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十月十六日(土) 西川七恵

 俺に休日はない、とかってのは大げさだが、土日もいつも練習するのが俺の日課だった。




 だが昨日の夜はずっと、俺は家の中にいた。


(ほんっと、自分がいかに離れて来たかってよくわかるよな……)


 現実では二時間だが、実際には三ヶ月どころか何十年単位の時間を過ごして来たような気分だ。



 それこそ死ぬか殺すかの剣と魔法の世界を三か月に渡って生き抜き、多くの人間の生死を見て来た。


 まともに眠れなくて知り合った人たちの名前をノートに書き記し、慣れない似顔絵を描こうとしてやめた。


 って言うかボールペンの持ち方もうまく行かない。それこそ古めかしいペンで名前とか書いてたからボールペンの触感そのものが気持ちよかったのなんの。




 そう、その三ヶ月のブランクが何に一番出たか。


 断じて勉強でも、運動でもない。ましてや友達付き合いでもない。


「えっと、えっと……」




 機械だ。


 それこそ、スマートフォンの使い方を思い出すのに土曜日一晩使った。


 セブンスとの会話が終わるや電源を切ろうとするがうまく行かず、各アプリの説明文を見るために、いや説明書を見るたびにあれとえーとの連続攻撃だった。


 リモコンや電気のスイッチでさえも戸惑い、一瞬薪を探そうとしてしまった。

 急にどうしたのと言われたが、改めて使い方を覚えておかないとの一言で乗り切った。 


 そびえ立つ電柱が懐かしかった。思わず触ってしまいたくなりたそうになる。


 都会を懐かしく思う俺の姿を嘆く人はいるかもしれねえが、そんな事はどうでも良かった。


 ベッドも、シューズも、料理も、何もかもが新鮮だった。


(まったく、生まれた時からこんなもんに囲まれる生活をして来た俺は、たぶんすごく恵まれてるんだろうな……)


 夢だけは、変えたくない。

 だがその夢を消化するまであと二年半、目いっぱい実現したとしてあと六年半、俺は親のすねをかじり続けなければならない。

「どうしたのいったい」

「いや、何でもないよ、でも、ほら、単純においしかったから……」


 なんて事のないトンカツだったはずだが、たまらなく美味だった。

 二ヶ月以上離れていた、おふくろの味。箸が止まらない。


 何もかもが、新鮮であり、懐かしかった。




 俺が元の調子を取り戻したのは、今日の朝だった。


(ったく、こんな世界でどうやって暮らしてるんだろうな……)

 

 忘れるつもりなんかなかったのに。

 本来なら昨日の時点ですっ飛んで行くべきだったのに。

 まるで結局は世界が違うだろって言わんばかりに、声だけで満足した俺はセブンスの姿を見つけようともしなかった。


 すごく自分が卑怯に思えた。


 それでも大丈夫です、待ちますからって言葉を信じ、朝飯と、水道と、ニュース番組に時間を潰し、ゆっくりと散歩とか言う名目で三ヶ月ぶりに町内をぶらついた。

 立ち止まってはスマホを鳴らすエセ優等生ぶりを発揮しながら、セブンスの声を頼りに歩き回った。


「えっと、赤い屋根で、黄色い壁で……

「名前は」

「ニシ……カワ……」

「他に何か」

「えっと、今、調べます……」


 電話番号がわかっているのに、なぜか出歩いてしまう。

 不思議なほどに電子機器の信用がなくなり、自分の足への信頼が高まる。

 見慣れたはずなのに見慣れない場所をうろうろしながら、西川の二文字を探す。


 幸い、うちの近所には西川と言う家がある。

河野とは逆方向の、駅も学校もないせいかめったに足を運ばない方角の。


 なぜか足が動かなかった、方角。


 まあ実際問題、近所と言っても徒歩十三分、学区も違うし回覧板もゴミ収集もない。

 近くて遠いって言う言葉が似合う場所。


 これも河野の仕業とか考えるのは勝手だが、それでも自動車に怯えながら俺は、一歩一歩歩いた。




 そして、二十五分かけて、西川と言う名前の家に着いた。

 確かに、真っ赤な瓦屋根に黄色がかった壁の家。


「ユーイチさん!」


 その玄関で、手を振る少女。


「セブンス!」

「えっと、はいそうです!でも私の事はニシカワナナエって呼んでください!」




 表札に載っている名前。




 西川七恵。




 それがセブンスの新たなる名前だった。




「父さんと母さんに会えた気がするんです」

「そうか……」


 セブ、いや西川七恵はこの家の一人娘として過ごす事になったらしい。

 年齢は十四歳、そして中学二年生。


 まあ妥当かもしれない。


「この世界には私の知らない事がいろいろあります。ですから当分は会えないかもしれません。それでもいいんです、ユーイチさん、いやえっと、裕一さんと一緒なら」

「漢字にも慣れろ」


 だが中学二年生にしてはあまりにも読み書きに不安がある。


 俺はとりあえずセブンス西川七恵を本屋に連れて行き、文房具と小学生用の漢字ドリルを買ってやった。

 他にも様々な文房具に興味津々で、まるでノーヒン市みたいだってはしゃいでは他のお客さんに笑われたり注意されたりした。


 その帰りにとりあえず駅前の喫茶店に誘おうとして

「私は一刻も早く知りたいんです」

と断られたのは、実に俺らしくセブンスらしいお話だ。




 で、母さんと来たら、帰って来たら「デートか」だってよ。


 ……ったく、デートか。


 確かにそうかもしれねえ。


 延々二時間も家を空けて女の子と歩き回ってたなんて、デートじゃなきゃ何なんだろう。




 本当、俺って未熟だよな、改めてそう思ったわ。

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