十月二十五日(月) 赤井勇人と三人の女(神林みなみ・藤井佳子・米野崎克美)と三人の男(八村慎太郎・持山武夫・遠藤幸太郎)
「おはようございます!」
トロベ、いや竜崎もずいぶんと教室に馴染んでいた。
「おはようございますであります竜崎さん!」
「おお赤井殿、おはよう」
あいさつもずいぶんと声高く、実に模範的な生徒だよ。
カバンもシンプル、制服も着こなし、靴下もノートもきっちり規則を守っている。
って言うか入学と言うか編入が認められたのもびっくりだが、ここまで適応できたのもびっくりだよ。
「ああ、おはよう赤井君」
「遅いでありますぞ藤井さん」
「ごめん、つい深夜までアスワン見てて」
「私もそうなの、明日のワンダーランドって面白いよね」
「ネタバレ厳禁であります!」
で、その一方で目をこすりながら乱れ気味の制服で始業時間二分前に入って来るのもいる。
明日のワンダーランドって何だよって言う質問はたぶん野暮なんだろうけど、藤井も米野崎もよく夜更かしできるよな。俺午後十時になると完全おねむだよ、って言うか三ヶ月もそんな生活送って来たんじゃないのかよ……。
「でさ、やっぱりアスワンって」
「しっ、ネタバレ厳禁だって!」
「そうだよね、赤井君って録画してゴールデンタイムとかに見る派だったよねー」
「最初は土日でしたが、それだとうかつにネットも見られないのであります」
そんで休み時間になると神林も含めてその手のお話で大盛り上がり。
まあぶっちゃけいつもの光景だ。違うのは、突っかかって来るような奴がいない事だけ。
「ああそれな、あいつやっぱり裏切って」
「次は数学だったよな」
……あ、やっぱりいたわ。
野球部レギュラー、遠藤幸太郎。
真っ赤な目を輝かせる最近の彼の趣味は、赤井たちの会話に水を差す事だった。
「おい何だよ八村!」
「数学の宿題ちゃんとやったのか」
「当たり前だよ、お前やったのか!」
「やりもしないのにそんな事は言わない」
その度に八村や持山に間接的に諫められ、竜崎辰美ことトロベから睨まれる。
「それより真面目に練習しろ」
「やってるよ!部活動が終わってからも!」
トロベに怒鳴り返したように、辺士名と違って遠藤の練習態度は真面目だった。
ただ、辺士名と同じように結果が伴っていない。その事で顧問の先生から叱責を受け、なおさら荒れているようだ。
それで家に帰ってからも素振りや筋トレなどを続けるのはいいが、その上に深夜アニメのネタバラシまでしようとしていたら、それこそ気力と体力がいくらあっても足りそうにないはずだ。
だと言うのに剣崎の目は怪しく輝き、授業中の居眠りもしない。
真面目と言うより、むやみに鬼気迫っている。
「遠藤、お前は練習の前にぐっすり寝ろ。その方がいい」
「ああ、そうか。わかったよ!」
トロベからの真心を持った言葉にも肩をいからせながら怒鳴り散らし、乱暴に椅子に座る。
今が9回裏1点差でツーアウト満塁であるかのように歯を食い縛る人間に、誰が声をかけられるもんか。
「悪いが一緒に食べて良いか」
昼休み。今日は食堂に行かず教室で弁当だが、これまでと同じように三人の女子に囲まれていた赤井に、今日は四人目の女がいた。
「もちろん歓迎だよ!」
「トロ、いやタツミンなら!」
「タツミンとは何だ」
「竜崎辰美だからタツミンって、ねえいいでしょ!」
タツミンとか言うずいぶんと可愛らしいあだ名を付けられたトロベはあの道場で作っただろう日の丸ご飯と野菜の煮物と唐揚げが入った弁当を見せ、一瞬にして耳目を集めた。
「なにこれもしかして自作!?」
「肉は無理だった、だが煮物とやらは一応昨日作った物だ」
「すごいなー、どうしてこんなにできるの!」
「他にする事がなかったからだ」
ずいぶんと淡々とはにかみ顔のまま言ってくれるが、この世界に来て十日余りの人間ができるマネとも思えない。本当にすごい弁当だ。
え?なんで俺が見てるかって?そりゃ
「上田殿にも見てもらいたいと思ってな」
って言って俺まで誘ってきたからだよ。無碍にでも出来ねえしとばかりにお誘いに乗ってみて、ますます彼女のすごさがわかったね。
「しかし上田殿、西川は」
「この前の日曜日に持って来たよ、自家製のクッキーってのを。まったく本当に進歩が早いよな、すげえよ」
正直な事を言えば味は薄かったが、それ以外の点は何の問題もなかった。たぶん自分なりの目一杯、あるいは自分なりの一番美味しい味。それを頭ごなしに否定する理由も意味もないのだから。
「で、五時間目って何だっけ」
「道徳だな。この世界の倫理を学ぶ」
「でもさ、タツミンには必要なくない?元から百点満点確定だし」
「いろいろ違う事もある。西には西だけの、東には東だけの正しさがあるとこの世界で知った。師匠から聞いたぞ、戦災孤児のドラマとやらでそううたっていたと」
「そっかあ、やっぱすごいよね、見習わなくちゃ」
「歌手や画家、作家になるため、みな精進する、必要な事だ。私も負けられぬな」
この和やかな空間の中に歯を食い縛りながら目一杯の力で割り込まんとした侵入者に、どれだけの力があれば破壊できただろうか。
その侵入者ができたのは、法律家と言う赤井の夢も応援してやれよとか言う俺の口を塞いだ事だけ。
実行犯からしてみればダイナマイトでも投げ込んだつもりだろうけど、実際はしょっぼい線香花火だった。眼光のみいたずらに炯々としてって、山月記読んでるじゃねえんだぞこちとら。
その李徴もどきが俺らと共々麻薬の危険性について延々四十五分説明を聞かされたのは、たぶん関係ない、と思いたい。
上田「こんな時まで家なき子ネタかよ」
作者「作業用BGMに使ってるんだよ」




