分身魔法の使い方
いつの間にか円卓の上に乗っていたセブンス、その背後にはナイフ!
ちらっと見えただけでその輝きと鋭さがわかるほどのそれ。
いくら鍛えが入っていたとしてもしょせんは魔導士、厚い装甲なんか身に付けていない!
「この召喚魔法で多くの要人を殺して来た……」
「召喚魔法って……!」
「近距離なら魔王様を求める事がなくとも呼び寄せられる…………それもまた召喚魔法よ」
なるほど、確かに近い相手でも自分の思い通りに動かせるなら召喚魔法だよな!
「ユーイチさん!私に構わず!」
「んな事言われても……!」
セブンスを人質に取られる可能性がすっぽ抜けていたわけではないが、実際セブンスの背中にあの鋭そうなナイフが付き付けられているのかと思うと冷や汗が噴き出す。
「ユーイチさん!」
「うぐ……!」
「どうだ、わかったら魔王様と共に戦え。それが世界のためだ」
もっとも、そんな俺にも沸点を上げるフレーズはあった。
「ほざくな!」
俺は分身たちと剣を振り、魔物を殺す。冷や汗が一挙に乾き、体温を奪うどころか逆に押し上げていく。
体中が熱くなり、目の前のセブンス以外の物体を全部ぶった斬ってやりたくて仕方がなくなった。
「お前も結局そんな奴なのか!自己満足で全てを支配するためにそんな事を抜かすのか!」
魔王ってフレーズにさほど嫌悪感はない。あるとすれば、魔王を名乗る個人にだ。
確かに初代の魔王はあちこちでそれなりに非道な真似もしたし、マサヌマ王国って国を一つ滅ぼしもした。だが俺らにとっては魔王ってそんなもんだろうなで片が付いちまう案件だった。
しかし今の自称魔王の言葉は許しがたい。あまりにも不愉快で、偽善的で、聞くだけで胃を壊すような薄っぺらなそれ。
「お前もあの魔王気取りにへこへこするのか!」
「くそっ!」
その俺の怒りに混乱したっぽいフェムトがナイフを突き出す。
もちろんわかっていなかった訳じゃない。それでも俺は、目の前の魔物たちの主気取りの女が許せなかったのだ。
「ユーイチさん!」
「お前自分が何やったかわかってるのか!」
「それはお前のセリフだ……!」
当然の如く、セブンスの悲鳴が広間に鳴り響く。
片や憤怒、片や焦燥に染まった男二人の悲鳴がその叫び声を追いかけ、そして魔物たちが出した青い血だまりと悲鳴がそれに続く。
「お前……!」
「私は」
「セブンスに何をやったかわかってるのか!」
俺は分身と共にセブンスを刺したフェムトの乗っかっていた円卓を斬り、ついでに足も斬った。
「何を!」
フェムトが動ずるのにも構うことなく、飛び降りようとしたフェムトに斬りかかる俺と分身たち。もちろん俺ら狙いの攻撃も来るが、そんなもんは同士討ちにしかならない!
「やむを得ん、もう一撃!」
「やらせるか!」
フェムトはなおもセブンスを狙おうとする!
そんな事させるか!
正面からはできないなら、後ろと横から……!
「うわっと!」
決まった!両側から青い血が流れている!
「ええい失言だったか!だがこうなればお前の仲間を……!」
「ヤメテクダサイ!」
「うるさい!魔王軍のた、めに…………」
そこまで叫んだ所でフェムトの動きが止まった。俺は構わず剣を振り回すが、急に美濃軽くなったフェムトのスピードに俺の剣は付いていけなくなった。
「まさか……!」
「ユーイチさん!私は無事です!」
ようやく頭が冷えた俺が後ろを振り返ると、セブンスはさっきからずっと同じ場所で五体満足で立っていた。
そして、フェムトに掴まれていたはずのセブンスがいなかった!ついでにスケルトンが椅子の上でうめいていた……。
「まさかあれは!」
「くそ、幻影をつかんでしまったと言うのか!」
……どうやらフェムトに狙われることを承知の上で囮として分身を作り、それを召喚させていたという訳か……。
「まったく、本当に頼りになるなセブンス!」
「私は負けません!」
頼れる仲間のおかげで冷静さを取り戻した俺だが、それでも目下の難敵を倒さねばならないのは変わらない。
「本物を盾にせねばならぬのに……!」
「その発想を捨てろ!」
俺たちの攻撃がフェムトを狙い、フェムトがあわてて魔物を召喚し矛とし盾とせんとする。もちろんその結果は同士討ちの連続であり、この上なく無駄な犠牲が増大するだけだった。
「マサヌマ王国は、自分こそが正しいと思う人間たちによって滅んだ!今のコーノハヤミだってそうだよ!」
「正しいと思わねば何もできぬ!」
「自分一己の正義のために何でもしていいのかよ!それこそ凶悪を極めた行いだ!ミタガワエリカはそれをやって失脚した、あのコーノハヤミも何も変わらねえよ!」
俺に戦わせないための戦い、平和のためと言いながら犠牲を増やす戦い。
それでも何とも思わないその感覚。どこまでも自分だけの正義に依存した行い。
それをしないから魔王軍が人間の王国を奪い取っても平穏に過ごせたはずなのに。
「お前はそんな魔王にでも尽くすのか?」
「しょせんは魔王様に仇なす者の言い草だ。私は信じん。お前がなぜ今の魔王様をそこまで憎むのかわからんが、我々魔物が最終的に勝てばよし……」
その声は本物の覚悟だった。自分たちが勝利すれば命さえも惜しまぬと言うそのやり方、まるであの街道で戦ったスキャビィみたいだ。
「スキャビィみたいな無残な最期を味わいたいのか」
「決まった事ではあるまい!」
「これが見えないのか!」
だが現実は厳しい。スキャビィがグベキと言う名のコーノハヤミの手先の手先によってあっけなく殺されたという厳然たる事実がある以上、同じ末路をたどりはしないだろうかと言う懸念はあってしかるべきはずだ。
ましてやスキャビィの時と違い、俺とセブンス二人だけで自分が打った手を全て潰されているのだからなおさら深刻なはずだ。
「ぐぐ……だが!まだ戦いは終わっていない!」
魔物たちの死体をにらみつけながらフェムトは逃げ去って行った。
「この先は魔王の間……」
「いよいよあのコーノハヤミさんが待っているんですね…………」
俺とセブンスと俺たちは共に剣を合わせ、最終決戦への気持ちを新たにした。
————————————そしてその頃、魔王の門でも大戦は始まっていた。




