弟のミミの懸念
けだるそうに頭を掻きながら、テーブルに足を投げ出している。
顔は金色の無精ひげが目立ち、髪の毛は坊主とまでは行かないけどかなり短い。おしゃれのために切ったと言うよりは、どっちかと言うと仕事に邪魔だから切ったって感じだ。
「なぜここに?」
「村長さんの弟だろ?それに武器屋である以上そういう代物だってあるはずだし、まず装備を整えなきゃしょうがないだろ、なあ」
村長邸から数分ほど適当な事を言いながら歩いてたどりついた俺たちに対し、村長の弟さんはそっぽを向いてキセルから煙を吹き出す。タバコですら過去の遺物に近くなった俺らからしてみれば、まったく歴史の遺物めいた代物だ。
「あー、あんたら何だい?もしかして姉貴から?」
「そうです、村長さんから雪女退治を頼まれまして」
「そうかい、それでまた俺に何の用だい?」
「装備を作って欲しいんです」
「ああそうかい」
村長の弟さんことミミさんは、斜め上を向きながらため息を吐く。
職人気質的な、認められれば全力でやってくれそうだけどそうじゃなきゃ何にもする気がないような感じだ。
「あの雪女とさ、俺ぁ昔酒を酌み交わした事があるんだよ」
「えっ!?」
そんな人からの爆弾発言に、俺たちはそっくり返りそうになった。姉貴ことロキシーさんと言ってる事が全く違う。
それこそ村の生活を脅かすような魔物とそこまで仲良くしていただなんて、あるいはお酒ってすげえなとか思わない訳じゃなかったけど、赤井や市村でさえも微妙に動揺している以上この世界でもなかなかに特別なお話らしい。
「そのオユキ、まあ雪女だけどさ、そいつはまあ雪だからよ、雪が溶けりゃ水になるんだよ、わかるだろう?っておい、何笑ってるんだ?」
「いやその、オユキってわかりやすい名前だなーって……ああすいませんすいません、話を続けてください!」
しかし雪女だからオユキ、こうも分かりやすく日本語的なネーミングもそうそうねえよなあ。本当、ファンタジー世界って言うか実に日本人が作りました世界って感じだ。つい口から笑い声が出るのを押し留め、なんとか話を元に戻さんと俺は必死に頭を下げた、
「ああすまない。それでな、彼女に言わせりゃこの村の連中は鉱山を掘りすぎだってな」
「掘りすぎ?」
「ああ、この調子じゃ予想の数分の一の歳月しか持たなくなるって」
「そんな!」
「まあ単純に、雪女ってのはそれこそ水や空気の中の冷気を栄養源としてるらしいからな、あまり掘り過ぎて嫌な液体が水の中に入っちまって体調を崩す事もあるのが嫌だってのもあるんだろうな」
「まったく、水の確保は大事であります……」
田中正造とかイタイイタイ病とか、教科書でやった。
そういう事態、いわゆる鉱毒がここでも発生し雪女を苦しめているらしい。ったく、魔物でさえもそういう現代病からは逃れられねえのかよ、ままならねえったらありゃしないな。
「って言うかさ、それならそんなに雪女が脅威になるとは思えねえけどな」
「そうなんだよ、なのに姉貴はやけに真摯に頼んで来てるだろ?」
「ええ……」
「姉貴はひどく手を焼いているんだよ」
「雪女とやらにか?」
「いや、ライドーって爺さんにだよ。俺が言うのもなんだけど職人気質って奴でね、俺の仕事は絶対に正しいって考えの人でさ、それで少しでも範囲をはみ出すと頑なに仕事をしなくなってね」
「しょせんは木も自然の一部、と言う事ですね」
そして鉱石も有限なら、木だって有限だ。切れるだけ切ろうものならそれこそあっという間にはげ山になり、産業が成りたたなくなる。変な所で自然に忠実だ。
まあとにかくそんな風に職人気質だから、ライドーさんは未だに独身で趣味は酒を飲むのと本を読む事だけらしい。
そんな男性がかなりの権力と言うか力を握っている以上、なかなか村長と言えども思い通りには行かねえ。年がなんだ性別がなんだって言うけど、どうしてロキシーさんが村長になったのか俺にはわからない。民主主義万歳とか言う気もないけど、やっぱりそういう正統性って奴はどうしても欠かせないはずだ。
「しかしロキシーさんってまだ若そうですけど」
「姉貴はな、元々このクチカケ村の村長の娘だった。もちろん俺も村長の息子だが」
「やはりその地位を親から」
「でもさ、両親揃って俺らが十五歳にもならねえうちに死んじまってさ、それで俺が目の前の金稼ぎのために親父たちが生きてる間にこうして鍛冶屋になった一方で姉貴は村長になったんだけどよ、そん時村の財政が非常に危ないことがわかっちまってな……」
「そうは見えませんけど」
「だからかなり人をかき集めて今までの何倍もの木や鉱石を掘らせ、そしてギルドの職員もその時ペルエ市から呼んだんだよ。俺だって必死こいて働き、こうしてタコもできちまった。
そのおかげで村の財政はかなり潤ったけどな……その時大きく反発してたのがそのライドーって爺さんだった。貧乏とか富とか以前に、無茶苦茶なペースでやっているとな。みんな耳を貸さなかったけど、それでどうしても必要以上の仕事をしようとしない爺さんをみんな煙たがってたけど、今こうして立ち直って見るといろいろまずい事も多くてな、最近鹿減ってるんだよ」
間違いなくロキシーって人はこの村を潤したやり手らしい。確かにクチカケ村の建物はみんな妙に新しい。この鍛冶屋が一番古いぐらいで、それとて築三十年程度らしい事を考えると正直古さを感じなくなってくる。
でもそのためにあまりにも一方的に開発を進め、他の動物にまで迷惑をかけてはそれこそ本末転倒だ。
鉱業に、林業、そして狩猟。この三つが全て失敗してしまえばそれこそこのクチカケ村は非常にまずいことになるだろう。
「あれ?そうだとすると」
「オユキとライドーさんって、争う意味がないような……」
「そうなんだよ。姉貴はもっともっとって言ってるけどさ、ここまで行ったんだからもうこの辺でいいんじゃねえかって俺は思うんだけどね」
ロキシーさんもミミさんも、どちらも村の事を考えている。その上にオユキって魔物とライドーさんにも何かありそうだ。
「まあ、いずれにせよ俺たちは」
「ああ、してくれ……どうか無事に帰って来ておくれよ」
ミミさんは再びたばこの煙を吐き出しながら、俺たちにごつい手を振った。




