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ぼっちを極めた結果、どんな攻撃からもぼっちです。  作者: ウィザード・T
第十八章 ウエダユーイチ、世界を救う!
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爪牙と幻術

「お、おい……!」

「お前、まさか本物の!」



 ジャクセー以下大多数の魔物と同様に出遅れた剣崎寿一と遠藤幸太郎の前に飛び込んで来た敵。



 耳を立て爪と牙を伸ばした魔物。




 いや、同級生であった平林倫子。




「私は、あなたたちを止める!」


 四つん這いの状態で上田よりも速く走り、その気になれば二人の喉元をかき切れそうなほどの牙を光らせる。

 その目は勇であって蛮でなく、柔であっても弱ではない。例えるならば大川弘美、柔術の達人の目。


「ふざけるな、やってみろ!」


 剣崎も遠藤も、平林倫子に対してこれと言って感情を持っていない。

 三田川恵梨香にいじめられていた被害者であり、不可侵と言うより不可触。

 腫れ物と言うよりあつものであり、感情に入れてはいけない存在。


 それゆえの平板な心遣いから出た緊張感に欠けた言葉。




 赤井や米野崎に対する見下しとは違う思考が、主と同じ過ちを招いた。




「いぢっ!」

「がっ……!」

 二本の爪が剣崎の右手と遠藤の左手を捉え、鋭いひっかき跡を残す。反射で手首を切られる事だけは阻止したものの、それでも赤い血が流れ握っていた得物が手からこぼれそうになる。


 そしてあわてて握り直したころには剣崎の左側から攻撃をかけ、かろうじて受け止めた剣の隙間から伸びた爪がしっかりと剣崎の肌を突き刺す。

「あにぃ……!?」

 その度に悲鳴が上がり、出血が増える。


「これ以上やらせるかよ!」


 事ここに至ってようやく辺士名が平林に向かって斬り上げるが、透明化の能力をもってしても平林の速度をとらえきれず、逆に叫んだことにより居場所を教えてしまうお粗末ぶりであった。

「んだよいでえなあ……!」

 そして、もう二つの爪が辺士名の左腕に傷を付けた。

 ————————そう、後ろ足の爪が。


 普段は使っていなかった後ろ足の爪をも生かすべく裸足になっていた倫子の攻撃が辺士名の体をさいなみ、見えない血を流す。

 もっとも辺士名の能力を離れてしまえばその血はただの血であり、しかも流血が止まらないから透明になっても簡単に位置がばれてしまう。


「弱点は存在する物でありますな……」

「るせえよこの陰キャオッ…!」


 そんな状況なのに赤井勇人の声に反応して自分のチート異能を忘れたかのように突っ込もうとする辺士名の背中にまた爪が当たり、肌こそ守られたが衣服に爪型の穴が刻み込まれた。


「てめえ、女に戦わせて恥ずかしくないのか!男なら正々堂々と出て来い!」

「確かにその通りかもしれない、だが今俺にできる事をするとこうなる」

「んだと何様のつもりだこの…!」


 陰キャオタクと言う言葉が辺士名の口から出て来る事はなかった。



 三人の平林倫子が、戦場を駆け巡っている。



 いや、駆け巡らされているのを見てしまったからだ。



「おい細川の殿様!自分が何やってるのかわかってるのか!」

「今の俺は松枝の部下だ、これも松枝の作戦に過ぎない」

「自分が何言ってるのかわかってんのかよ、ああ情けね、えっ……!」

 悪態を付いている間にも、辺士名の足に爪がかする。それだけでさらに物理的打撃は増大し、形勢は傾く。



「チキショウ、平林はこんな能力まで身に付けたのか!?」


 で、遠藤と剣崎もまた平林に振り回される。


 残る二人の平林倫子が二人の周りを飛び交い、次々と攻撃をかける。

 必死に得物を振りかざし爪牙を受け止め、また叩き折ろうとする。



 そのはずなのに、当たらない。

 爪に合わせたはずの剣がすりぬけ、鎧に爪が突き刺さる。

 逃げようとしてもまた別の方角から攻撃が飛び、そっちも守らねばならなくなる。

 二対二のはずなのに押される。一方的だった。


「何だよおい、平林倫子はいつから上田になった!?」

「わからん、でもあいつと戦っていると刃の向きが狂う、だが今は違う!」

「当たっているのに当たってないって事かよ!」


 無効なら無効なりの手ごたえがありそうなものなのだが、それもない。

 当たると思った攻撃が当たらず、当たらないと思った攻撃が当たる。スピードに負けている訳ではなく、二人の得物は倫子の爪牙を受け止めているはずだった。もちろん硬度で負けているならそれで剣が折れるはずだがそれもない。

 当たるか当たらないかわからない攻撃が飛び交い、目も頭も追い付かなくなる。


「ああもう!!」

 二人して得物を振り回すが全く手ごたえがない。打撃こそ受けなくなったがこちらも当たらず、むやみやたらに振り回した結果得物がかち合うありさまである。

「危ねえなおい!」

「お前こそ何のためにやってるんだ、倫子を斬って、倫子を……!」


 あわてて動きを止めた二人。倫子を何のために斬ろうとしたのかの答えもわかっていなかった二人は動けなくなり、その時ようやくからくりに気づいた。



「細川ぁぁ!」



 下手人に気づいた二人が突っかかろうとするや実体化した倫子の爪が二人の手を切りそれぞれの得物を地面に落とさせ、さらに足を切ってまともに立てなくする。

 膝をついてしまった同級生を置き去りにし、平林倫子の幻影たちは魔物軍へと飛び込む。




「俺はこの魔法でかつて国を壊した……それでも今こそやれと言ってくれたのは前田さんであり、そもそも抑え込んでくれたのは上田だった」



 細川忠利の独白が、前田以外の誰にも聞こえる事はない。


 あの事件後自分自身の力におびえていた細川を励まし導いたのは前田松枝であり、同級生とか主従関係以上の間柄になっていた。

(何をためらっているの!)

 自らも風魔法で魔物たちを蹂躙する中、必死に打ちひしがれた男の尻を叩く少女。

 その少女の檄に応えるかのように細川は平林倫子の幻影を作り、「本物」を目いっぱいの集中力を発揮して入れ替える。


 そして敵将と言うべきエンドー、ケンザキ、ヘントナの三人を無力化させる。



(あとは敵の地上軍を……!)


 敵軍は既に打撃を受け、門そのものにも攻撃が始まっている。

 重く厚そうな金属の門に丸太がぶつけられ、米野崎の炎魔法によって歪んだ扉が悲鳴を上げている。




 その扉の先に待つすべての終わりを思いながら、イチネンゴクミの精鋭たちはその力を振るう。

この話で三人称視点はおしまい。再び上田裕一の視点に戻ります。

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