究極、天然ヘイト・マジック
学ランを着たセブンスを、俺はじっと見つめていたかった。
似合っている。俺より似合っている。
「いつから」
「昨日の夜からです。
少しでも、少しでもユーイチさんの側にいたくって。ユーイチさんが身にまとっていた、ユーイチさんの証が欲しくって。私はおかしいですか?」
「おかしくねえよ」
俺より20センチは背が低いはずのセブンスが、俺と同じ大きさに見える。
そんだけ人間的にデカいのかもしれねえし、俺がその域に達してないのか、あるいはようやく追いついただけなのかかもしれねえ。
その事は少し悔しいけど、悔しいだけで悲しくはないし腹も立たない。
「ずっと大事に持ってたんです、それで自分なりに丁寧に畳んだつもりだったですけどちょっとしわくちゃになっちゃいました」
「下は履かなかったのか」
「そっちは無理がありますし、それに私も女の子ですから」
口にしてからしまったと思ったが、セブンスは嫌がるそぶりも見せずに頬を赤らめる。
そういやこの世界、ハタチなんて行き遅れもいい所らしいからな、性に関してはよっぽど早熟で知識はともかく自覚と言うか覚悟はあるんだろう。俺たちと違って。
そう、俺たちと違って。
「何よ……!何よ!」
河野はセブンスとは全く違う赤色に顔を染め、セブンスに向けて凶器を振り回す。
俺に構う事もなく、目の前の学ラン姿の少女を膾にする事だけを考えている。
俺も多分、似たような顔をして同級生の背中を斬りまくっている。
「あんたのような存在が何のつもりよ!そんなみっともない格好やめなさい!」
「お前よりみっともない存在が他にいるか!」
また、河野の背中が固くなる。俺の剣はこれまでと違ってローブを切れず、その下にわずかに傷を付けているだけ。ゲーム的な数字で言えばダメージ1とか2って所か。
そして河野の剣もセブンスに届かない。セブンスが信じられないほどの速さで剣を動かし、殺意に満ちた河野のそれを弾いている。
「何よ!いったい何のつもりなの!」
河野は自分がぶった切ったワンピースをバタ足で踏み付けながら、慈悲の欠片もないわめき声を上げている。
冷めきっていた俺や集中しているセブンスには何の打撃ももたらさず、この映像と音声を垂れ流しまくっているシンミ王国軍にしか届かねえのに。
「どうして……!」
「どうしても何もあれは俺のもんだ」
「ふざけないでよ!」
「ふざけてるのはあなたです」
そのあげく、この冷静さと暴走ぶりだ。
世界がどっちの味方をするかなど、明白だと言うのに。
「何のつもりよ!ポッと出のまぐれ当たりが!」
「万代の時をかけた剣とて一日にして打たれた剣により折れる事ありっつーだろ!お前は自分の言葉も忘れたのか!」
「忘れてないわよ!それにその言葉はあくまでも「敗れる事もある」に過ぎないじゃないの!普通は勝つのよ普通は!」
「全然普通じゃない事をやっといて今更普通を持ち出すのかよ!」
こんな世界に来ている時点で普通も何もない。
魔王だか女神だかわからない存在に普通も異常もない。
「裕一!どうして私を選ばないの!」
「この状況でお前を選ぶと思ってるのかよ!」
「だから今助けてあげようとしているの!」
「お前みたいなおかしい奴に助けを乞うほど俺は落ちぶれてないっつーの!」
斬っても斬っても傷ひとつ付かない奴が、ただの女子高生な訳があるかい。
俺みたいに鎧を着てるならまだしも、柔らかくて装甲としての役目を果たしてなさそうなローブだけを着てここまで無傷など、まさしく人外だって事の証明じゃねえか。
「これ以上醜態をさらして人類を絶望させちゃダメだよ」
そこに割り込む総司令官様の声。
千年の恋も冷める前に終わっちまってるとは言え、かつては激しく迫られた身の上だ。この世界を間接的に支配していた女神とか言う肩書を差っ引いても寂しく思わなきゃウソだろう。
「…………泥棒猫!」
……その配慮が届く相手じゃねえけど。
「シネ……」
「コロス……」
「ユル、サン……」
「…………………」
スケルトン。ああスケルトン、スケルトン。
次の言葉が何にも思い浮かばない。
顔なんか見てねえけど、たぶんとんでもない笑顔か怒り顔をしてるんだろう。
「赤井……」
「世界で二人きりになってもごめんこうむりたいであります」
俺らの下に降って来る、外の世界の声。
城門を破壊し本城へと突入したシンミ王国軍の最後方に控える、非モテなデブオタが何様だと言われそうなほどの言葉かもしれないが、そんな存在から見ても河野速美と言う人間は魅力を失っていた。
「黙れこの陰キャデブオタ!」
実際、そのデブオタの言葉に反応して魔王城の大広間に飛び出した三人の男たちのみっともなさとアホらしさと言ったらない。
死角っぽい所に隠れてたんだから不意打ちなんて簡単だったはずなのに、ましてや辺士名がいるのに。
「言ったよな、大樹を知るには大樹を仰ぐ者を知るべしって」
あの三人はすっかり河野の部下となっている。今や最後の家臣と言うべき存在。
付け焼き刃と言うかやけくそのように出て来たスケルトンたちとは違う、本物の家臣。
「あいつらはもうこの世界で他にどこにも行き場のないはみ出し者だ。そしていつの間にかそれにふさわしい言動しかできなくなっちまった。お前はそれを矯正しなかったのか」
「まさか。裕一を殺そうとした奴なんか」
「お前はとことんまで薄情だな」
「世界を治めるってのはそういう事よ。でも時として自分の感情に溺れる事になり、過剰な破壊を生むかもしれない。だからそのためにってああちょっと!何のつもり!」
俺がそっぽを向いてスケルトンたちを殺す。
何のつもりも何も、セブンスを守っているだけ。
幼稚園なんか消え失せ寒々した吹きっさらしの屋上で、俺は剣を振って魔物を殺している。
ただそれだけ。
「裕一は関係ないの!」
「関係ない訳があるかニセ女神!」
俺に剣を振らせまい、戦わせまいとして来たはずなのに。
自ら戦いを広げ、俺を引きずり込み、血に染めようとしている。
(偽物でも本物でも、俺には関係ねえ……。でも、偽物の方がどれだけありがたいか!)
俺にとってはどっちでもいい。ニセモノでもホンモノでも。
だが一挙手一投足のたびに信用を無くして行くような存在に見守られていた世界の事を考えると、ニセモノだと言わなければいけない気がして来る。
偶像崇拝禁止とか言って、姿を隠して来た女神様。
その目的が、運命の存在からわが身を隠し、いつか振りむいてくれるのを待つため。
純情でも一途でもなく、サイコパス。カミサマだからの一言で許されるほど、下界の人間は寛容じゃない。
「セブンスを傷付けたら、ますます俺の心は離れるぞ。どうしてもって言うんなら三田川と倫子に謝れ、そして全てを元に戻せ、そうしたら好きになってやらなくもない」
「……あーあ!」
「あーあはこっちのセリフだよ!」
スケルトンたちを弾きまくる俺にぶつかる尻上がりな言葉。
俺にこれ以上そんな上から目線の極みのような不快極まる音声を届けるなと言う目標を追加した事にも気付かず、自分の男を奪った女を殺そうとする女。
「これはどうやら、改めて全力で行くしかないようだね。全軍突撃!」
「進め!世界のために!」
そしてその先にある展開を平易に連想させ、シンミ王国軍にもフーカン軍にも本気を出させるほどの女。
—————————————————そんなの、誰だって、カミサマだと、思いたくねえよ。




