉱山との分かれ道を過ぎなだらかな下り坂に入ったころから、吹雪になって来た。相変わらず俺は必要以上の寒さを感じないが、ふと上を見ると妙に空が青い。
その吹雪の中で目を凝らすと、入り口らしき穴が見えた。俺の背丈の倍ぐらいの高さと幅のある、鉱山よりもでかそうなほら穴だ。
「完全に人工的な吹雪だな」
「オワットのようにでありますか」
「まあそうだろうな。とりあえず話が通じればいいんだけど」
俺たちの名前がどれだけ雪女に知られているのかとか言う理屈をこねる気もないが、五人もの冒険者がこうして喧嘩を売りに来れば誰だってそうする。
「交渉の余地はあると思う?」
「俺はあると思うな。ミミさんの言葉によればオユキとライドーさんは共闘関係を張れる間柄だ」
「確かにそうだな。でももしそのオユキがライドーさんを、って事になったら残念ながら話は別だがな」
オユキがどんな魔物なのか、あるいは魔物でないのか、俺らは把握していない。
百聞は一見に如かずでもないが、ロキシーさんとミミさんって言う二人の印象が真反対に近い以上、どっちも鵜呑みにはできない。
「だからこそ私は行く、上田君と一緒にね!」
「大川……!」
「私はパッと見なら丸腰、それほど警戒されないはず!」
「いいえ、私の方が弱そうです、と言うか実際に弱いのは私ですから!ユーイチさん、私と一緒に来て下さい!」
いつのまにか俺が行くのは確定事項になっているらしい、ってのはいいとしてもなぜまた俺の取り合いになるんだろうか。
(本当、赤井や市村じゃあるまいし……!)
同級生と異世界の少女、二人の女に挟まれて取り合いになる事だなんて初めてだ。ましてや弱さ比べとか言う戦い方など体験した事もない。
「男たる物、好意を向ける女性をないがしろにしてはならぬであります!」
「赤井の好意ってのはそういう情報でしょ」
「それは人それぞれであります」
両側から手を引っ張られそうになり、さらに大川と赤井の間にまた不穏そうな空気が立ち込め出したのを察した俺は、一つの決断をした。
「あっちょっと!」
単独走だ。
逃げてるだけとも言うが、それでも自分だけ攻撃を受けると考えればあまり腹も立たない。
確かにあの時相当に痛くて怖い思いもしたが、セブンスも大川も、もちろん赤井も市村も傷つけない方法としてはこれしかなかった。
そんな俺に向けて、氷の塊と言うか氷のひし形が飛んで来た。ぼっチートがあった所で避けられる保証はない。
(だがここでむやみに剣を抜けばなおさらあおるだけ!)
俺は走り慣れない雪道を走った。一発、二発とかすりそうになるが、それでも構う事なく進む。陸上部の意地だ。
「危、なっ!」
その俺の耳にまとめて襲い掛かって来たのは、セブンスの叫び声と、セブンスの剣を抜く音と、セブンスの剣が氷のひし形をはじき返す音。
そして、セブンスが走り込んで倒れる音だった。
「セブンス……」
「ごめんなさい、つい……」
「その剣は私が預かるから、ここは上田君を信じてあげましょう」
ったくちとしょいこんで突進したつもりがこの始末かよ……我ながら情けねえ。
まあとにかく進むしかない以上、まっすぐ進むのをやめてセブンスたちと別の方向に向かって走り、彼女の攻撃を自分に向かわせることに専念した。
視界が徐々に怪しくなって来るが、それでも走る。ゴールは見えているのだ、それほど難しい話でもない。
「どうして、どうして!どうして当たらないの!」
雪女らしき声が響く。
しめたと判断した俺は、剣をさやごと握りながら、一気に加速した。
「来るっての!」
————そして、さやごと両手で握りながら前に突き出した。
「えっ何?」
「俺はお話をしに来たんだ!これでわかってくれるか!」
「じゃあそれここで捨ててよ」
「了解!」
声しか聞こえない相手に向かって、さやごと剣を落とす。丸腰になった俺と、攻撃を当てられない彼女。これで関係は同じはずだ。
「おいおいオユキ、あまりにもおびえすぎじゃぞ……」
「ああごめんなさいおじいさん、わかりましたー」
ライドーさんらしき男性の声にほっとした俺は深くため息を吐き、ついでに日本人らしく頭を下げた。
「キミが……」
「オユキよー!」
真っ白な着物、ではなくワンピース。そして髪の毛も銀髪でお団子ヘア。背丈はセブンスと同じぐらい。
彼女こそ、紛れもなく雪女だった。