学ランの女神
最終章の最終章突入!
俺は生きていた。間違いなく生きていた。
「そんな……」
河野速美が言葉を失う中、俺は無言で敵に斬り付けた。
動かない的を斬るのは実に簡単で、メガミサマのローブにザックリ剣の軌跡が残った。
さっきまでかすり傷も負わせられなかったのに。
「裕一……あなたは!」
「俺にもわからねえよ。でも少なくとも今の俺にとって、お前は女神じゃねえって事だよ」
河野の手から放たれる火の玉、雷、氷。
その全てが俺をハブる。
穴だらけになった床をさらに壊し、幾百年の歴史を台無しにして行く。
「裕一、あなたはどうして戦おうとするの?いや、どうして戦わされるの?」
「お前を止めるためだよ」
「俺が止めたいのはお前の暴走だけだ」
暴走とか口にして見たが、実際は通常運転だろう。
これまでもずっと、俺を物にするために動いて来た。
そのために自分にとっての理想の存在に仕立て上げ、少しでも乱そうとする存在を排除する。
「するとまさかユーイチさんがずっとぼっちだったのって!」
「そうよ、幼稚園で会った時、裕一は絶対に私の夫になるべき存在だと思った!だから、世の中の悪いチリやホコリが付かないように、付いてしまって咳き込んだら私が守ってあげられるように!私が必死になって守ったのに!」
——————わかっちまえばずいぶんあっけないお話だ。その結果自分がもう少し人気があってもとかうぬぼれるほどおごり高ぶる事はなかったが、それでも必要な分ぐらいは調子に乗れても良かったはずなのに。
宣誓や両親ぐらいしか表立って褒めてくれないせいか、俺にそんなおごり高ぶるような自信は付かなかった。
「お前レースが終わるたびに一流ランナーの資料寄越して来たよな」
河野はと言うと、レースが終わるたびにさすがだとかやったねとか褒めまくりながら、同時に箱根駅伝に出るような超一流ランナーを撮った映像を寄越して来る。
そしてなぜか見てしまう。
「俺がうぬぼれを起こし、外の世界でも通じるかもしれないと思われるのを恐れたのか」
「そうよ。裕一には私の手と目の届くところにいて欲しかった。大学も、私の目が届くところに合格させ」
「ふざけるな!」
剣が勝手に動く。
思いっきり挫折させる気じゃねえか!
万が一俺が成功して名を上げればそれこそ世界中を飛び回る事になり、河野速美と言う人間の下から離れる事になる。
結婚でもするか?マネージャーにでもなるか?そして毎回レースを歪めるか?それこそ陸上界と言う名の俺の未来をぶち壊す行いじゃねえか。
「お前は俺を自分の婿に押し込めたいんだろ。だったら」
「何を言ってるの!」
「少し考えればわかるよ。これまでなぜずっと気が付かなかったんだろうな、本当自分の頭の出来の悪さに感心するぜ」
「裕一の夢を壊すつもりなんかないけど!」
「自分が何をやってるかもわかってねえのかよ!」
ああ、嫌だ嫌だ!
何が女神だよ、何がAランク冒険者だよ。
こんな低レベルな争いが最終決戦なのかよ!
「ユーイチさんの運命を歪めないでください!」
そこに割り込める存在はただ一人。
そう、セブンス。
「ユーイチさんを勝手に動かして、それはユーイチさんではなくあなたの夢です!自分の夢は自分だけで叶えてください!」
その通りだよ。
確かに夢をかなえるために他人を蹴落とす事はある。利用する事もある。
「お前は人形遊びでもしてろ」
だが河野のは俺や三田川を道具として利用しているだけでしかない。
大事なおもちゃを傷付けられてあわてるお子ちゃま。
「あなたさえいなければ!」
そして、その事を指摘されるや真っ赤になって他の女に襲い掛かる。
ケダモノそのものの顔をして飛びかかり、肉を切り分けてやるべく剣を振りかざす。
「ざけんなよ河野!」
俺が真後ろから剣を叩き下ろすが、ローブを斬っただけで肉は斬れない。
そして河野の一撃も、同じようにワンピースを斬っただけ。
「セブンスさえいなくなれば俺がお前の元に戻って来ると思ってるのか!」
「思ってるわよ!この女のせいで、私の思いは破綻しかけてるんだから!」
「元から全部おかしいだろ!」
セブンスはあくまでも、普通の村娘。
俺と旅に出て、いろんな人と出会い、いろんな魔法を身に付け、それと共に強くなって行ったけど、あくまでもただウェイトレスをやってただけの村娘。
もし俺と出会わなければ、今頃は普通に暮らしていたんだろうか。
あの村長かその息子の妻になり、それなりの暮らしをしていたのだろうか。
「セブンスはお前にとってなんだ?」
「裕一を惑わし、世界の理を乱し、全てを我が物にしようとした最悪の女よ!」
「二行目以降は揚げ足取りだろ!」
俺から逃げながら、たかが村娘を殺そうとする女神。
一太刀降るたびに重くなり、狂気を帯び、殺意を秘匿する気がなくなる。
その見え見えの殺意が、セブンスを生かしている。必死に剣を握り、狂気の刃を跳ねのけている。
だがいつまで持つかわからない。
「だから!」
俺は数十分ぶりに着地した。セブンスの魔力がどれだけ残ってるかわからない以上、これ以上はいけない。
「裕一!」
「セブンスが地に足をつけている以上、俺もやらなきゃいけない!」
「何よ!セブンスセブンスって!」
「大事だからしょうがないだろ!」
声を上ずらせ、炎の弾を投げ付ける。
やっぱり、当たらない。
この力で何をするか。
「目の前の存在が守れなくて何が夢だよ!」
そう、セブンスの運命ぐらいは守りたい。
「私は許せない、こんな女!」
「お前が許すとか許さないの問題じゃねえよ!」
右手で剣を持ちながらセブンスを殺しにかかり、左手で炎の弾を放ち俺を燃やさんとする。
実際、魔法は当たらないが足元が熱くて近寄りにくい。
そんな真似を50センチほど浮きながらできるなんて、女神の力かそれとももっと汚いそれか。
「裕一をどうやって惑わしたのよ、洗いざらいぶちまけなさい」
「ただ一緒に旅をしただけです」
「私の事をどれだけ聞いてたの」
「二度ほど聞きました。子ども時代からの幼馴染だって」
「それ以上の事は」
「ありません、本当です」
河野のセブンスに対する尋問、いや詰問が終わると攻撃はまた激しくなった。
俺への攻撃をやめた代わりに再び二刀流になり、圧倒的な速度を生かした手数で泥棒猫をおしおきしてやろうとする。
俺がひと月の間にほとんど自分の名前を出さなかった事をアピールして諦めさせてやろうって言うのか———————そんな俺の下衆の勘繰りが、下衆の勘繰りでないのは残念ながら間違いないだろう。
悪い意味で人間臭い感情。
「黙れこのニセ女神」
「私は真の女神!この世界を!」
「女神がたかが村娘ひとりに何をムキになっているんだよ」
そんな感情に名付けた今更極まる悪口と、現実の刃をもって後ろから斬りかかろうとした俺を避けたニセ女神は、いきなり口を歪めた。
「高速で来る気か!」
誰も追い付けないほどのスピードで突進し、セブンスを打ち砕こうと言うのか。
だが俺がそう思った瞬間、河野の視界が急に塞がった。
「うぷっ……」
「ここだ!」
空中で前方の視界を失っていた河野の背中に、俺は剣を振り下ろす。
また一本、傷跡を作り、二の矢を放とうとした所で河野は上へと逃げた。
「ってこれは!」
その河野の置き土産のように降って来たのは、ワンピース。
サンタンセンで仕立てられた青と黄色のワンピース。
「セブンス、それを投げ……!」
そしてワンピースを脱いだセブンスの姿は、もっとすさまじいもんだった。
「まさか……!」
真っ黒で、詰襟で、金色のボタンが輝いている。
そう。
明らかにぶかぶかなはずのしわしわな学ランと、濃紺のズボン。
「本当は下も合わせたかったんですが」
「なぜそれを!」
「こんな時ですから」
こんな時、か……。
しかし何なんだろうな、金髪碧眼の美少女が俺の学ランを着てるってだけでもものすげえのに、それが違和感がねえってのがそれ以上にすげえよな……。




