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初めての打撃

「いかにも、これもまた我の力……!我が名はオワット……エノ将軍の無念、晴らしてやる……!」



 オワットと名乗った白狼、ミルミル村で戦ったあのエノ将軍の仲間……。まあ、今そんな事はどうでもいい。



「俺だって、いや俺らだってまだこんな所でつまずく訳には行かない……!」

「名ありの魔物とは、これはまた相当な大金になりそうでありますな……」

「何を言うか、貴様が、貴様らが魔王様のための我が糧となるのだ!」



 赤井がそんな事を言い出したのは余裕なのか戦術なのかはわからない。でも遠藤たちがそうなっちまったように賞金首狩りってのは西部劇でもあるように冒険者の基本だから、名のある魔物を狩るのもまたしかりなんだろう。


 そしてそれは魔王様に仕えるこの魔物だって同じ事らしい。魔物が冒険者ランクを知ってるかわからないけど、Vランクの二人やWランクの俺ならばあるいは大きな功績となるのかもしれない。




「行くぞ!」


 狼たちが三方から迫って来る。


 俺はいつものように、単騎突撃。


 市村は赤井と共に、大川とセブンスを守る。




 狼の群れが、次々と俺に飛びかかって来る。


 コートに守られていない手首やら顔やらを狙い、爪や牙を立てて来る。どんな剣よりも鋭そうなやつ、当たったら痛いどころじゃ済まなさそうな代物を次々と。俺に向けて来る。


「お前たち、狩れ、狩れ、狩ってしまえ!エノ将軍の無念を晴らせ、我と共にこの小僧たちを糧とするのだ……!」

「やってみろよ!」




 思いっきり毒づきながら、狼たちに向かって剣を振る。もちろん正確な狙いを付けられるぐらいうまいそれではなかったが、あまりにも目の前の敵が多すぎる。


 一部は俺じゃなく大川や赤井たちにも向かっていたが、それでも俺から比べれば数分の一の数だ。






「一匹、また一匹……!」

「なぜだ、なぜこうなる……!」




 適当に振るだけでそこに狼の毛皮があって、適当に突くだけで狼の喉を捉えている。まったく都合がよすぎる戦いがそこにあった。


 そして言うまでもなく、俺に狼たちの爪牙は届かない。




「おいこら、やる気があるのか?」

「うるさい……!」


 集まれば集まるだけ、狼の死体が増える。あまりにも一方的な戦い。


 虐殺、なぶり殺し、逆いじめ。たった一人の前に、狼たちはコボルド以下の存在として散って行く。




「やはり上田君は一人で戦っている方が」

「やはり?」

「いや何でも……」


 大川は元から赤井の事を好いていない。ましてやこんなに分厚いコートを着込み、本来は人間vs人間のために使う柔道と言う武道で戦うような存在にとって狼と言うのは実に戦いづらい相手であり、それこそ足手まといにしかならない現状がつらいんだろう。

 実際市村は四匹、赤井は二匹ほど狼を狩っているが、大川はゼロだ。と言うか、セブンスでさえも弱ったやつを一匹倒している。


 これだけでも力の差は明白だ。






 明白と言えば、気が付けば俺は三十匹以上の狼を狩っていた。


(うわぁ、すげえ血の量……)


 いつの間にか、この数日で人殺しにも慣れてしまった。

 あれほどまで血から遠い暮らしをしていたはずなのに、生きるためと言うお題目があったとは言えなぜ平気なのか、俺自身でさえよくわからなくなっている。




(「割り切るしかないのであります、全てはこれもまた運命だと……」

「辛すぎないか、それ……」

「そのまま死ぬか、精一杯生きるかの違いしかないのであります……」)


 でもペルエ市にいた時の夜、およそいつもの教室で見るのと別人の顔をして、僧侶と言うその気になれば教会に籠って生きていけそうなスキルを持ちながら弁を振るう赤井を思うと、今更逃げ出す事なんてできやしない。


 一体何人を斬ればいいのか、その答えはもうわからない。赤井だって、一つのゲームをクリアするのに何体のザコキャラを倒せばいいのかなんて考えないだろう。



(今の俺にはこれしか道はない……)


 罪悪感も何もない。

 この前の仕事で貯めた金で商売でも始めようにも、第一に俺はこの世界の事を何も知らないし、第二にハンドレさんの件があるようにそれだって決してのんべんだらりと過ごせる道じゃない。


 冒険者と言う名の人斬り。それが今の俺だ。人でさえ斬りまくらなければならないのに、獣や魔物を手にかける事に対する罪悪感が芽生えていては商売にならない。


 この狼たちが獣だか魔物だかはどうでもいい、どうでもよくないのはただそいつらが自分たちに牙を向けてくる事だけだ。



「バカな!一騎討ち同然だったからエノ将軍は負けたと思っていたが、集団でかかってもこうなのか!」

「だから、俺を傷つけようとするな、頼むからさ。魔王様とやらに言っといてくれよ、黒髪の人間を全員集めてくれないかってさ」


 低姿勢なのか煽っているのか、自分でもいまいちよくわからない。でも最優先事項を一刻も早く解決しようとすると、どうしてもこんなおまぬけな言い方になってしまう。




「まったく、大真面目なのが性質が悪い……だがこのオワット、魔王様のために貴様らを無傷で逃すわけには行かない!」

 

 ため息をつくように首を下ろしたオワットは、首を高く上げて遠吠えした。


 遠吠えに応えるかのように、また数匹の狼がやって来る。



「そんな数で大丈夫か?」

「うるさいわ、貴様を相手にしたのが間違いだったのだ!ならば貴様の仲間だけでもはぎ取ってやるわ!」

「ぼっちにするんじゃねえ!」


 オワットは体をバネのように収縮させ、俺の後ろにいた市村たちに向けて飛びかかった。

 俺はオワットの腹に向けて剣を差し出す。腹を突いてなぎ倒すつもりだ。大勢の狼が俺を狙って来るが、そこは俺の力(ぼっチート異能)で何とでもなる。



 牙も爪も、怖くはない。オワットを負傷させ、目の前のザコ狼を倒し、そして……








 とまで思案が行った所で、急に体に痛みが走った。




 血が出てる。オワットの血か?それとも狼たちか?




 そう思っていると、剣が急に重くなった。




「ええっ……!?」




 右の手の甲に、数センチのひっかき傷ができている。




 初めて、攻撃が当たったのだ。

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