決戦、開幕
改めて俺たちは空を進む。
決戦の日にふさわしい青空が広がり、やる気も湧いてくる。
「この大地は魔王様と女神が死闘の果てに作り上げたとされています」
フーカンは足元に広がる大地を見下ろしながら語る。
魔王と女神が魔法を投げ合った際に溶岩と水から大地が生まれ、その魔力の多寡によって山が生まれ、そうしてひとつの大陸が出来上がり、また両者の魔力の衝突により熱気を失ったクチカケ村一帯は寒冷地となったとか言う、実に神話らしい神話だ。
だが俺が知っているこの世界の神話では元からヒトカズ大陸の形はこの通りであり、その大地を巡って魔王と女神が争ったとなっている。その戦いに敗れた魔王は大陸の中央、旧マサヌマ王国に封印され女神も力を使い果たしてどこかへ消えたと聞いている。これまた十分に神話らしい神話であり、単にどっちもどっちだ。
「そろそろ来るだろうな」
「ですね」
「あっ、来ました!」
掘り下げない方がいいと思った俺が話を変えると、ちょうど折よく敵の姿が見えた。
「数は!」
「およそこちらの倍!」
コーノハヤミ軍のガーゴイルやドラゴンナイト。
数はフーカンの部下の言葉通り倍と言った所。
こちらへ向かって、は来ない。
じっと羽ばたきしながら、こっちをにらんでいる。
「最後の直談判をしてもいいかな」
「どうぞ」
もはや和睦の余地はないのはわかっている。
それでもひとりでも多くの存在を救いたいって考えるのは当然の行いだろう。
「俺らの目当てはコーノハヤミのみだ。そこをどいてくれないか」
「今すぐ魔王様に二度と戦いなどせぬようにと誓うのであればそうします」
「やめろ。どうあがいてもその道はない。もし仮に戦いをやめるとしても、それはあいつに二度とこんな真似をさせないという恐怖を叩き込むか、さもなくばミタガワエリカのように可能性を根こそぎ奪ってからだ」
と言う訳で先頭のドラゴンナイトに向かって呼び掛けてみたが、答えはコーノハヤミのそれと何にも変わらない。ただの伝言役だ。
——————もはや、俺とコーノハヤミ、二人の願望が同時に成り立つ事はない。
俺はこの世界を守るためにも、コーノハヤミを無力化させねばならない。
コーノハヤミは俺を盾に、独裁政権を作り神様になる気だ。本人にその気がなくとも、あいつのやろうとしている事はそういう事だ。
「俺はコーノハヤミの道具じゃねえ。ただの人間だ。その人間だって生きる意志ってもんがある。お前たちもお前たちの意志で動け」
「どうしても刃傷沙汰をやめる気はないと」
「ああ、コーノハヤミが三田川恵梨香、平林倫子以下数多の人間にして来た行いを恥じ、二度と過ちを起こさないと一万年単位の確約をするか、それともその力をミタガワエリカのようにまるごと失わせるまで、俺の戦いは終わらない」
「…………裏切るのですね、大事な姉君、いや恋人を」
姉君に恋人だと。
ったく、キモいっつーか気持ち悪い。
ただひたすらに気持ち悪い。
「魔王様は世界を征服する気だ。だから死ね」
「世界征服など、そのような大それた欲望など魔王様は持ち合わせておりませぬ。コーノハヤミ様の望みは、あくまでもウエダユーイチ殿の心の平穏ただ一つ。
日頃の戦いによりささくれ立ってしまった心を癒し、平穏無事を喜び、楽しみ、そして生涯を共にする事。それのみなのです。それがそんなに過ぎたる欲望であるとおっしゃるのですか?」
「コーノハヤミの治世は俺を王様にする治世だ。だが王様には何の実権もなく、宰相がすべてを執り行う。王様のためとか言い出してな。好きなのは王様じゃなく、王様のために尽くしている自分だ。そんな奴のために死ぬ事はない」
あの時だって、俺がポッキーうんぬんでブツブツグダグダ言っていた記憶はない。
ああしょうがねえ売り切れかぐらいにしか思っていなかったし、全く気にするに値しない。そんなどうでもいい事で相手の人生をぶち壊していたのがコーノハヤミであり、俺のあずかり知らぬままに勝手に全てを決められてはた迷惑とか言う次元を通り越している。
「俺が知らないだけで、三田川恵梨香のように人生を狂わされた人間は何人もいるかもしれない。刃傷沙汰とか関係なく、だ。平林倫子のような副反応まで受けた存在も考えれば、すでにもう世界中を壊していると言っても過言ではない。
お前たちは俺が死ねと言えばコーノハヤミにより殺される。そんな死に方をしたくないだろう。俺のご機嫌取りとコーノの鼻息をうかがうような生活をしたいのか」
「何を錯覚しておいでなのですか。魔王様はあくまでもあなたがもう二度と他者を悲しませることをしないでいただきたいと仰せなだけなのです。そのような恐ろしい事などゆめゆめ考えておりませぬ」
ドラゴンナイトの妄信的な言い草に、もはやこれまでの七文字が膨らむ。
「最後の最後まで、ユーイチさんは皆さんを助けようとしました。
その上で皆さんは、もはや相容れない存在となってしまったお二人のうち、コーノハヤミさんを選んだのです。その事、お分かりですか?」
「相容れないなど、そのような悲しき事を!我々は、いや魔王様はあくまでもユーイチ殿のためを思ってこそ!」
「それがあなたの、いやコーノハヤミさんの言葉ですか?」
「そう申し付けられておりますので」
最後の交渉が決裂したことを悟ったセブンスが、俺の右肩に手を置く。
これまでと同じように、魔法を使ったのだろう。
肩が温かい。
「ユーイチさん!」
「…………ああ!」
有効とか無効とかは関係ない、俺を強くした魔法。
新しい道を教えてくれた魔法。
その力が俺の体を染め、戦いへと導いてくれる。
「全軍突撃!」
そして俺らの下にはばたく王子様の号令により、最終決戦は始まったのだ。




