上田裕一とメテオ
ジャクセーは死んだ。
「もう、お前に付き従う奴はいないぞ」
魔王を実質二人も殺した女神に従う魔物などいるはずもない。そんで第三の魔王なんて肩書が通じるはずもない。
俺以上の、ぼっちだ。
「事ここに至って、まだ何か言う事があるのか」
「…………」
河野は無言で、俺をにらみ付ける。目いっぱいの目力でにらみつけているつもりだろうが、全然恐怖を覚えない。
「お前はいったい何なんだ?女神なのか?魔王なのか?自分でもわかってねえのか?」
「上田裕一の、妻……いや、ウエダユーイチを夫とすべき存在……」
左目しか隠せなさそうなほどに雑な仮面で何をする気だろう。
「俺は恋愛なんか知らねえけどさ、お前のプロポーズにYESって言う奴はいないよ。俺がお前を好きって言えばいいのに言わないからこうなるだなんて、脅迫じゃなきゃいったい何だ」
「正義……」
「冗談は休み休み言え」
にらみつけていた視線が、懇願のそれに変わっている。
最初から俺が好きだって言うんなら、それこそ普通に好意を伝えるもんだろう。
それなのに何だ、世界を人質にして自分の思い通りになれだなんて。
「裕一……」
で、そのあげくいきなり剣を投げ付けて来るなんて。
「どうして?どうしてなの?どうして私に振り向かないの?」
「お前のやり方が間違ってるからだよ」
「何がどう間違っているの?」
「全部って言われたいのか、ああもう言ってるけど」
逆に河野の何が正しいのかわからない。教えて欲しいぐらいわからない。
「ユーイチさんには選択肢があります。私を好きになったり嫌ったりする選択肢が。
世界にはたくさんの女性がいます、その中の誰を好きになる権利もユーイチさんにはあると思います。でもコーノさんはそのユーイチさんの可能性を潰してるんです」
そこに割って来たのがセブンスだった。魔物なんか誰もいない中で剣を高く掲げ、メガミサマに向けている。
俺の可能性か。
そんなもんもやっぱり、真剣に考えた事もなかった。
一応勉強や部活動には自分なりに真剣な気でいたが、どこかまあそんなもんだよなと思い込み、それで満足してしまっていた節があった。
高校一年生だから、まあこの程度できれば満足だなって。
○時間練習し、勉強したからOKだなって、なぜか決められていた気がした。他の誰誰に負けまいと努力する事もなく、設定タイムばかりを追っていた。いや他人を目標にしたその瞬間相手が前に行っちゃうかバテるかのどっちになるだけなのだが、そんな事が小学生の時からずっと繰り返されて来た。
そう、十年間ずっと。
もちろんその事についてやいのやいの言ってくる人間もいたが、心を動かされる事はなかった。マイページがすっかり板につき、崩そうとした存在は勝手に崩れて行った。
「ですからユーイチさんにとってコーノさんは邪魔なんです。ミタガワエリカほどではないにせよ可能性を狭め、人生を阻害して来たんです」
セブンスが自信満々に言うと共に、河野の顔が歪んで行く。
今まで見た事のないような怒りの形相になり、女神から魔王になって行く。
どんなに怒っても笑みを絶やさなかった河野の怒り顔は、しかし俺の感情を逆立てる事はなかった。
「図星を突かれて怒り狂うなど、女神でも魔王でもなくただのガキだよ」
「ふーん……!」
語尾を上げ、無理くりに感情を吐き出しても焼け石に水だ。
お姉ちゃんのつもりでいたのにガキ呼ばわりされ、沸騰する頭を必死に冷却しようとした所でゴールがゴールである以上、俺を決定的に殺す事はできない。
「裕一……どこでそんな汚い言葉を覚えたの?」
「勝手にとしか言えねえよ」
「…………もういいわ、私の裕一を汚した全てを消してあげる!」
——————ついに、女神の仮面も脱ぎ捨てた。
「裕一!あと一分だけ時間をあげるから!私と一緒に世界を平和にするか、それともこの世界を滅ぼすか否か選びなさい!」
「ジムナール総司令官様に聞いてくれよ」
「これは裕一と私の問題なの!」
「世界をと言った舌でどうしてそんな事が言える!」
仮面の下ののっぺらぼうをさらけ出しながら吠える姿と来たら、みっともないとかって言葉をとっくに越えている。
だから、俺は剣を振る。
「ニセ女神は俺が殺す。魔王の術により女神と思い込まされた哀れな存在は、このAランク冒険者ウエダユーイチが鎮める」
自分なりの、慈悲のつもりだった。
河野にどんな最期を迎えさせるのか、それがもしこの旅の目的だったって言うんなら、本当に因果なお話だ。
「裕一に剣を振らせるような奴は全部殺す!」
俺の人生を決めるのは俺だって言うのに、どこまでも一方的なメガミサマ気取りは、二本の剣の先から火の玉を作り出し、肥大化させて行く。
「お前まさか隕石でも起こす気か!」
「出さないわよ!裕一を支配する存在を焼き尽くすまで!今助けてあげるから!」
「バカヤロー!」
ブエド村を壊滅させかかったあの隕石、いや火の玉に匹敵するそれをこんな場所で繰り出せばどうなるかは目に見えている。ましてや、ないに等しくなっていた女神様への名声は雲散霧消する。
だからこそ俺は斬りに行った。何度も何度も剣を振りかざし、河野の心臓を貫こうとした。
「それを放ったらお前は本格的におしまいだぞ!」
「裕一、今、助けてあげるから……!」
甘い夢に浸る少女の装甲はなぜか分厚くなっていて、俺の刃では破れなくなっている。
防御魔法でも使っていたのか。ローブが急に鋼鉄製になった訳でもないのに攻撃が効かなくなる。
斬っても叩いても殴っても突き刺しても、火の玉の肥大化と少女の笑顔を止める事ができない。
「裕一……サヨウナラ……」
そしてついに、火の玉が放たれてしまった。
都市ひとつを破壊できるほどになった火の玉は、いつわりの幼稚園を破壊し、元の寒々とした魔王城を映し出し、天井に風穴を開ける。
そして、こちらに向かって来た。
もはやこれまでか。
「ユーイチさん!」
すべての覚悟を決めた俺は、せめてとばかりに相打ちを図るべく、河野に抱き着こうとした。
「裕一……なんで?なんで?」
だがそんな都合のいい手を受け入れる相手でもない。
肝心の標的はがらんどうになった上へ逃げ、俺の追跡など相手にしない。
その間にも火の玉は俺に迫り、全てを呑み込もうとする。
そして俺を呑み込んだ火の玉は破裂し、魔王城だった存在を半壊させた。
「裕一……次生まれ変わる時にはあなたと永遠に一緒よ……」
「ユーイチさんに、なんてことを……!」
「セブンスとか言ったわね、全て、あなたの、せいよ……」
河野は次の標的をセブンスに切り替え、凶刃を握りしめる。
その顔は女神でもなければ魔王でもない。
もっともっと醜くて、まさにコーノハヤミと言う名の新しい代名詞だ。
「あなたが欲しかったのは、ユーイチさんじゃなくてユーイチさんの看板だけなんです!」
「あなたが、あなたが裕一を殺したのよ!」
女二人が口角泡を飛ばしている。フーカンによれば三田川とも同じことをやってたらしいけど、ったくこの女は……
「河野……」
「……何よいったい!私は裕一を……って!?」
「生きてる!?」
そう。
そして、俺はなぜか生きていた!




