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十月二十七日(水) 平林倫子・細川忠利・前田松枝

 十二日間って時間が、どれだけ大きいのか。


 俺はまだ、よくわからない。



 だが三か月ってのがいかに長いかは、よくわかる。



 いや、数日でも、長いとか短いとかないのかもしれない。







「俺、正直何を目指したらいいのかわかんなくなってるんだよ……」




 例えば、細川忠利。


 三ヶ月で、いや俺らと出会ってからの数日であいつはすっかり変わってしまった。

 良くも悪くもエネルギッシュで、パワフルで、赤井にも食って掛かっていた堂々とした人間が、今じゃすっかり髪も振り乱し目つきに迫力のないおとなしい坊やになっちまった。


「お前は前から赤井や三田川と張り合ってただろ?その調子で行けばいいんじゃないか?」

「そうかもな、でもそれをした先の話だよ」

「その通りよ」


 その忠利の肩を無言で叩く前田松枝と来たら、彼女って言うよりも母親だ。

 窓からむなしそうに空を見る忠利の視線の先に何があるのか、前田より十センチほどでかいはずの背中がやけに小さく見える。


「前田さんは」

「私は調理師。別にシェフとかじゃなく、小さな食堂でもいいからみんなにまた来たいと言わせたいなって。それであなたはもちろん」

「私はやっぱりペットショップで過ごしたい。たくさんの動物と一緒に」

「そうか……」


 俺の夢はもちろん箱根駅伝であり、行き着く先は五輪代表。それが高望みだとしても、一応確固たる夢、と言うか目標ではある。


「原点回帰って必要よ、忠利の元々の夢って何?」

「…………えーと…………」




 しかし、細川にはそれがなかったらしい。


 おそらく極めておぼろげに、自分の中で何か役に立てることができればいいとかその程度のビジョンしかなかったんだろう。

 そのためにとりあえず学生生活に励み、その上でとりあえず地位を得る。その先の答えは、用意してなかったんだろう。



「ならば作ればいいだろ」

「ずいぶんと簡単に言うな」

「じゃあ私の腕を振るう店のオーナーになってよ」

「そんな強引」

「ああそれいいと思うー」


 で、そんな悩める男の背中を俺が無責任に押し、前田が乗っかり、さらに倫子までが便乗して来た。


 そしてその三発目の一撃が細川の体を回転させ、目を見開かした。


 こんな目を見たのは三か月ぶりであり、二週間ぶりであり、三週間ぶりでもある。



「平林……」

「忠利はすごく真面目だからさ、たまには思いっきり甘えてもいいと思うよ。そのためにうちのような所があるから」

「お前って案外無神経だな」

 で、すぐさま生気のない目に戻り、あれほど苦しんできたはずの倫子に向ってずいぶんな言葉をぶつける。

 前田が眉をひそめたくなるを必死にこらえてるのに気づく風もない。

「ちょっと何それ、この前のパーティーの時からずーっとそんな難しい顔してさ」

「俺はあの時、自分がいかに大したことないか思い知ったんだよ。甘えろって言うけど、俺は今でも目一杯前田に甘えているんだぞ」

 ああ、前田の口がへの字に曲がってる。


「ちょっと忠利、もう一体何日経ったと思ってるの!」

「何日って何日だよ」

「まだあの王子様を気にしてるわけ?」




 あの王子様、かよ……!


 あの世界で出会った、細川が誰よりも必死こいて助けようとしたけど助けることができなかった、事になってる、あのトードー国って言う三百年前の俺達の国みたいなとこの王子様……。



「そうだよ、俺のせいでバケモノになっちまった王子様だよ…………平林」

「私はテイキチ王子様が幸せなら別にいいけど、それじゃダメなの」


 そんでその王子様の力を借りて悲愴ぶっていた細川の胸に、倫子がストレートパンチをお見舞いしてくれた。


「倫子、お前は守り役で」

「あのままだったら王子様はもっと大きな問題を起こしてた。王子様じゃなくなったら不幸せになるの?」

「そりゃ、そうだろ、あんなに……」

「もう、いい加減忘れなさいって言ってるのに。ほらみっともないって言ってるでしょ」

「でも俺はお前を」

「黙れよ」



 倫子と前田からの攻撃を食らってもへばらないサンドバッグに、俺はさらなるパンチを加えてやった。



「お前は全然前田に甘えてねえじゃねえか」

「どこがだ」

「お前は相変わらず自分の都合だけで物を言ってるんだな。遠い世界の王子様がいつまでも他人の罪の重さについてブツブツ言ってる事を望んでると思うのか?」

「無反省に威張りくさるよりは」

「開き直りとええかっこしいの差しかねえだろ」


 あの王子様がそんな度量の低い人間なら、俺らが来る前に放逐されている。

 おふくろさんを求めて寂しがってただけのいい子であり、自分の過ちを認めて素直に泣ける真面目な子だったじゃないか。


「平林……」

「私はもう、三田川恵梨香の事を許してるから」

「お前!」

「魔法もなしにああなりたいのか?」


 そして、今の細川は結局あの時と変わってない。


 自分が何とかしなきゃ、何かしなきゃと気ばっかり急いて、前後の見境がまったくない。それこそ魔法と言うか呪詛によって滅茶苦茶な環境に放り込まれた三田川恵梨香と同じじゃねえか。


「いくらでも前田に甘えろ。それができないならお前は確実に破裂するぞ」

「泣いていいか」

「もちろんよ」



 細川は前田の胸にすがりつき、制服を濡らしていた。



「ったく、世話の焼けるこった……」



 とりあえずは大丈夫だという事にしたい。

 前田がいる限りは、細川は立ち直れるし前進もできるだろうって。

 そうでなきゃ、単純に嫌だってのもあるけどな。



「でもさ、ああいうのって正直、可愛いなって」

「は?」

「いるんだよね、目一杯自分でできるって主張して、それでがんばってがんばって、できないとすねたり甘えたりするチワワ」


「……アハハ……」



 ったく、あんなでかい高校生がチワワかよ。

 でもああやって背伸びして女子高生の胸に飛び込んでるのを見ると、確かにそうかもしれねえな……。

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