山道を登る
雪山と呼ぶには雪はないし上り方もなだらかだったが、それでもダラダラと坂や階段めいた道が続くのは面白くない。
そして風はペルエ市と比べてかなり冷たい。
俺たちも毛皮コートを着込みながら歩く事となった。
「すごく暖かいわね」
「戦闘が起きなければ良いのでありますが、まあいざとなれば金策にも使えるでありましょう」
「確かにその通りだな」
冷たい風に当たらない。本当にいい代物だって事が俺にもすぐわかった。
文字通りの毛皮色をしたコート。本当にふかふかしていて、それこそ何百万単位の財宝かもしれない。そう思うとこの庶民は、どうしても使うのがもったいなくなる。
それに暑い。大川でさえ寒がっているのだから本当に寒いのだろうが、俺は不思議と寒さを感じない。むしろコートのせいで暑いぐらいだ。
「ちょっと、コートはそもそも何のためにあるのであります!私が言い出しっぺとは言え!」
「寒さに強いのね……」
「風が冷たくないのか?」
「なんかさ、そこまででもないんだよね、実際……」
当然の如く赤井は、コートを脱いだ俺にツッコミを入れて来た。市村も大川も、一人だけコートを着ずに平然と歩き出そうとした俺を奇異な目で見ようとする。
風は冷たくないが、視線が冷たい。
「ユーイチさんはすごいと思います!」
「ああセブンス、ありがとう」
「まあ取っておきたい気持ちはわかるし、まだそこまででもないってのもわかるけどね。これって防具にもなるんでしょ。ちゃんと使わないとダメじゃないの、ハンドレさんのためにも、ねえ」
セブンスは相変わらず無条件で褒めてくれるが、大川はその点厳しい。厳しいって言うか言葉が長く、それでいて理屈の通らない事がない。
(シーズンが冬だし、そこであんなユニフォームで走ってるから寒さに強いとかよく言われるけど、俺もまたそれなのかもしれねえな。って言うかこれってやはり……)
まさかこの寒さに害意がある訳でもないだろうが、と言うか害意があるから俺だけ寒くないのかもしれないが、だとしたらまた厄介な話になって来る。
「…………でもさ、残念ながらと言うべきか本当に寒くないんだよ」
「そうなんだ……まあね、柔道なんて結局は室内競技だからね……」
まあとりあえずは、屋外競技と室内競技の差のせいにしておく事にする。大川は俺の力を知ってるけど、赤井と市村にはなんとなく隠しておきたい。
見栄を張るつもりもないが、あんな事を言っときながら俺自身どうしてもこの力ってのに依存する気になれない。それこそ一大事の時に、相手の意気をくじくとかそういう機会じゃない限り頼りたくない。
(頼るも頼らぬもナチュラルにくっついちまった力だけどな……大川みたいにそもそも使う必要もなかったそれならいいかもしれねえけどな)
最初はこの世界に慣れると言う一大事。
次はデーンと言う町のチンピラとの命の奪い合いと言う一大事。
その後がコークやエノ将軍と言う強い魔物との戦いと言う一大事。
そして遠藤やミーサンとの戦いと言う一大事。
一大事の規模が上がってるのか下がってるのかは今ひとつわからないが、いずれにせよ俺は俺にとっての一大事以外で、こんなチート異能に頼りたくはない。
「まあ上田君がそうならそれでもいいけどね、私無茶をする上田君を見たくないから」
「そうか、じゃあ期待に応えなきゃな」
結局俺は、無茶じゃないんだよなと言う言葉を飲み込ませるように訴えかける大川に逆らうのをやめた。改めてコートを着込み、先頭に立って歩を進める。
するとどうだ、大川ったらずいぶんといい笑顔になっちまって……と思ったら今度はセブンスが不機嫌そうにコートをつかんだ。
「ヒロミさん……」
「セブンスちゃん、私はね、あくまでも上田君が心配でね、ほらあまり寒いと風邪ひいたらまずいしね、風邪をひく上田君を見たくなくてね」
「でもユーイチさんはむしろ暑そうですよ、それで風邪をひきそうですよ」
「赤井、市村……」
ああ、実にやりづらい。後ろのモテ男二人に助けを求めたが、二人とも苦笑いするばかりだった。
二人とも実に真剣の俺の事を考えてくれている、その上で答えが違ってしまってる。参ったなあ。
「……まあこの場合、本人の意思を尊重すべきだと思うであります」
「本人の意思、かぁ……私のようなわがまま女って恋愛対象にならないのかなって」
「上田君は口では情けない事を述べるだけであって、実際はだらしなくないでありますから」
「だらしない男は嫌いだけどね個人的には」
父さんにも母さんにも柴原コーチにも、ちゃんと身の回りの事は整えておけとよく言われる。もっとも今はそういう「すべきだった事」ができない不便もあるが、それでも一応やれることはやっている。この世界なりの礼儀を身に着け、その上で俺らの世界の礼儀も持ち込んでいる。
ハンドレさんからギルドの酒場を含め、みんながいただきますとごちそうさまの礼を言うようになったのはキミらのおかげだと言われてびっくりした。そういう礼儀は、あってもまったく邪魔にならないと思う。
だらしない男が好きな女はいないのは当たり前のことだと言いたいけど、私生活がだらしなくとも仕事では辣腕を振るうような男が好きな女ってのはいるかもしれない。
私がいなきゃダメなんだからと言いながら世話を焼きたがるような女性にしてみれば、仕事場ではバリバリ働いて高給取りでありながら家では自分に甘えるような、内弁慶と言うか外弁慶な男が合うのかもしれない。
逆に自分が稼ぎますって言うような意欲溢れる女性、たとえ自分自身のためじゃなくてもそうやって熱心な行動を好む女性からしてみれば、外でも内でもほどほどに頑張ってくれるような人間の方がいいのかもしれない。
「俺は戦う。これからも手を血に染めることになるだろう」
「……そうね」
「その時は私がユーイチさんの代わりに頑張ります。ヒロミさんは支えてください」
「あなた、戦えるの?」
「この剣、父さんの剣があればなんとかなります」
「魔法抵抗力と言う概念があるのかはともかく、この前のナナナカジノの戦いで」
「確かにそうね、でもね、上田君の恩人を傷つけたくないし……」
大川も大川でセブンスの事を思っている。今俺が使っている剣よりは軽いけどそれでもそれなりの重量があるはずの剣、セブンスの手には重そうな剣を腰に指しながら歩いている。
セブンスの剣さばきがどれほどの物かわからないが、それでもど素人だった俺に少しは教えられるぐらいには慣れていた。包丁を握る事には慣れているセブンス、俺よりもずっと刃物に慣れていたはずの彼女は三日ほど俺にあれこれと教えてくれた。
チート異能のない俺とどっちが強いかどうか、それはわからないとさえ思っている。
「まあ俺だってセブンスにも大川にも傷ついて欲しくないしな、だから」
ウォー……
そんな風に決めようとしたとこに、いきなり妙な声が飛び込んで来る。
「遠吠えであります!」
オオカミか?野犬か?盗賊とも魔物とも違う、野生動物だろうか?
いずれにせよ、やってやらねばならない。守らねばならない。
「寒いよ、早く着て!」
「了解!」
寒気が急に強まる、不自然なほどに強まる。それでも俺自身は身が震えるようなことはないが、四人の様子を見る限り寒気を感じているのは俺だけじゃないらしい。
「来た!」
「狼!?」
一匹の白毛の狼が、俺たちを見上げている。大きくはないが、それでもその口からのぞく牙と、四つ足の爪はかなり鋭そうだ。
「かなり強そうであります!」
とにかく剣を抜き、白毛の狼に向ける。大川は態勢を組み、赤井と市村は得物を握る。セブンスは道具を持っている。
「しかし単独で来るとは思えないでありますが……」
オオカミはもともと集団行動をするもんであり、それができない一匹狼ってのはとても生きづらい存在であるらしい。字面だけはかっこいいけどな。
その赤井の言葉通りに、白狼が吠えると共に次々と茶色いオオカミが出て来た。おそらくはこのボスである白狼の手先なのだろう。
「お前が…………ウエダか……!」
「何、お前!」
白狼が大きく吠え、狼の口から人間の言葉を吐き出す。あらためてなまなかなそれじゃない事をわからされる。頬だけでもその力を思い知らされる。
「寒いな……!」
「いかにも、これもまた我の力……!我が名はオワット……エノ将軍の無念、晴らしてやる……!」