魔王城侵入
昨日、またひとつ年を取りました。
結局フーカンは魔王城をも突っ切って、北側の城門まで来た。
本当は城の上の広間に飛び降りたかったが、正直警備がきつすぎた。
「この扉の向こうの山脈の、さらに向こうがシギョナツの村ですか…………」
ずいぶんと黒々とした扉を見ながらの悠長とも取れる一言に、俺はむしろ気合が入った。
「考えてみればあそこだったよな、俺がこの世界でコーノと出会ったのは」
「あの時からずっと、待ってたんですね……」
俺が怖くなって、救いを求めてくるのをずっと待っていたのかもしれない。
でも俺は、ついにこの時まで戦って来てしまった。
(落ち込んだ時でさえも、あいつのことは何も思い出さなかった。セブンスがなぐさめてくれたから立ち直れた。それが事実だ)
まったく何も知らない世界に放り込まれた俺、ぼっちだった上に何の予備知識もなかった俺を助けてくれたのはセブンスだ。
セブンスのために戦い、セブンスのために突き進み、セブンスのために一年五組のみんなを集めて来た。
「この戦いの敗北は、お前の死だ。そんな事は許されないからな」
「はい……」
本格的な戦いを前にして顔色のよくない彼女を、俺は守らねばならない。
「大丈夫か」
「いえその、分身でもあんな状況で叫んでいたせいでものすごい風を感じてしまって……ユーイチさんは平気なんですよね、すごいです…………!」
「まあな」
本当はあまり平気でもないが、こんな所で弱音を吐いて状況がよくなるはずもない。
「お二人とも準備はよろしいですか。ほどなく魔王の門での戦いが始まりますので」
「そうだな……」
「申し訳ありませんがボクはすぐさま行かねばなりません」
俺たち三人だけでの作戦会議が行われる。前後から攻撃をかけ、コーノ軍を混乱させなければならない。
フーカンは魔王軍への投稿勧誘や空中軍の指揮もありこれ以上は戦えない。
俺とセブンス、二人だけでの戦い。
「大丈夫です、ユーイチさんと一緒なら!」
セブンスの手のぬくもりが、俺に力を与える。これまで全く体験した事のない、不思議なほどの力を。
「最後に一つ、この城はマサヌマ王国の大聖堂をほぼそのまま使っています。なぜか女神の絵がまったくない、マサヌマ王国の大聖堂を……」
「女神は偶像崇拝を嫌っていたらしいな、その理由はようとして知れないが」
そうなのだ、この世界のあちこちで見た教会に女神さまの姿を示す何かはほとんど存在せず、かろうじて「頭がおかしくなった」人間が描いた一枚の絵を見た事があるだけだった。しかもどこかで見たようなゲームじみた女神、信憑性なんてないに等しいシロモノ。
「いずれにせよ、今はコーノを止める方が先だ。頼むぞ」
「ご健闘をお祈りいたします!」
その問題についての答えは、別に求めていない。
今必要なのは、勝利だった。
「行くぞ!」
俺たちは、裏門から城へと突入した。
「きれいな城ですね」
セブンスも俺も、第一印象はそれだった。
魔王城とか言うが、その中身はキミカ王国やシンミ王国で見て来た城とあまり変わらない、この世界における一般的な石造りのお城だった。
魔物が住んでいるからと言って人骨とかコウモリの羽とかはなく、あっても斧や槍とかだった。
「曲者!」
そして人二人が通るのがやっとの細い道を抜けた先の広間で、最初のお出迎えが来た。
スケルトンにコーク、それからコボルド。
「さっそく来たか」
「オマエ……コロス!」
「そんなわけにはいかない!」
ずいぶんと直接的なスケルトンの宣戦布告に待ってましたとばかりに剣を突き出すが、ガイコツの目線は俺へと向いていなかった。
「ダメです!」
標的が自分だと気づいたセブンスが剣を抜くと、他の魔物たちもセブンスへと向けて襲い掛かった。俺が剣を突き出すと避ける事もなく刺さりに来て、無抵抗で倒れる。
よく見れば、連中の胸元にはあのペンダントがある。おそらくはヘイト・マジックから逃れるためのアイテム。一応ヘイト・マジックがかかっているはずの俺に魔物たちが向かって来ない事からして完全にそういう目的だろう。
「ざけんじゃねえよ……」
どうあっても俺を傷付けさせない。俺に戦いをさせないで戦いを終わらせる。
ずいぶんとまあ上意下達ができているようで何よりだ!
だがこれまでと逆の意味で俺をハブる魔物たちに、俺はこれまで感じえなかったいら立ちを覚え、セブンスを守るためではなく八つ当たりのために剣を振った。
青い血が流れ、赤いじゅうたんや灰色の石を青く染める。一回振るだけで二人以上の魔物を仕留め、亡骸を積み重ねる。
そんな事が十回以上続く。
「誰も逃げませんね」
実力差は明らかなのに、誰も後退しようとしない。
大将級の存在が出て来る事もなく、ただただ雑兵が次々と集まって来る。
そのせいで部屋が狭くなって行く。十二畳はありそうな部屋なのに、出入口まで塞がれそうになる。
まさかそれが狙いかと思ったが、だとしてもひたすらに非効率だし魔物たちを顧みていない。
死臭がないのは幸いだが、いずれにせよ気分は良くならない。
「ったくもう、精神的疲労を誘う計画か!」
「大丈夫です、私がいます!」
返り血で血まみれになった俺をセブンスは横抱きにしてくれる。
あいつの狙いはわかっている。
俺に刃を折らす事。そのために必要なのは俺の意気をくじく事。
(こんなに魔物を犠牲にして心が痛まねえんなら、お前は……そう、お前はそうなんだな)
目的のためには手段を選ばないやり方。大義のために多少の犠牲を顧みないやり方。
そんなもんが許されるのはそれこそ魔王かなんかぐらいだろう、もしやそのために魔王になったって言うんなら一周回って尊敬……できねえ。
わかっていてもただただ醜く、許しがたく、そしておぞましいやり口。
その凶行を止めさせるべく俺は、剣をしまって死体をどけようと手を伸ばした。
「ユーイチさん!」
だが強くセブンスに手を引かれ、体勢を崩すと同時に魔物の死体が燃え出した。
「フン……」
片足立ちになった俺が死体をにらんでいると、あの魔導士が現れた。
「ジャクセー!」




