サヨナラ、わがままな幼馴染
「ねぇ、どうして?どうして?どうしてなの?」
「お前に勝って欲しくないからだよ」
百人ほどまでになった俺の分身と、七人のセブンス。
満身創痍のはずなのに舌だけは回るコーノハヤミ。
「私はね、あなたの姉であり、妻であり、女神であり、母であり、娘であり、祖母であり、隣人であり」
そんな存在を消すために自爆し、目を血走らせ、破壊を生む。
セブンスたちが飛んで口を塞ごうとしたのはセブンスの魔力であって魔力ではなく、まったく自然な流れでしかない。
単純に、聞くに堪えない。
「ユーイチ殿!頑張ってくれ!先は見えているぞ!」
「私も応援するから!」
その雑音をかき消すかのようにやって来てくれた声援のありがたい事と来たら。
「頼むよ!」
「上田君!お願いするであります!」
「頼むぞ!」
「頑張れー!頑張れー!」
「セブンスも頼みます!」
そしてそれに応えてくれるみんなの声。
「まがい物の痛みなんぞいくら与えても意味がないんだよ!」
「私が欲しいのは真の裕一だけ!まがい物には意味がないから消えてもらっただけ!」
「お前が与えて来たもん!それ全てまがい物だ!今この時だけでもはっきりとわかるだろう!」
セブンスと言う名のおじゃま虫を殺す。
そのために俺の分身に魔法を命中させ、俺に痛みを与えた。
肉壁になったまがい物の俺を殺し、その結果俺を苦しめる。
そして二度も自爆してその爆風と痛みを押し付ける。
だがそれ全てまがい物であり、肉体そのものには何も影響しない。
「せっかく、せっかく十年にわたって裕一から邪魔者を遠ざけて来たのに……!何もかも台無しじゃないの!」
これまでだって全てそうだ。
俺がなぜか二人組が河野と以外できないのも、こいつが遠ざけていたからだろう。
テストの点数でさえも誰とも同じにならず、陸上競技に出てもいつも単独走。
追い付こうとすれば放されるかバッタリ止まり、逆に後退すれば付き合って後退するから一挙に追い抜かれるか、並走も出来ないからペースが計れたもんじゃない。
ひがみつらみとか言うには、あまりにもうまく行きすぎている。
少しでも他人に触れさせず、そこから生まれる変化を最小限に抑え、そして思い悩んだ所に現れ、自分の手に収めるつもりだったのだろう。
呆れるほど悪質で、呆れるほどに卑怯だ。
「まがい物の力が届くのは、まがい物だけでしかねえよ」
まがい物の力で、まがい物の思い出を作る。
そうやってまがい物を消し、まがい物の打撃を与える。
「だからお前はまがい物の女神なんだよ」
まがい物にしか届かない攻撃、いや感情。
それがこいつの全てなんだろう。
「どうして本物を出さないんだよ。出せないのかよ」
「裕一がいけないの、裕一が……!」
俺に向かって放たれる魔法攻撃。だが、当たらない。
それに、勢いも失われている。
「私は、私は、裕一の!」
「そのために戦って来たんだろ、そして負けたんだ」
「私はまだ、負けてない!」
負けてないと言いながら、魔法を放ち続ける。
俺の上下左右東西南北をビーム、火の玉、氷の弾、岩石、風の刃、様々な物体が通り過ぎる。
あくまでも俺を相手にせず、好き勝手に通り過ぎる。
いや、相手をしようとしているのに遠ざけられる。
「お前、もうこれ以上戦うな」
やればやるだけみじめになる。
いくら気持ちを込めても届かないという証明になってしまっている。
ずっとずっと戦うなって言ってたくせに、頭を真っ赤にして。
女神様とか言ってたくせに、俗人の魔法にひっかかって。
「何よ!何よ!どうして!どうして!当たらないの!」
「それはお前が一番知ってるだろ!お前がよこしたんだから!」
「私は取り上げたわよ!裕一に二度と危険な真似をさせないために!それなのに、ああそれなのに!」
「ずーっとさっきから私が、私がかよ!お前の世界には自分以外いねえよ!自分の中だけでどんな傑作をこしらえた所で対外的に受けなきゃしょうがねえだろうが!」
ぼっちの奴が作った、ぼっちのための世界。
相手の意志なんかまったく無視。
「もしこれが全力だって言うんなら、お前はその程度だって事だ!」
「その程度でもどの程度でも、私は裕一のお嫁さんでありお母さんでありお姉ちゃんなの!」
「そうか、じゃあ俺の胸に飛び込んで来い!」
で、そんな風に甘い言葉を少しぶちまけただけでこれだ。
最後の最後まで期待を裏切り、かつ期待を裏切らない女だ。
俺は剣をしまい、手を広げ、女性を迎える。
しかも、雲の上のようなはるか高い場所で。
ロマンティックかもしれねえ。
そう、そのシチュエーションだけ切り取ればな。
「裕一!ついに、ついに!私の事をぉ!」
本当に嬉しそうに泣いている。
満面の笑みと共に、空中を走り、俺の胸の中に飛び込もうとしている。
哀れで、けなげで、純粋で、そして痛々しい。
「全力で行くぞ」
「うん!」
泣いている。本当に嬉しそうに泣いている。
だから強く抱きしめてやった。両腕で、強く腰を抱きかかえてやった。
――――――――――――――――――待ち人の、ために。
「ちょ、な、どうし…、イヤァァァァ……!!」
俺が強く抱きかかえた河野の背中に迫る、七本の刃。
後頭部、両肩、両ひざの裏、足首。
ありとあらゆる場所を横なぎに切り刻み、出血を増やしていく。
「これ、いったい、どういう……!」
「これが俺なりの真心だよ!」
俺の攻撃ではかすり傷しか負わなかったはずの河野の体から、血が流れ出す。
頭以外は急所から遠いから致命傷にはならないが、それでも出血多量と言う名の死の宣告は遠からず迫っている。
顔なんか見る気もなかったが、おそらく真っ青になっているだろう。
「この、ウソつき!ウソつき!ウソつき!!」
「ウソつきと言われても俺の良心は痛まないよ、そういう事だよ!」
また力を入れて抱きかかえる。
「お前本当に重いな!これが罪の重さか!」
「重いって、そんな言葉!」
「重いもんは重いんだよ!」
舌を回し、腕に力を入れる。その間にも何発もの打撃が河野を襲い、体中に爪痕を刻み込んで行く。
「ついさっきまであんな事言ってたくせにどうして迎えてくれると思ったんだよ!」
「裕一は、優しくていい子だと…………!」
「その優しくていい子はもういないんだよ!いたとしてもお前が殺した、いや、その優しくていい子にさえも一線を越えさせちまったんだよ!」
一線を越えさせるに値する行為なんかこれまで何度も何度もやって来たはずだ。
その自覚もなく暴れ回った人間の末路など、こんなもんだろう。
「っつーかリアルに重いんだよ……!」
「何よ重いって!」
「少しずつ、落ちてるじゃ、ねえか……!」
そしてそんな存在が低下して行くのも自然な流れかもしれない。
本当に重いせいか知らないが、ゆっくりと俺らの肉体が下がって行く。
そして気が付くと、俺の分身たちがいなくなっていた。
そのことに気づいた俺は、力を一挙に緩めた。
「ちょっと、何、何!」
河野の肉体が自由落下を始めた。重たい肉体が魔王城へと落下して行く。
目を背ける事はしない。
なぜって?
俺の責任だから?
いや、それもあるがもっと違う理由もある。
「いた、い……痛い……ひど、いわ……」
自由落下したはずの河野だったが、三人のセブンスの分身によって受け止められながら、俺と同じ速度で降下していた。
残るセブンスの分身たちによって斬られまくり、その分を回復魔法に注ぎ込みながら。
「ねえ、裕一、やめて、もう、力が……!」
「そりゃいいな」
袋叩きにするように三人のセブンスが河野を斬りまくる。
まともな人間なら見るに堪えない光景であり、その前にその刃だけで命を落としてそうなほどの破壊力があった。
「ちょっと、いい加減に、放して……」
河野は無傷な体のまま、魔法を放とうとする。
だがその間にも何十発と剣が入り、その間に必死に魔力を充てんし、ヘイト・マジックにかかっている事を証明するかのように、俺に手を向ける。
「裕一、もうこれ以上、おいた、は……!」
そしてその右手のひらから飛び出したのは、たった一個の氷。
それも、冷凍庫にあるような氷。
オユキのそれとはまったくスケールの違う、ただひたすらにしょぼい魔法。
集中できないって言い訳だけはあるにせよ、あまりにも情けない。
「ニセ女神はもう、何もできないんだよね」
そして、戦いの終焉を告げるかのような、下からの声。
「結局、愛なんだよ。愛」
「愛?」
「ウエダユーイチとセブンス。二人の男女の愛あってこそ、この結果が生まれたんだ。
Aランク冒険者はどんなに攻撃を受けようとも凌ぎ、Bランク冒険者はどんなに守りが厚くとも破る。
その両者によって人間は魔物からこの世界を守り、いや勝ち取った。
だがAランク冒険者だけでは攻撃力は知れているし、Bランク冒険者だけではいずれ攻撃を受けて倒れてしまう。だから、Aランク冒険者を囮にしてBランク冒険者が攻撃するってのは最高の構図なんだよ。
って言うか最初からそうなるように作ったんじゃないの?」
最強の盾と最強の矛。それがAランク冒険者とBランク冒険者。
それがそろえばそれこそ敵なしって訳か。
「でも実際には矛にも盾にも」
「それはそうだね。でも矛を折られないようにする盾と、盾を狙わせる前に敵を奪う矛があれば、ね。
そして両者がここまできれいに結び付けば、ね」
その二つをくっつけたのが愛だって言うのか。
「私は聞いてるよ。ミルミル村から仲間たちを集めて、この世界を一回りして来たウエダユーイチとセブンスの旅を。
いろんな悲しい思いも、つらい思いも、やるせない思いもして来たらしいね。
それでも二人は、生身でその思い出を受け止め、感じ、そして飲み込んで来た。
すごいよね、後ろでぬくぬくとふんぞり返っていると絶対にわからないよね」
自嘲か、皮肉か、そんな事はわからない。
だが確かにジムナール総司令官様の言う通り、これまで河野に誘導されて来たそれとは違う、生身での体験をして来た。
この三ヶ月は、俺にとってあまりにも濃い年月だった。
「誰か頼むよ」
そして総司令官様は魔導士さんを呼びつけ、すでに30メートルぐらいの高さまで降りて来ていた河野に向けて何らかの魔法をかけさせた。
※※※※※※※※※
コーノハヤミ
職業:tんgm380お3qk
HP:100/100
MP:-100000000
物理攻撃力:0
物理防御力:100
魔法防御力:100
素早さ:100
使用可能魔法属性:ん8kbq34もy34、
特殊魔法:gk32いgy、お32くぃj2
※※※※※※※※※
みじめだ。と言うか残酷だ。
必死に職業と魔法だけは隠しているが、それでも戦闘力なんぞもうないのが丸わかりじゃないか。
「もういいんじゃないかな」
全くその通りだ。
もうこれ以上、コーノハヤミなる存在が何をできるわけでもない。
「俺も同意です」
「そうか。でもとりあえず固く縛っておかないとね」
半裸になってしまった河野の顔にもはや女神の気品も魔王の威厳もなく、ただの囚人、いや魂の抜け殻だった。
「この野郎!」
当然ながら恨みつらみも買っていた訳であり、猿ぐつわまで噛まされていたこの空虚なお人形に向かって蹴りを入れる兵士もいた。
「まあまあ、気分は重々わかるけどね。見ただろう?彼女がもう何にもできない事を」
「ですが!」
「それはそうだけどね、優しいのもほどほどにした方がいいよ」
「耳が痛いですね」
そうなのだ。
できるできないは別にしてもう少しだけでも早く素直な気持ちを伝えていたら、河野はここまで行かなかったかもしれない。行ったとしても、もう少し早かったかもしれない。それができなかったのは河野の魔法のせいか、それとも幼なじみと言う情にほだされてしまったからなのか。
そんな事はわからないにせよ、俺が余計な被害を生んだかもしれないのもまた事実なのだ。
「お兄様ぁ!流れ弾ですぅ!」
「ああ失礼。とにかく、ここで殺しちゃったら安らかに死んじゃうよ?それでいいの?」
「……………………」
総司令官様は俺に頭を下げながら、恐ろしいことを言ってのけてくれる。
ミタガワエリカの時と同じであり、そのミタガワエリカがどうなっているかを知っちまってるシンミ王国軍の皆様からしてみれば、とんでもねえ短慮って訳だ。
「とにかく、これで全て終わったんですよね」
「ああ、そうだな……」
心地のいい疲労感。
そして鳴り響く歓声と勝鬨。
万歳三唱。
赤井勇人、市村正樹、大川弘美、オユキ、トロベ、平林倫子、米野崎克美、前田松枝、細川忠利、フーカン。
そして、セブンス。
みんながみんな、戦勝の喜びを感じ合い、そして笑顔を見せあっている。
そして。
「ユーイチさん!」
セブンスの温かい腕が、俺の真っ赤な体をきれいにしてくれる。
その時俺は、鎧と剣が重くなるのを感じ、首筋に当たった学ランの繊維に温かさを覚えた。
そう、これこそ、「日常」の再来。
来るべき時が、来たと言う合図なのだ。




